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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第42話:姉妹の刃、交わる


 第一試合が終わり、

 観客席の熱は冷めるどころか、さらに膨れ上がっている。

 太鼓の音が鳴り止むことはなく、

 酒と歓声が混ざり合い、空気が震えていた。


 俺は控室の壁にもたれながら、

 木札に刻まれた組み合わせ表を眺める。


 そこには、見慣れた二つの名が並んでいた。


 >第二試合 三組目 リュカ VS シア


(……やっぱり、こうなるか)


 リュカとシア。

 姉妹のように育った二人。

 互いの癖も間合いも、誰よりも知り尽くしている。


 観客にとっては獣族同士の面白い組み合わせだろう。

 けれど、戦う本人たちにとっては――笑いごとじゃない。


「コール」


 リュカが袖を結びながら言った。


「どっちが勝つと思う?」

「さぁな。 ……お前ら次第だ」


 シアは何も言わず、静かに祈るように目を閉じていた。

 風が通路を抜け、髪を揺らす。

 その横顔には、不思議な穏やかさがあった。


「……お互いに全力で」

 シアが目を開ける。

 リュカは一瞬だけ驚いたように目を見開き、

 すぐに笑った。


「言われなくても!」


 二人はそれぞれ別の扉へと向かう。

 同じ方向へ歩きながら、

 もう二度と背中は重ならない。


 太鼓の音が鳴り響き、

 審判の声がコロシアムにこだまする。


「第二試合・第三組――リュカ対、シア!」


 歓声が一斉に爆ぜた。

 砂上に、ふたつの影が向かい合う。


 リュカは笑っている。

 シアは微笑んでいる。

 だがその瞳の奥に宿る光は、

 どちらも――本気だった。


 観客席ではリュリシアが息を呑み、

 アドリアンが静かに腕を組む。


「……獣族同士の戦いか」

「ええ、でも……どちらも幼く見えますが、太刀筋も間合いも――さすがは戦士の一族と言えましょう」


 エレナの声に、アドリアンはうなずく。


「見ておきなさいリュリシア。彼女らの剣にも、きっとそれぞれの誇りがある」


 鐘の音が鳴り、

 風が二人の間を通り抜けた。


 リュカが片手剣を抜く。

 シアは二本の短剣を構える。


 どちらも笑みを浮かべ、

 その笑みが――決意に変わる。


「――始め!」


 砂が舞い上がった。

 姉妹の戦いが、火花のように弾けた。


 砂煙が晴れると同時に、二人はもう動いていた。


 リュカが踏み込み、シアが跳ぶ。

 刃が擦れ合い、金属の火花が弾ける。


 観客が息を呑んだ。

 速い――誰も目で追い切れない。


 リュカは獣の脚で踏み込む瞬発の剣。

 一撃ごとに地を割るような重さを乗せて振る。

 対してシアは風のように流れる剣。

 斜めに受け流し、相手の力を殺し、次の一歩へ繋げる。


「はっ!」


 リュカの横薙ぎが砂を巻き上げる。

 だがその瞬間、

 シアの影が彼女の背へ回り込んでいた。


「……甘い」


 短剣が喉元すれすれをかすめる。

 リュカが反転し、火花のような衝突音。


 会場がどよめいた。


「スピード対スピード……!」

「同族でここまで差が出るとはな!」


 リュリシアが思わず身を乗り出す。

 アドリアンは腕を組んだまま、わずかに目を細めた。


「片方は力を速さに変え、片方は速さを力に変えている……

 いい勝負だ」


 エレナが頷く。


「どちらも一歩も引かない――

 まるで、鏡の中の影ですね」


 砂が舞い、音が溶け合う。

 二人の剣が、まるで舞いのように交錯した。


 リュカが踏み込み、シアが跳ぶ。

 剣と短剣が擦れ合い、金属の火花が弾ける。


 観客の歓声が一瞬止み、

 次の瞬間、爆ぜるような叫びがコロシアムを揺らした。


「速い……!」

「見えねぇぞ!」


 リュカは一撃に力を込めるタイプ。

 筋肉のしなりで加速を生み、

 衝撃で相手の守りごと押し切る。


 対してシアは、正反対。

 足運びは軽く、無駄がなく、

 攻撃よりも“隙を作らせる”ことに長けていた。


 二人の剣筋は対照的。

 だがそれゆえに――完全に噛み合っていた。


「はぁッ!」


 リュカの踏み込みが砂を裂く。

 刃が一直線に走り、観客席の最前列が思わず身を引いた。


「っ……!」


 シアはその勢いを流すように半身を捻り、

 短剣で弾き返すと同時に――リュカの腕へ一撃。


 金属が鳴り、リュカが半歩退く。

 だが、すぐに笑った。


「……やるじゃん!」

「あなたこそ!」


 二人の息が合う。

 まるで戦いが、言葉の代わりになっているかのようだった。


 再び刃が交錯する。

 力と速さがせめぎ合い、

 砂が爆ぜ、音が空を裂いた。


 上層席。

 リュリシアは思わず立ち上がっていた。


「……すごい……!」


 アドリアンは目を細める。


「力と技。似ているようで、まるで違う。

 どちらが上か、神ですら決められぬだろう」


 エレナが静かに頷く。


「あれができる者は強い。 ですが――長くは続きません」


 まさにその時、

 砂煙の中で閃光が走った。


 リュカの剣が大きく振り抜かれ、

 シアがかわす……が、

 彼女の足元がわずかに沈む。


(……っ!)


 一瞬の体勢の乱れ。

 リュカはそれを見逃さなかった。


「――もらった!」


 片足を軸に、全身を回転。

 剣が唸りを上げてシアの胸元へ迫る。


 が――その瞬間、

 リュカの視界が揺れた。


「なっ――!?」


 目の前から、シアの姿が消えていた。

 背後で風が鳴る。


「読まれた!?」


 リュカが咄嗟に身を低くし、

 背後からの蹴りをギリギリで受け流す。

 二人の体が交差し、

 互いに距離を取った。


 観客席が爆発したような歓声を上げる。


「互角だ!」「すげぇぞこの二人!」「見たかよ今の動き!?」


 どちらも息が上がり、

 額には汗が滲む。

 それでも、どちらも笑っていた。


「……やっぱ、おまえと戦うの、好きだわ」

 リュカが息を切らしながら言う。

「同じです。だからこそ、勝ちたい」


 シアの瞳がまっすぐに射抜いた。


 二人が再び構えを取る。


 太鼓の音が、まるで鼓動のように鳴り響く。

 次で――終わる。


 観客の声が遠のく。

 風の音だけが残る。


「いくよ、シア!」

「ええ、リュカ!」


 踏み込みと跳躍。

 光の筋が交わった瞬間――


 砂が爆ぜ、金属音が轟いた。

 観客の誰もが息を呑み、

 次の瞬間、どちらかが倒れる。


 その結末を告げる鐘が、

 ゆっくりと鳴り響いた。


 砂塵の向こうに、ひとりの影が立っていた。


 リュカ。


 片膝をついたまま、剣を支えに立ち上がる。

 目の前では――シアが倒れていた。


「……勝者、リュカ!」


 審判の声が高らかに響く。

 観客の歓声が爆ぜ、

 コロシアムの天井を震わせた。


 リュカは荒い息のまま、

 砂を蹴って立ち上がる。

 笑っていた。

 勝利の笑み。


 ――けれど。


 そのすぐ下で、シアが静かに目を開けていた。

 倒れているように見えるだけで、

 まだ意識はしっかりしている。

 呼吸も、乱れていない。


「……やっぱり、力で押すのはあなたの勝ちね」

 かすかな声で、シアが笑った。

「まったく、馬鹿力なんだから……」


 リュカは返す言葉を探せず、

 ただその瞳を見つめる。

 その奥に、自分よりもずっと深い静けさを見た。


 観客席では、歓声が鳴り止まぬ。

 だが上層席――アドリアンが腕を組み、

 低く呟いた。


「……見たか、エレナ」

「ええ」

「勝ったのはリュカ。だが――戦場で生き残るのは、あのもう一人のほうだ」


 エレナが頷く。


「剣の力強さではリュカ。

 しかし“心の呼吸”を乱さなかったのはシアです。

 ……あの静けさは、戦士というより――指揮官向きです」


 アドリアンはわずかに笑みを浮かべる。


「面白い。リュリシア、覚えておきなさい。

 この国の戦士たちにも、あのように静かに強い者がいる」


 リュリシアは、二人のやり取りを聞かずに、

 ただ砂の上を見つめていた。

 リュカがシアを抱き起こし、

 互いに笑い合っている。


「……ねぇお父様、どっちが勝ったの?」

「見たままだ」

「でも、どっちが“強い”の?」


 アドリアンが少し目を細めた。


「それはきっと――いずれ本人たちが決めることだろうね」


 夕陽が差し込み、

 砂上に長い影を落とした。

 その二つの影は、

 まるでまだ戦いを続けているかのように、

 ゆっくりと重なり合っていった。


 ――――控室。


 控室の中はまだ熱気がこもっていた。

 外では観客の歓声が鳴り止まず、

 太鼓の音が壁越しにドンドンと響いている。


 俺は壁にもたれたまま、

 木札の勝敗表を眺める。


 >第二試合 三組目 リュカ VS シア

 ――勝者:リュカ


(……なるほどな)


 思わず苦笑が漏れた。

 あの二人が本気で殴り合ってるところなんて、想像したくもない。


「……最初の相手があの二人じゃなくて、ほんっとによかった〜」


 天井を見上げながらぼそっと呟く。

 その横で、同じ控えの戦士が吹き出した。


「仲間なのに、ずいぶん他人事だな」

「いやいや、あいつら本気出したら味方でも死ぬ」


 俺が肩をすくめると、

 戦士は「そりゃ怖ぇな……」と笑って首を振った。


 外の歓声がひときわ大きくなる。

 次の試合が始まる合図だ。


 俺は腰の剣を軽く叩き、

 深呼吸をひとつ。


「……さて、俺の番。

 あの姉妹の後とか、地味にやりづれぇんだよな」


 そう呟いて扉に向かう。

 背中にまだ笑い声と歓声が混ざって響いていた。

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