第38話:ギルドの洗礼
二人が登録をしている間に、俺は女神に刻まれた脳みその知識大百科を漁った。
完全には理解していない。
だが――この世界じゃ“魔力”ってのは、生きている限り誰もが少しは持っている。
それが体の内側でどう流れるか、どう使われるか……その“生き方”が魔力に現れるらしい。
魔道士と呼ばれる連中は、その流れを自在に操れるごく一部の者だ。
だがそれ以外の者でも、戦えば“戦士”、祈れば“聖職者”、守れば“護衛”――
人間の魔力ってやつは、その生き様の色までも変わるのだとか。
この《冒険者カード》は、そんな魔力の“形”を写す鏡みたいなもんだ。
血を一滴垂らせば、そいつの中に眠る本質を読み取り、職能を記す。
だから嘘はつけねぇ。
“本当の自分”が何者なのか、勝手に暴かれる。
……中には“村人”とか“荷運び”なんて肩書きが出て、
「冒険者には向いていませんね」って追い返される奴もいるとか。
まさか…あんな反応が出るとは……。
首領?……せめて船長じゃねぇの?……。
そんなことを一人で考えていると、二人の登録が済んだ。
【リュカ】
職能:剣走者
【シア】
職能:戦務侍女
受付嬢が顔を上げて微笑んだ。
「はい、これで登録完了です。職能は皆さんの魔力波形に基づいて自動的に分類されます」
リュカがカードをかざして満足げに言う。
「お、見ろよこれ。“ソードランナー”だってさ! なんかカッケぇ!」
シアが横目で見ながら小さくため息をつく。
「“戦務侍女”……って何ですかこれ。メイドですか?」
受付嬢が困ったように笑った。
「戦闘と補佐の両方をこなす方によく現れる職能ですね。おそらく、かなり器用方とお見受けいたします」
「……褒め言葉と受け取っておきます」
カードの光が完全に消えると、受付嬢が一歩下がって頭を下げた。
「これで皆さん、正式な冒険者です。
ギルドカードを提示すれば、各地の関所や検問をスムーズに通過できます」
「なるほどな、たしかに……毎回入るたびに全身ひっくり返されるのも面倒だからな」
「わかる、それ! さっきなんか財布の中まで調べられたし」
「……仕方ありません。怪しいものを街に入れないのがあの方たちの仕事ですし。ですが――」
シアが肩をすくめながら、小悪魔のように笑顔を向ける。
「これで少なくとも、“まともな旅人”の顔はできますね」
「俺だけ……旅人(仮)だけどな」
「ふふ、ええ、“仮”のままですけど」
そのとき、ギルドの奥からざわめきが起きた。
「おい、見ろよ新人だぜ」「三人組か、しかも女連れだ」「うわ、また“歓迎の洗礼”かよ」
受付嬢が苦笑する。
そして顔色を変えて、今度はこっちに近づいてくる男を見ていた。
「……申し訳ありません、うちのギルド、少し“活気”がありまして。
…(小声)上の者を呼びますので少し耐えてください」
「かまわん」
受付嬢が助け舟を出したが、俺はそれを断った。
リュカが耳を掻きながら呟く。
「“活気”っていうか、あれだろ……“新人いびり”」
シアがくすりと笑う。
「……どうします?」
「……派手にやるなよ。俺たちは“旅人”だからな」
木製の床が軋む音の中、
三人はゆっくりとギルドの中央へ歩み出た。
ギルドの空気が、ぴたりと止まった。
ざわついていた喧噪が嘘のように消え、視線が一斉にこちらへ向く。
粗野な三人組が立ち上がった。
筋肉の鎧を着た戦士、軽装の弓使い、そして後ろで杖を構えた魔道士。
どう見ても常連組。
「おう、新人。登録して調子に乗ってんじゃねぇだろうな」
戦士が肩を鳴らす。
リュカが無言で一歩前へ出る。
「……なんか用か?」
「ここにはルールがあんだよ、“歓迎の洗礼”ってやつだ」
にやつく顔。完全に絡み屋の笑みだ。
シアも静かに間合いを詰める。
冷ややかな眼差しが一瞬光る。
「どうやら、“旅人”という肩書きに興味を持たれたみたいですね」
「へっ、女のくせに口が立つな」
三対三。
一触即発。
木の床がわずかに軋む。
俺は前に出た。
帽子のつばを下げ、淡々とした声で言う。
「付き合ってやってもいいが、その前に……」
相手を睨みながら視線をずらす。
そして…。
「そこの! 裸の女ぁ!」
「「「は?」」」
三人の視線が同時に入口へ向く。
当然、誰もいない。
その瞬間――
「ぶぼッ!?」
鈍い音。
先頭の戦士の両目がひんむかれ、腹の底から悲鳴が漏れた。
勢いよく蹴り上げた膝が、正確に“急所”を撃ち抜いた。
「うっぐっ……お、おまえッ」
声にならない悲鳴を上げて、戦士は床に転がる。
右側の弓使いが「てめっ!」と叫ぶより早く、
半歩踏み出して――腕を水平に振る。
ラリアット。
空気を裂く音と共に、弓使いの身体が回転し、
机をなぎ倒して突っ込んだ。
残った魔道士は、青ざめた顔で杖を構えるが、
もう距離がなかった。
「ひ、ひぃっ! 降参! 降参だってば!」
杖を投げ捨て、両手を上げる。
「て、てめぇ卑怯だろうがぁッ」
股を押さえてのたうつ戦士が、涙目で怒鳴った。
少し間を開けて、
俺は静かに剣を抜いた。
――キィン。
鞘走りの音が、ギルド全体に響く。
空気が一変した。
「まてまて!」「剣はよせ!殺すな!!」
周りで楽しんでいた奴らも、熱気が一瞬で冷え、誰もが息を呑む。
「……卑怯? ああ、そうかもな」
戦士を見下ろしながら、静かに言葉を落とす。
「けどな、戦いってのは負けりゃ死ぬんだよ。
“卑怯”とか“正々堂々”とか、死んだ奴には関係ねぇ」
わざとらしく息を荒げながら、
怒りを演じるように声を張る。
「そんな甘ぇ覚悟で、喧嘩売ってくんじゃねぇ!!」
戦士は顔を真っ青にし、
弓使いは目を逸らしたまま固まっている。
魔道士は完全に腰を抜かしていた。
静寂の中で、俺は剣をゆっくり鞘に戻した。
「……失せろ」
三人は何も言わず、這うようにして逃げ出し始める。
沈黙。
周りの空気が、ようやく動き出す。
奥の方で誰かが口笛を鳴らし、ざわめきが戻る。
リュカが、呆れたように笑いながら言った。
「……おいコール、やりすぎじゃね、それに今の」
「あぁいうのは一発やっといたほうが舐められなくていいの。
他の連中もこれで下手に関わってこねえだろ」
「さすがコール様!」
「だろ?……てか、俺の名前アークな?」
「「あ」」
奥のカウンターの奥、
重い靴音がゆっくりと響いた。
「……もう終わったか?」
ざわついていた冒険者たちの間を抜けて、
一人の男が現れた。
白髪まじりの短髪に、
使い込まれた灰色の外套。
左頬には古い刀傷が一本。
大方、ギルドのまとめ役――この街の支部長ってとこか。
場の空気が一気に張り詰める。
さっきまで騒いでた連中も、
気まずそうに目を逸らした。
支部長は床に転がってる三人を見やり、
深いため息をひとつ。
「おい、お前ら。新人にちょっかい出してやられるとは……情けねぇな」
三人は答えられず、
引きずられるように奥へと運ばれていった。
支部長の視線が、こっちへ向く。
その眼が鋭い。
まるで人の中身まで測るみたいな目だ。
「……あんまり問題を起こすなよ。
ここは街の顔だ。血の匂いを撒くのは歓迎されねぇな」
軽くうなずいておいた。
だが、男の口元がわずかに緩む。
「――とはいえ、素手で済ませたのは正解だな。
切り合いなんてしたら、面倒事が山ほど増える」
リュカが横で肩をすくめた。
「……でも途中で抜いてたけどな」
「抜いた“だけ”だ」
そのやり取りに、支部長は短く笑った。
「いい判断だった。
腕もあるし、頭も冷えてる。……悪くねぇ新顔だ」
シアが静かに一礼する。
「ありがとうございます。以後、気をつけます」
支部長はうなずくと、
机の上に手を置いて言った。
「せっかくだ。最初の依頼でも受けていけ。
こっちも新人の腕を見ておきたいんでな」
一枚の札を取り、差し出す。
【依頼名:外環街道の獣退治】
【報酬:銀貨20枚】
【難度:E】
「軽いもんだ。肩慣らしにはちょうどいい」
リュカがにやっと笑う。
「へぇ、じゃあ暴れても怒られねぇな?」
「怒られる前に片付けろ」
札を手に取って、懐へしまう。
支部長が口の端を上げる。
「忘れんな、新人。“旅人(仮)”だったか?」
「……(もうバレてんのかよ)」
リュカとシアが吹き出した。




