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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第56話:王都からの招待状


陽が差し込む。

寝返りを打った瞬間、頬がズキッと痛んだ。


「……いってぇ……マジで鉄骨入ってねぇか、あの拳」

昨夜、エレナの鉄拳制裁。未だに頬に違和感が残っていた。


鏡を見ると、右頬がしっかり赤い。

「……これで軽く済んだほうだもんなぁ…」


その時、ノックの音。

「アーク、起きてる?」

アイリスの声だ。


「おう、今起きた。」


扉が開き、朝の光と一緒にアイリスが入ってきた。

――いつも通り落ち着いた顔。


「朝食できたわ。食堂に来て。」

「サンキュ、助かる。……いやぁ昨日はマジで色々世話になったな。」


軽いノリで肩を竦めながら、冗談半分に両腕を広げる。

「ってことで――感謝のハグを。」


「は?」


――ドガッ!!


「ぶへっ!?!?」

腹に鋭い一撃。床に転がる俺。

「な、なんだっ……急に!?」


アイリスは顔を赤くして睨みつけた。

「……二度と触れるな。」


「えぇ!? 冗談だって!なんでそんなマジギレ――」

「いいから。冷めるわよ、朝食。」


そう言い捨てて踵を返す。

扉の前で一瞬だけ振り返ると、

その瞳には、ほんのかすかに殺気のような光が宿っていた。


(……おいおい、昨日まで“素敵です”とか言ってたのに……なんなんだよ)



腹を押さえながら食堂へ向かうと、

すでにリュリシアとセラ、それにエレナが席に着いていた。

パンとスープの香りが漂う中、妙な静けさが流れている。


「……おはよう、アーク」

リュリシアが微笑み、椅子を勧めてくれた。

「おはよう。……寝起き一発で殺されかけたわ」

「殺してないわよ」

向かいでアイリスがパンをちぎりながら無表情で言う。


その横でエレナが小さくため息をついた。

「朝から騒がしいな。…お前は落ち着くことを知らんのか」

「落ち着いてるほうだぜ? ほら、昨日よりも血は出てねぇ」

「比較対象が間違ってる」


セラがくすくすと笑い、リュリシアがスプーンを持ちながら言った。

「ねぇアーク。お父様があなたを呼んでるの。朝食が済んだら執務室へって」

「え? また説教か?」

「違うみたい。……“使い”が来たんだって」


その一言に、空気が少しだけ張りつめる。

エレナがカップを置いた。

「……使いですか?」

「ええ。昨夜遅くに使者が到着して、何かの書簡を置いていったそうです」


「なるほど、そりゃ穏やかじゃねぇな」

パンをかじりながらそう言うと、リュリシアが小さく笑った。

「お父様の顔、そんなに怖くなかったから安心して?」

「お、まじでそれならよかった〜」


……とはならなかった。




ーー執務室


朝の光が金の装飾を照らし、アドリアンが机の前に座っていた。

手には封蝋の押された書状。


「来たか。座りなさい。」


俺とリュリシアが席につく。

アドリアンは封を開けながら言った。

「王都アルシェルからの招待状だ。」


「王都から?」

リュリシアが驚く。

「“平和祈念舞踏会”への招待だ。

 表向きは祝典だが、実際には政治会談。

 慈悲派と試練派――両派の対立が再び高まりつつある。」


「……えと、わけのわからない単語が並んで理解できてないんだが?」

「アーク、難しい話は苦手でしょう?」

「まぁな。数字と陰謀と悪逆貴族の笑顔が苦手だ」

「ふふっ、じゃあ――昔話で説明してあげる」


リュリシアはまっすぐ前を見つめ、静かに語り始めた。



「むかしむかし、悪い魔族が人の国を襲いました。

 そのとき、若者アルトリウスが立ち上がって神さまから“光の剣”を授かりました。

 彼は魔族を退け、この国を築いた――それが“光の王”の始まり。」


「けれど時が流れて、人々は神の教えをめぐって争い始めたの。


 “弱き者を助けるのが神の望み”と信じる人々は“聖光の民”(慈悲派)。

 “まず己を強く守れ”と信じる人々は“試練の民”。


 どちらも正しい。

 でも、正義が違えば、戦が生まれる。」


「戦が続く中で、女神さまは空から言いました。

 “お前たちは私の教えを履き違えている”――と。

 でも、それでも人は止まらなかった。」


「そんな中で、アルトリウスの血を引く若者が叫んだの。


 “慈悲なき試練は冷たく、試練なき慈悲はやがて濁る!”


 その声で剣が止まり、女神は微笑んだ。

 “ようやく我が子らは試練を学んだ”――そう言って光が降りたの。」


「それが、“均衡”の始まり。

 やさしさと強さ、どちらも欠けちゃいけないの。」




リュリシアのおかげで、少し分かりやすくなった。

……が、正面の男にはまだ言いたげなことがあるようだ。


アドリアンが静かに頷いた。

「よく覚えていたな。だが、その物語の裏にはもうひとつ伝承がある。」


「もうひとつ?」

「“王の剣”〈ヴァルセリクス〉の伝承だ。」


アドリアンは机の上の紋章をなぞりながら語り始めた。


「アルトリウス王は魔族を退けたのち、“この剣にかけて人を滅ぼさせぬ”と誓った。

 その誓いの象徴が女神がもたらした王の剣だ。

 だが後の時代、王家の血が乱れ、剣は三つに分かたれた。


 一つは王都に、

 一つは封印の地に、

 そして最後の一つは――“影の家”に託された。」


リュリシアが続ける。

「それが、私たち“誓守の家”。

 王の誓いを見届け、守るために生まれた分家なの。」


アドリアンは頷く。

「影は表に出ぬ。だが誓いが果たされるその日まで光を離れぬ。

 それが我らの務めだ。」


俺はため息をつき、素直に聞き返した。

「つまり王都は、“均衡”の象徴であるあんたらを呼んで、

 もう一度争いを収めようとしてるってわけか?」


アドリアンはうなずき、封書を閉じた。

「正解だ。

 慈悲派と試練派の狭間で、再び均衡を取る者が必要になっている。」


俺は小難しい話に口から煙を吐きながら言った…。


「ふぅ、ならもっと分かりやすく言ってくれよ。

 “戦争が起こる前に顔出して納めろ”、とかさ」


アドリアンが思わず苦笑する。

「言い方は粗野だが、実に的を射ているな。」


リュリシアが小さく肩をすくめる。

「それがアークのいいところなのよ。」


アークはため息をつきながらも、軽く笑った。

「ま、どうせ面倒に巻き込まれるなら、派手な舞踏会でも見とくか」


リュリシアも笑う。

「ええ。でも楽しめるかしら?、飾り灯の下で微笑みながら、裏では刃を交える――そういう場所よ。」

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