第60話:夢ということで
彼女は黒衣の裾を払ってマスクとフードを取った。
中から出てきた顔はやはりセラ。
果物みたいなオレンジ色の髪に、おっちょこちょいで何処か天然っぽい覇気のない顔。
「うふふ、正解〜です」
その口調は、まるで食堂で談笑してるときのように軽い。
「……どういうつもりだ。“尾行”ってやつか?、いやまて…」
俺は再び目の前の相手に銃を向ける。
彼女は肩をすくめて微笑みながら首を傾げる。
「俺は途中の休憩の時に、セラから茶を進められた…、
だがお前はもう一人やつと森に潜んでいたな?何者だ…」
俺の言葉にセラと同じ容姿の女は一瞬目を丸くした。
それから少しの沈黙…いつもセラが困ったときと同じ顔をして困惑している
「えぇっと…どうしてそれも知っているんですか?」
「こっちが聞いている!答えろ!」
俺は一歩離れ相手を鋭く睨み、撃鉄をカチッと鳴らす。
相手は慌てふためきながら必死に手を振る。
「あわわわ!?話します!話しますから落ち着いて!」
慌てふためく黒衣の“セラもどき”に銃を向けたまま、俺は目を細めた。
「じゃあまず名乗れ。何者だ」
「え、えっと……あ、あの、セラ……?」
「それは知ってる。だから“お前は誰だ”って聞いてんだ」
「ほ、本当なんです!、セラなんです!」
困り果てたように両手を挙げたまま、女は視線を泳がせる。
まるで何か言い訳を探している子どものように。
その時――
「おーーい、コール! 捕まえてきたぞ〜!」
聞き慣れた声。
振り返ると、リュカとシアが屋根の向こうからやってきた。
二人は煙幕対策のマスクをしており、その肩には、ぐるぐる巻きにされたもう一人の黒ずくめ。
「お、おい……お前ら、それ……」
「へへ、逃げようとしたからちょっとキツめに縛っといた!」
リュカが笑いながら縄を引っ張る。
シアは口元を押さえて目を瞬かせた。
「まったく、そう何度も同じ手は通用しませんよ?」
そう言いながらシアはマスクを外し深呼吸。
地面に乱暴に下ろされたもう一人はずっと暴れてなにか吠えている。
それに耐えかねたリュカは、そいつのことを足蹴にした。
「あぁ!うっせぇ!うっせぇ!」
「フグ!?、フグ!?」
「…まさか」
恐る恐るリュカに蹴られて消沈しているやつの顔を暴く…、
俺はぎょっとして目を見開いた。
青い髪に整った顔に青い目....、
その顔はもう一人のメイドのアイリスだった…。
「この…てめぇら覚えてろよ…」
「ん?」
リュカに足蹴にされたアイリスの恨めしそうな目には見覚えがあったが、
その声は…なんというか男?、少年っぽい声だった。
俺は額に手をやりつつ、更に混乱している。
ひとまず銃はそのまま偽セラ?に向けつつ質問をする。
「お前ら…魔族か?」
「ち、ちがいますちがいます!人間ですよ!」
「はぁ!?魔族なわけねぇだろおまーグハッ!?」
「うっさい!、あんたは黙ってろ!」
おそらく向こうで戦ってる時にこっちの少年アイリスはリュカの地雷でも踏んだのだろう、
相当鬱憤が溜まっているようで、リュカは何度も踏みつけている。
「ガハ!?ッヤメ!?ックソ!?」
「んのー」
「シア、リュカを止めろ…そいつ羊皮紙にされちまう…」
「かしこまりました。リュカ…その辺になさい」
「ッフン…」
リュカは不満そうに腕を組んだが、ひとまず止まった。
俺は再び偽セラに向かい続きを始める。
「はぁ…お前も、あぁなりたくなきゃ、本当のことを言え」
瓦の上で銃口を向け続ける俺に、偽セラは目をぱちくりさせてから、ふっと肩を落とした。
「……はぁ、分かりましたよ。本当のことを言います」
「っで?お前は誰だ?」
「さっきも言いましたけど本当にセラなんです…、そっちもアイリスです」
この期に及んでこんなあからさまな嘘を言うわけないのもわかるが…。
「どういうことだ?」
「えっとですね…、セラとアイリスは二人いるんです」
この場にいる俺、リュカ、シアの三人はその言葉に首を傾げた。
「つまりですね片方がメイドの時は片方が公爵様の護衛をしているんです。
もちろん他の人には気づかれないように…バレちゃいましたけど」
「それぞれ、双子ってことか?」
セラ?は黒衣の裾を整え、息をついて微笑んだ。
「そのとおり。私達の家は代々ずっと、公爵家を守ってきました」
「そんな話、聞いてねぇぞ」
俺は眉をひそめた。
「ふふ、当然です。
この仕組みを知っているのは当主様、つまりアドリアン様だけですから」
その言葉に、リュカとシアが同時に息を呑む。
夜風が一瞬だけ止まり、屋根の上の三人が静まり返った。
「……じゃあつまり、今の話を聞いた俺たちは」
「――はい。もれなく“機密事項”を知ってしまいましたね」
セラはおどけたように笑ってみせたが、その瞳の奥はどこか鋭かった。
(なるほどな……笑ってはいるが、本気で隠してたわけか)
俺は銃を下ろし、ため息を吐く。
「ったく……今夜はやけに眠れそうにねぇな…おい、取引だ」
俺は小さく息を吐いて、魔導銃を懐に戻す。
セラの目がわずかに細くなる。
「取引ですか?」
「そっちの“機密”は黙っておく。その代わり、俺らのことも忘れろ」
「俺ら?」
背後でリュカとシアが顔を見合わせる。
俺は苦笑いしながら肩を竦めた。
「いろいろあんだよ。とにかくお前らは後ろの二人、それと俺がぶっ放した武器の事は忘れろ。
そうすりゃ俺はアークでこれからもリュリシアたちの味方でいられる。今夜はこれでチャラだ」
セラは数秒考えたあと、ふっと小さく笑う。
「……了解しました。では、今夜のことは――夢ということで」
「夢ってのは便利な言葉だな」
「裏の仕事では、いちばん重宝する言葉です」
月が雲間から覗き、淡い光が屋根の上を照らす。
リュカがぼそっと呟いた。
「なぁコール、なんか……大人の取引だなこれ」
「ほう?坊主のくせにいっちょ前だな」
「誰が坊主だ!」
セラは最後に軽く一礼して、黒衣の裾を翻した。
「では、夢の続きを――明日までに忘れてくださいね」
その言葉を残して、彼女は闇の向こうへ消えていった。
ーーーーーーーーーー
屋根から降りると、夜気がいっそう冷たく感じた。
街はすでに眠りにつき、通りには誰の足音もない。
宿へ戻る途中、石畳に映る灯火の影がやけに長く伸びて見えた。
胸の奥にはまだ、あの取引の余韻が残っている。
(……夢、ね。便利な言葉だ)
ライネル亭の扉を開けると、暖炉の火がまだ僅かに灯っていた。
そしてその前で、腕を組んで立っていたのは――エレナだった。
彼女は何も言わず、ただ無言でこちらを見る。
その目は冷たくも、どこか呆れたようでもある。
(……やっぱり起きてた…)
俺が一歩近づくと、エレナはゆっくりと眉をひそめ、
軽く顎で「座れ」と示した。
その後の数分間――言葉はなかったが、
口の動きと表情だけで十分伝わった。
「どこまでほっつき歩いていた」「任務中だという自覚はあるのか」
そんな内容だろう。
俺はただ黙って頷き、最後に小さく頭を下げる。
それを見て、彼女は大きく息を吐き、
背を向けて廊下の奥へと消えていった。
(……俺は子供かっての!?)
苦笑いしながら、自室の扉を静かに閉めた。
長い夜だった。
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朝。
窓から差し込む光はやわらかく、
宿の一階には焼き立てのパンと香草のスープの匂いが漂っていた。
木のテーブルに腰を下ろすと、
湯気を立てるカップを運んできたのは――セラだった。
「おはようございます、アーク様。よくお休みになれましたか?」
「……ああ」
笑顔はいつもどおり。
昨夜、屋根の上で見た“黒衣の彼女”の影などどこにもない。
鼻歌交じりに朝食の支度を進める姿は、まるで何もなかったかのようだ。
「♪〜」
(……どっちのセラだ?)
ぼそりと呟いたその声が、どうやら本人の耳に届いたらしい。
「え、えっ!? そ、それはどういう意味ですか〜!?」
セラがスプーンを落としそうになりながら慌てて取り繕う。
その挙動不審っぷりに、俺は片眉を上げた。
「その慌て方……昨日からいる方だな」
「え、えぇ!? な、なにをおっしゃいますかコールさ――」
「わ、わわわ! 悪かった! 冗談だ冗談!」
思わず声を上げて笑うと、セラは頬をふくらませてプイと横を向いた。
その顔はまさに“いつものセラ”だった。
(……やれやれ。夢の続き、ってわけか)
テーブルの向こうでは、
リュリシアが小鳥のようにパンをちびちび口に運び、
エレナは無言のまま淡々と紅茶を口にしている。
俺は軽く息を吐いて、
昨夜の取引も、説教も、
すべてをこの温かい朝の中に溶かすように――
スープを一口、静かにすすった。
(あいつら…いつ情報交換してんだ?…)




