第32話 抑止の陣
広間が魔法陣の光に照らされ、重力が何倍にも感じられる。
重みが床から這い上がってきた。
膝がきしむ。肺が潰れるみたいに鳴る。
「重圧の魔法陣――膝を折れ、異形」
ツルピカ頭の声が冷たく滑った。
「悪いな、俺はジジイどもに土下座の趣味はねぇんだよ」
歯を食いしばって一歩、もう一歩。足裏で床を噛む。
兵が殺到。
突き出された槍を外し、柄を掴んで自分ごと引き寄せ、肩でぶつけて崩す。
倒れ込んだ甲冑を踏み台にして体をひねり、逆手の刃で帯革を断ち、肘で兜の面頬を叩き割る。
「はぁっ……!」
背でシェアラの息。重圧に足が沈む音。
それでも奴は下がらない。俺の間合いの死角を塞ぐように、短剣で刃を弾く。
「助かるねぇ、惚れちまうぜ」
「っふん、でしょ?」
俺は掴んだ槍を床に突いて梃子にし、重さに逆らって体を起こす。
迫る二人の刃――鞘を投げて目を切り、低く滑り込んで足を払う。
鉄と骨が同時に転がる音。
「面白い。ならば――」
杖が二度、石を叩いた。
重みがさらに増す。視界の端が黒く滲む。
足が鉛、腕が鎖。剣が自分の体重に変わったみたいだ。
「っぐ……!」
床がひずむほど踏みしめて耐える。
この魔法陣、あのツルピカ頭が杖を地面につけてねえと発動できねえやつだったか。
急いで頭の中で知識の辞書を開いて無効化させようとするが、だめだ……魔法の基礎理論だの詠唱だの、わからねえ単語が連なってる。
「わ、わかった…」
「コール!?」
「ほう?」
「降参だ」
俺は戦意をなくしたように、王の方に向き一歩前に出て見せかけに膝をついたふりをする。
剣を両手で差し出すように持ち同時に、左の手のひらを自分で切りつけた――血がにじむ。
血を絞るように剣を握り、十分血が出たら素早く魔導銃へ手を伸ばす。
向ける先は、ツルピカ頭の杖の先端に嵌った小さなクリスタル――魔力を媒介する結晶だ。
頭の中、知識の辞書で気になる一節を俺は見つけた。
この魔法陣は確かに周囲の“自由な魔力の流れ”を消す。霧散する。
結界や杖から直接放たれる純粋な魔力は、その場で力を失う。
だが同時に、魔力を「閉じ込める」「媒介する」物質…結晶や魔導器具のような“器”は、陣の効果から完全には遮断されない。
器の中に既に蓄えられた“核”としての力や、物理的に運ばれる力は、陣の網の目をくぐり抜けることがある。
血を媒介として結合させ魔導銃の弾丸にすれば、つまり――撃てる。
魔力を含む俺の血は、その“弾”の核になる。
「んなわけねぇだろ!バーカ!」
指に力を乗せ、引き金を引いた。
俺の血を吸い込んだ魔導銃は、内部で弾丸を作り上げた。
発射音は、小さく聞こえた。だが中身は違った。
血を芯にした実体の弾丸は、魔力の網をまっすぐに走った。空気を裂く感触が掌から脳に直に届く。弾は杖の先端へと吸い込まれ…
パリーン
「なんだと!?貴様!」
クリスタルが一瞬、虹色に光ったかと思うと、砕けた。
小さな破片とともに、結晶の中から詰まっていた光が噴き出し、劇的に広がった。魔法陣の脈動が鋭く揺らぎ、床の重圧が一度だけふるえた。
――重圧の魔法陣が一瞬暴走し、石の床にひびが走る。
同時に魔力封じの陣も無効化され、ゆっくりと影たちが起き上がり始めた。
ツルピカ頭は驚愕の色を顔に浮かべ、王の表情が初めて揺らぐ。
その刹那。
――ガシャァンッ!!
王座の間の色ガラスが粉々に砕け、冷たい風と共に二つの影が飛び込んできた。
「コール様!ご無事…で?……え?…血ぃ?」
最初に着地したのはシアだった。
俺の手のひらの血を見た瞬間一気に青ざめ、いつもの穏やかな顔はどこにもない。
目は血走り、頬を伝うのは涙と怒り。
ブツン…、本当に何かがキレたような小さい音が一瞬聞こえた…。
髪が舞い、銀の髪が光の如き早さで裂く。
腰の短剣を抜くと同時に、兵たちへ突っ込んだ。
「シ、シア!? ま、待――ったくッ!」
リュカが後に続き、剣を構える間もなくその場に滑り込む。
だがシアは聞いちゃいない。
声にならない雄叫びのような奇声を上げながら、
目の前の兵士の喉元を一閃。
そのまま踏み込み、返す刃で隣の兵の腕を断ち切る。
「この…ゴミ人間どもがぁああ!!よぉおくも、私のコール様をォオオオ!」
叫びながら、怒りで我を忘れその剣筋はいつもの優雅さの欠片もない。
だが…速い。鋭い。容赦がない。
リュカが舌打ちし、彼女の背を守るように回り込む。
「シア!、前まかせた!」
「言われなくても!!、私達の家族とコール様の仇ィイイイ!!!」
(おいおい、俺まだ死んでねえから…)
二人の息がぴたりと合う。
リュカの剣が敵の槍を弾き、シアの短剣がその隙間をすり抜けて喉を裂く。
影たちも、まだ完全復活ではないながらも次々と立ち上がり、兵たちを押し潰すように前進した。
「お、お前らもお目覚めだな……!野郎ども!、蹴散らせ!!」
指示に影たちが応じ、黒い奔流が部屋を覆う。
シアはその中央で荒い息を吐きながら、血に濡れた短剣を構え直した。
ーーーーー
「コール様……っ!血が、コール様ぁあ〜!」
ひとしきり敵を切り終えたシアは俺の顔を見ると、迷子になった幼児のように涙をこぼしながら駆け寄ってきた。
抱きついた時にベチャっと血の音がしたが、抵抗せず受け入れておこう…、
…あとが怖い訳では無い。
「お……おう。助かった。俺は無事だから落ち着け、な?」
「うるさい!誰のせいだと思ってんだ!いきなり勝手に船を降りるわ!
影のやつが見せてきた水晶にはあんたがピンチになってるわ最悪だっての!!」
そこにリュカがとんでもない剣幕で俺に怒鳴り込んできた、まぁ、仕方ない。でも…実際いいタイミングだった。
俺は誤りながらリュカの頭をかき回して、周囲を見る。
影と融合した俺も酷かったが…こっちも大概だな…、血の海なんて言葉がよく似合うぜ。
形勢が変わり王座の間は、すぐに静寂と血の匂いに支配された。
すでに影が敵の王を捕えており、よく光るボールがその足元に転がっていた
「……おいおい。頭だけじゃなく、姿まで丸くなっちまったのかよ、ツルピカ」
そんなツッコミを入れていると――
背後から、鼻をつまみたくなるような声が響いた。
「貴様らぁっ! よくも父上によくもォォ!!」
振り返ると、そこに立っていたのは見慣れないデブ面の男だった。
脂ぎった頬に、首の肉が三段、宝石の装飾ををこれ見よがしにぶら下げてる。
どこかで飼われてた豚がそのまま服を着たような格好だ。
(なんか既視感あるなぁ…)
「なに見てんだコラァ!ひざまずけっつって!僕を誰だと思っている!」
唾を飛ばしながら、金色のマントをバサバサとはためかせる。
喋るたびに肉が揺れてる…もはやなにかの珍獣?。
「……誰だよお前。厨房に迷い込んだ肉塊か?」
「な、なにをぉ!? お、俺は……ザイガルド王家が次期王ッ! デップ・ザイガルド四世様だぞッ!! 貴様ら下等生物が気軽にくちを」
俺はすぐにそいつのそばまで行き胸ぐらをつかんだ、…そして。
「な!?ぇ、衛兵ッ、あばばばばばばッ」
見た目のせいか?どうにも聞くに耐えないので、連続往復ビンタを食らわして黙らせ、影に縛り上げさせた。
その後、獣族側の勝利を伝え、無駄な戦いを止めさせるためシェアラは伝令に走った。
すると縛ったまま影に放置していたデップが胸を張り、下卑た笑みを浮かべながら叫び始める。
「貴様ら、早く降伏しろ!さもなければ皆殺しだ!今なら女は僕の奴隷にしてやる! はーっはっは!」
「はぁ…息子よ、なにか策があるのか?」
「はい父上!塔の魔法陣を起動させてまいりました!、これでコイツら下等生物共は降伏するしか」
王は一瞬、動きを止めた。
その表情は怒りでも呆れでもない。
まるで聞き間違いを疑うような、空虚な沈黙。
「……おい、今なんと申した?」
「ですから父上!塔の魔法陣を起動させてまいりました! これでやつらが抵抗すれば、この街もろとも」
「起動……させてきた……だと?」
ドゴッ。
気づけば王が立ち上がっていた。
次の瞬間、彼の拳が息子の顔面にめり込んでいた。
周囲が「えっ!?」と固まる。
「父、父上ぇっ!? な、なぜ……ぐぼっ!?」
「貴様ぁっ!!」
王の怒声が玉座の間に轟いた。
「その“抑止の陣”は!使わぬためにあるのだ!誰が起動していいと言ったッ!この馬鹿者がぁあああああ!!!!」
再び拳。
続けざまに蹴り。
もはや王の威厳はどこへやら、完全に“とんでもないことをしでかした息子…親が子をぶっ叩く”そんな構図。
デップは床を転がり、冠が飛んでいく。
「ぎゃぁっ! や、やめて父上ぇぇ! ぼ、僕は褒められるとっ──ぐはっ!」
「褒められるわけあるか!この愚か者めっ!!!」
シアが口を押さえながら目をぱちぱちさせる。
「な、なんか……父子喧嘩が始まっちゃったんですけど……」
リュカが剣を下ろし、ため息混じりに肩をすくめた。
「王族ってのも、大変だな……」
一見は確かに親子喧嘩なのだろうが嫌な単語が聞こえた、街もろとも?。
俺は影に指示して王を息子から引き剥がさせた。
「おい、落ちつけ。今街もろともって言ったな?、それに抑止の陣って?」
俺の問いに、王は怒気も虚勢も捨てた顔でこちらを見た。
深く息を吐き、力なくうなだれる。
「……貴様、なぜこのような辺境の国が、奴隷を売り、好き勝手をしても他国に潰されずに済んだか、わかるか?」
沈黙に王は続ける。
「城の塔‥その心臓部に、“抑止の陣”がある。
古の戦で遺された禁呪の系統だ。ひとたび“起動”すれば、街ごと――いや、地形ごとこの辺り一帯を吹き飛ばす」
喉が鳴る。王は自嘲の笑みを浮かべた。
「外の人間どもは皆、これを知っている。だから見て見ぬふりをした。
我らは奴隷を流し、彼らは目をつむる。互いの腹のうちを汚したまま、均衡だけは保った。
……その“抑止”を、あの馬鹿が――起動させてきたと、そう言った」
「起動したら、止められるのか?」
「止められぬ」王は即答した。
“停止の術”は刻まれていない。抑止たるもの、使わぬためにある――ゆえに、“解除”も“中止”もない。
起動はただひとつ……終わりへ向けて進むだけ。
床下から、低い唸りが響いた。
この場所から見える別の塔の方角、石の隙間が青白く明滅する。
「なん…だと?…」
俺は再び急いで知識を探るがその情報が見つからない、禁呪だからか?、…クソ。
急いで窓の外に出る、近くに獣族を探し今あったことを伝え、急いで全員を街から遠ざけるように伝えた。
「今すぐ逃げろぉおお!急げ!!!」




