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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第33話 空が鳴る日


空を裂くような青白い丸い光が、遠くの塔から走った。

地鳴りが腹の底を揺らし、風が焦げた匂いを運んでくる。


傷を負いながらも瓦礫の山に立つシラヴァの耳がぴくりと動いた。

風が逆流している。嫌な、重たい気配だった。


「……なんだ、あの光は。」


城の方角から砂煙を上げて一人が駆けてくる。

息を荒げ、肩で呼吸していたのはシェアラだった。


「シラヴァッ! 街を離れろ! 塔が――吹き飛ぶ!!」

「……何を言っている」

「コールからの伝令だ! “魔法陣が暴走する”、街ごと消し飛ぶって!」


その一言で、体中の血が凍るのを感じた。


「全軍、聞けッ!!」


灰狼の咆哮が、大気を震わせる。


「街を捨てろ! 民を抱えて森へ、いやそれよりももっと奥へ退けッ!!」


その声を合図に、狼・猫・熊の三族が一斉に動き出した。

獣族たちは家々から人を引きずり出し、逃げる者の背を押した。


「猫族は路地を見ろ! 逃げ遅れを探せ!」

「熊族は荷車を、押し通せぇッ!」


怒号が戦火の街を裂く。

混乱の渦の中でも、誰一人として立ち止まらなかった。


道を駆け抜ける途中、熊族の若者が叫んだ。

「隊長ォ! あっちに人間どもが残ってやす!」


見ると、崩れた屋根の下で人間の女と子供が泣き叫んでいた。

黒猫族の戦士が歯をむいて叫ぶ。

「放っとけ! 敵だ! 俺たちを奴隷にした連中だ!」


シラヴァは一瞬だけ目を閉じ、すぐに怒鳴り返した。

「バカ者がぁ!敵も味方もあるかッ! 今は命を運べ!!」


熊族が壁を砕き、猫族が子供を抱え上げ、狼たちが周囲を守る。

泣きじゃくる人間の女が震える声で呟いた。

「……どうして、助けるの……?」

「生きてる奴を見殺しにできる奴が、戦なんかできるか。」


短くそれだけ言い捨てて、再び走り出す。



塔の光がさらに強まり、夜が白み始めていた。

長い戦の後、ようやく訪れたはずの朝――だがその光は希望ではなく、終焉の兆しだった。


街道へ続く道は地響きで割れ始めていた。

まるで巨獣の心臓のような鼓動が響き、青い閃光が地を裂く。


「急げぇッ!! もうもたねぇぞ!!」

「西区画の者は全部出たか!? 第二狼隊、そろそろ撤退するぞ!」


狼たちが先頭で森へ走り抜け、熊族が荷を担いで続く。

猫族は最後尾で逃げ遅れた者を引きずりながら走る。


誰も振り返らない。

だが、空の色だけは嫌でも目に入った。

青と橙が混じる空、朝焼けと魔力の光がぶつかり合っている。



そのときだった。

崩れた建物の上から、弓を持った細身の影が飛び降りた。


「待て、獣族の者!」


長い耳が朝日に光る。

エルフの青年だった。戦に加勢はした。

だがその様子を遠くからただ見ていた彼らだったが今は顔を歪めながら駆けてくる。


「お前たち……人間を、助けているのか?」

シラヴァは一瞥しただけで叫ぶ。

「質問は後だ! 手が空いてるなら運べ!!」

「……了解した!」


青年は仲間に合図し、数人のエルフが倒れた人間を担ぎ上げる。

猫族と熊族が道を開き、狼族が先頭で導いた。

今一時ではある、敵だった者たちが、同じ方向へ走っていた。


「うぅ…エルフ……?」

「…生きたいのなら走れ」


声が重なり、街の残骸を抜けていく。



森の入り口にたどり着いたとき、

シラヴァは振り返った。


街の中心――塔が、もう太陽のように白く燃えていた。


(コール…まさか、お前は)



ーーーーー城内


俺が影に顎で合図する。

影に王とその息子を担がせ、甲板に押し付ける。デップは半泣きで暴れ、王はうなだれたまま甲板下へ放り込まれた。扉が鳴る。


俺はそれを見届け、振り返り二人の顔を見る。


「逃げろっつったろ」


シアが一歩踏み出す。

「いやですよ、ここが私達の帰る場所ですから」


迷いのないシアの返答に俺はリュカを見ると、リュカは少し照れくさそうに目を逸らして小な声で。


「……家は、守るもんだしな」

「ったく」


二人のの頭をかき回して舵へ向かう。


「死んでも文句言うなよ?」

するとすぐ後ろにシアが着いてきて意地悪そうに笑いながら言った…。


「ふふふ、死ぬのは嫌なのでなんとかしてくださいね?コール様?」

「そうそ、あんたならなんとかできるんだろ?コール?」


「ったく、無茶言いやがって」


風が甲板を吹き抜け、帆が唸った。

塔の光がいっそうに空を裂く。

俺は舵を握りしめ、吐き捨てるように言った。


「さぁて…やるか」


イルクアスターの後ろ腹から、黒い鎖が何本も放たれ塔に打ち込まれていく。

影たちがそれ使ってわたり、塔の根へと更に鎖を巻きつける。

鎖が石を抉り、きしみながら締まる音が甲板まで伝わる。


「もっと巻け!、根本を押さえろ!」


塔の基部が軋む。

地面が揺れ、青白い光がさらに脈打った。


「……チッ、時間がねぇな、野郎ども戻れ!やるぞ!」


俺は舵を握ったまま、指示を出し、鎖伝いにワラワラと影達が船に戻る。


そして固定されていた大砲の角度を変え、鎖が絡んだ真下を狙う。


「ここで折れるなよ、イルクアスター…、野郎ども!ぶっ放せぇ!!」


砲弾が地を穿ち、塔の基部が爆ぜる。

煙と炎が舞い上がり、船体ごと押し返されるような衝撃が走った。


「きゃ!?」

「うわ!?」


衝撃でシアとリュカはよろけたがハイポールとウィスキーがそれを受け止め支える。


「よし!…よし!!、持ち上げるぞ!」


俺は舵を握り、レバーを倒す。

甲板が悲鳴を上げ、船が軋む。

塔が、ゆっくりと、地面から浮き上がり始めた。


「っしゃあ!!行ける!!」


船体が唸る。

青い閃光が塔の内部を走り、風が逆巻く。

吹き荒れる光の中で、俺は歯を食いしばった。


「出航だぁああああ!!!」


塔が軋みながら宙へと引きずり上げられていく。

青い光が夜明けの空を裂き、街の影を飲み込んだ。

その中心で、イルクアスターは風を裂きながら、ただひとつの願いを抱いて飛んでいた。



ーーー獣族の森


森の木々がざわめいていた。

風が逆流している。焦げた匂いが森の奥まで染み込んでくる。


「……止まれ」

灰狼の低い声が響いた。

シガが片手を上げると、走っていた獣族たちが一斉に足を止めた。


誰もが振り返る。

朝焼けに染まる空の向こう――街の中心で、塔が、浮いていた。


「な……んだ、ありゃ……」


猫族の若い戦士が息を呑む。

塔の周囲を無数の鎖が絡みつき、青白い光がその根元から空へと吸い上げられている。

その鎖の先――空を裂くように、一隻の飛空船が持ち上がっていた。


「あの船は!、コールか!」


シラヴァが呆然と呟く。

まるで空そのものを引きずり上げるような轟音。

船体が揺らぎ、光を反射して白く輝く。

塔の基部から噴き出す閃光が森まで照らし、木々が一瞬、昼のように白く染まった。


「……コール」


シガの口から低く漏れた。

拳を握る手が震える。怒りでも恐怖でもない、ただ“理解の外”の光景に圧されていた。


塔がさらに持ち上がる。

その質量を拒むように地面が崩れ、地平が波打った。

森の木々が悲鳴を上げるように揺れ、吹き荒れた風が獣族たちの髪と尾をなびかせた。


空は、もう夜でも朝でもなかった。

青と橙が混じり、裂け目から白い光が漏れていた。


「あのバカめ…」


シラヴァが苦笑する。


「……あいつはやると言えばやる、そういう奴だ」


シガはそれだけ言い、燃える街の方へもう一度目をやる。

塔を抱えた船が、光を引き連れてゆっくりと空の彼方へ昇っていった。


風が一瞬止み、森の中に静寂が降りた。


まるで――祈りのあとみたいに。


そして…その瞬間、空が弾けた。

雲の上で、青白い光が花のように開いた。

一拍遅れて、轟音が大地を揺らす。

燃え上がる閃光が雲を貫き、空の裂け目から陽光のように降り注いだ。。



ーーー飛空船イルクアスター


背後では光が唸りを上げ、舵にまで轟音が直接伝わってくる。

空気が焼ける匂い。

金属がきしみ、骨の奥まで響く低音――そろそろだ、爆ぜる。


「リュカ! シア! ハイポールとウィスキーにしっかり捕まってろ!」


「はい!」

「わかってる!」

二人の声がほとんど風に消えた。

ハイポールとウィスキーは二人をかばうようにして、手すりに腕を絡める。

風が刃みたいに頬を裂き、帆が悲鳴を上げた。


次の瞬間――大気が、一瞬止まった。


「……来るッ!」


空間そのものが脈打つような圧を感じた刹那、

俺は舵を全開に倒し、鎖を断ち切る。

船の芯が唸り、船体が一気に跳ね上がった。


轟音。

世界が反転したかのような閃光が背後で弾ける。

塔が崩壊し、爆風が波のように押し寄せた。


イルクアスターは空を蹴った。


帆が千切れそうなほど膨らみ、船体が悲鳴を上げる。

揺れ、軋み、空気が砕ける音。

その全てが背中を押した。

まるで大波に押されるように。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


爆発の衝撃が船を押し上げ、雲を突き抜け、視界が真っ白に染まり、次の瞬間…。



――蒼。



雲海の上、光が遥か下で渦を巻いている。

大気の薄さが肌でわかる。息が焼ける。


それでも、俺たちは生きていた。

爆発の波に押され、イルクアスターは空の更に上を滑っていく。


「ッ…?、生きてる?」


舵を握る手に、血が滲んでいた。

帆はところどころ裂け、船体の尻が焦げ、煙が尾を引く。

それでも、船はまだ進んでいた。


「はは、あぶねぇ…もう少しで宇宙じゃねえか」


船はゆっくりと重力に導かれ、大地に吸い寄せられていった。

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