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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第03話:塩と商人


街に着いた俺たちは、早速戦利品を売りさばこうとした――が、初手からミスった。


この世界には魔物も魔法もある。だから、影たちも平気だろうと思っていた。

……が、街門で衛兵にめちゃくちゃ警戒された。


ドンガラガッシャーン!


倒れた荷物から、鎧や武器が道に散乱。

背後で漫才を披露しているこいつらのせいだ。

いや、せいというのは少し違うか、監督不行き届き?ってやつか。


説明するまでは、俺は“魔物を連れたヤバいやつ”扱い。

なんとか「精霊のような存在」だと誤魔化し、街への入場を許可されたものの――

通行人たちの視線が痛い。


「「?」」

「まぁ、そりゃ目立つか」


振り返ると、ウィンスキーとハイポール。

ボワーっと黒い霧の体に、黄色い光の二つの目。

どう見ても不審者だ。


ウィンスキーはまだ布で頭を隠せば、せいぜい小柄なドワーフに見えなくもない。

……問題はハイポール。


灯台みたいな頭に、ひょうたんのような体型。

「ペンギン?……」

「「?」」


いや、どう見てもペンギンではないな。だが余計に怪しい。


しばらく歩くと、武具屋を見つけた。


店主は最初こそ怯えていたが、事情を話すと商売に応じてくれた。

洞窟で回収した剣や防具を売り払い、手に入った金で――


ハイポールにはフルプレート鎧を買い与える。

これで大男の騎士にしか見えない……見えない、が。


「……これはこれで目立つな?」

「ガシャ?(首をかしげる)」


身長二メートルの鉄の巨体。通りを歩けば影が差す。

まぁ張りぼてだが。鎧の上部は中身スカスカなのだ。


ウィンスキーはレザー防具に布頭巾で顔を隠す。

これなら、かろうじて旅人に見える。


「ひとまずこれで良しとしておこう」

「「ッザ(敬礼)」」


……が、せっかく売った金は、装備購入でほぼ吹っ飛んだ。

土産を買う余裕などない。


「ふむ、せめて酒でも……おい?」

「?」


振り返ると、ハイポールの手に串焼き。

「金は?」

「(手を開いて首を横に振る)」

「ウィンスキー」

「ッザ(敬礼)」


ウィンスキー、ためらいなく飛び蹴り。

ハイポールの頭に鈍い音が響いた。



三人で並んで串焼きを食べる。

「泡銭はすぐ消えるとは言うが……まさかこうも早いとは。……うまいな」


ドン。


「「……あ」」


俺の串焼きが、通りすがりの男にぶつかられて地面に落ちた。

「うぉーい!? てめぇぇぇ!!…えぇ?」

「す、すみません……!」


怒鳴りかけた俺は、男の顔を見て手を止めた。

人生ドツボ。全てを失ったような、どうしようもない表情。


「……なにがあった?」


聞けば、彼はこの街の若手商人。

別の街で修行を積み、借金して独立、自分の商会を立ち上げた。

名はヴァックス。

貴族の庇護を受け、順調に商いを広げていた――が。


ある日、貴族の倉庫で“塩”を扱う大口の取引があった。

だが倉庫が襲撃され、なぜか彼の荷だけが盗まれた。

犯人の痕跡はなく、塩は水路に流され、街も近隣の村も被害を受けた。

王都への納品分でもあり、貴族は激怒。

そして、責任を負うのは倉庫の管理者――つまり彼。


「うぅっ……」


「落ち着け」


慰めようとしたが、感情のダムが壊れたように泣き崩れた。


「むりですよぉぉ!! 今回の件は王都にも伝わってるんです! よくて牢獄、悪くて晒し者です!!」


「犯人の見当は?」

「……あります。でも奴らは勢力が大きく、互いにかばい合ってる。……ああ、そうだ、もういっそ一矢報いてから牢屋に……」


「落ち着けって」


完全に壊れている。。

証拠ゼロ、塩だけ狙われた、貴族もこれ以上頼れない‥。

ドツボだな…とはいえ…。


「おい」

「……なんですかぁ(ニヤリ)」


やけになった顔が不気味に笑う。

「塩が手に入れば、お前の処遇は後回しになるんじゃないか?」

「へっ、無理ですよ。納期は四日後! 港まで往復で五日! あー、女神様ぁ!!」

「……だーかーら、落ち着け!」


一度、空を仰いで深呼吸。

ヴァックスと名乗ったその男の瞳に、まだわずかに光が残っていた。


「金はあるんだな?」

「はい……貯蓄はあります。でも、金があっても! 塩が届かない!」


拳を握りしめ、地面を叩くヴァックス。

俺は帽子を深くかぶり、口角を上げた。


「なぁヴァックス。船を一隻、雇う気はあるか?」

「船? 逃げろってことですかい!? 無理です! これ以上ヴァルドン様に迷惑は――」

「逃げじゃねぇ。運ぶんだ。俺の船なら、調達に三日もかからん」


「……ははは、そんな都合のいい船があるなら、一隻でも十隻でも雇いますよ!」


「交渉成立だな」


右手を差し出す。

一瞬ためらったが、ヴァックスは笑みを浮かべて握り返した。


「その話……冗談じゃないですよね?」

「契約は成立だ。準備ができたら南門に来い」


数時間後。

南門には荷馬車を連れたヴァックス。

さっきまでの絶望が嘘のように、瞳が燃えていた。


「それで? その船ってのはどこに?」

「馬は置いてけ。重い。……行くぞ」

「ちょ、ちょっと待った!」


足を止めると、ヴァックスが真剣な表情で手を差し出した。


「あっしは、ヴァックス商会のヴァックス。雇った人の名前も知らずにじゃ、カッコがつきません」

「イルクアスターの船長――コールだ」


固い握手。

そのまま、俺たちは再び空の船へと向かった。

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