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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第04話:空船と少女


街道を少し歩き、途中から真横の茂みに入ると、ヴァックスは警戒心をあらわにして常に腰のナイフに手を置いていた。


「コールさん! 一体どこまで行くんですか!!」

「もう少しで見えてくる。……ほれ」


道から外れ、森を少し歩くと――開けた場所に、不釣り合いなほど巨大な船がどっしりと鎮座していた。

それを見たヴァックスは固まり、俺と船を交互に見てから少し笑い、勢いよく茂みを抜けた。


「これは!? まさか本当にこんなところに船があるとは……!」

「ようこそ我が船へ、お客人」

「こいつはどう……も? なんですかあれ!!?」


深々と礼をした俺の背後から、影たちが現れる。

ヴァックスは腰のナイフを構え、身構えた。


「こいつらは船員さ。あんたの隣にいる奴らもね」

「ひ、ひぇ!? こりゃまた……」

「「?」」


ヴァックスを護衛していたウィンスキーとハイポールが変装を外すと、霧のような影の体が露わになった。

そのまま顔を引きつらせ、恐る恐る船を見上げている。


俺は帽子を取り、軽く掲げた。


「それでお客人、運賃はいかほどいただけるんで?」


ヴァックスは一瞬ためらうような表情を見せたが、次の瞬間には商人らしい鋭い光を瞳に宿し、すぐ応えた。


「普通なら四割と言いたいところですが……こちらも全てがかかってますんでね。五分五分と行きましょう。その分、働きを期待してますよ?」


恐怖よりも好奇心と取引の血が勝ったらしい。

笑みを浮かべ、俺達は握手をかわした。


「まいど。――野郎ども! 出港だ!!」




空へと浮かぶ船。

ヴァックスは手すりから身を乗り出し、まるで少年のように叫んだ。


「船が飛んでる! 飛んでる!! 飛んでますよコールさん!!!」

「俺の船は気に入りましたかい?」

「最高ですよ!!!」


雲の海を前に、乗客は無邪気に笑っていた。

……船長みよりに尽きる、ってやつだな。


ウィンスキーに地図を持たせ、舵を取る。

「この調子なら夕方ごろか……目立つな」


夜を待って着水し、そのまま港へ入る。

それが最も穏便だと考えていた時――下から悲鳴が聞こえた。


「……ウィンスキー、舵を任せたぞ」

「ッザ」


甲板を降り、医務室へ。途中、気になったのか、背後にヴァックスもついてきた。


「コールさん、今の悲鳴は……?」

「まぁ……もう一人の客、かな」


医務室の扉を開けると、コップが飛んできた。

壁に当たり、床を転がる。

ゲールの丸い背が見え、中が見えないので押しのけて入る。


「ァァイヤァ! 来ないでぇ!!!!!」


ベッドの上には怯えた少女。

腹部の不自然な膨らみは消え、包帯が巻かれていた。


「落ち着け、俺は人間だ」

「に、人間なの?」


帽子を外し、素顔を見せると――少女は糸の切れた人形のように気を失った。

室内は台風の後のように荒れている。


「治療は終わったのか?」

「コクリ(うなづく)」



「……コールさん、あの子は?」


扉越しにヴァックスが覗きこむ。

あらましを説明し、少女を一時的に保護していることを話した。

街の人間か尋ねると、ヴァックスは首を振る。


「一度商売した相手なら絶対に顔は覚えてますが……馴染みはないですね」


「……また起きた時に、本人に聞くしかないな」


それからヴァックスに船を案内し、あれこれ話しているうちに夜になった。



夜。空は濃い藍に染まり、月と星の光が雲の海を照らす。

俺はコンパスを片手に海への侵入経路を探していたが――甲板に人影を見つける。


よたよたと歩く少女。背中越しに声をかけた。


「なにかお困りかな?」

「ヒィ!! だ、誰!? ここは!?」


少女の手にはナイフ。震える刃先がこちらに向けられる。


「ここは俺の船だ。洞窟からあんたを連れてきた。……もう動けるのか?」

「ふ、船? ……た、助けてくれたん、ですか?」


混乱しながらも、少女はゆっくりとナイフを下げかけた。

そのとき――扉が開き、ボロボロのゲールが首を振りながら出てきた。


「な、なんで!?」

「はは、ひどいざまだな」


少女の手に再び力が入り、ナイフを構える。

俺は軽く手を叩いた。


「それだけ元気なら大丈夫だな」

「そ、それ何!?」


合図とともに、船内から影たちが甲板に集まる。


「ひぃ!? 魔物!? 幽霊!?」

「飯の用意!」

「ッザ(敬礼)」


命令に従い、影たちはテーブルや椅子を運び始めた。

少女は混乱し、背中を向けた隙に俺はナイフを取り上げる。


「これは返してもらうぜ」

「キャ!? い、いや、助けて!」

「落ち着きなさい。俺は君を助けた、だから今君はからここにいるんだ」


ナイフをゲールに渡し、帽子とコートを預ける。

少女の背を支え、椅子に座らせると、ハイポールが飲み物を運んできた――が、手前で盛大に転倒した。


ドシャ。


「っと、まったく」

「……」


倒れる前に飲み物を取り、ポカーンとしている少女に差し出す。

恐る恐る一口。


「……おいしい」

「だろう?」


その後、料理が運ばれた。ゴブリン肉ではないのでご安心を。

食事を終え、少女は少し穏やかな顔をしていた。


「ありがとうございます……」

「俺はコール。君は?」

「え? シャンディ、です」

「いい名だ」

「よく変わった名前って言われますけど……あの」


少しずつ、シャンディは語り始めた。

彼女は冒険者で、畑を荒らす獣の討伐を請け負っていた。

だが、それはゴブリンの巣による偽装。

畑を荒らしては、群れで、狩りに誘い込む狡猾な相手だった。


「洞窟では、君以外に生きている者はいなかった」

「そんな……」

「だが、それらしい死体もなかった。生きてるかもしれない」

「ほんとうですか!? よかったぁ……!」


シャンディは胸のネックレスを握り、涙をこぼす。

仲間を思う心に、久しく忘れていた痛みが胸を刺した。


「悪いが、今は仕事中でね。これが終わったら、仲間探しを手伝おう」

「いいんですか!? でも、私……」

「君の故郷じゃ、可愛い女の子が困ってるのを助ける理由が要るのか?」

「へ……?」


少しの沈黙。

あれ……外した?、恥ずかしいいいいい!!!


心の中で叫ぶ俺を見て――


「ふふっ」


と、シャンディは小さく笑った。


「ん? 変なこと言ったかな?」

「コールさんって、面白い人ですね」


星明かりの下で笑う少女の顔は、夜の海よりも綺麗だった。

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