第02話:洞窟と黒髪の少女
船には数名を残し、ザロたちにゴブリンを見つけた場所まで案内させた。
現場には焚き火の跡、紫の血痕、そしてゴブリンの腕が一本。ザロが持っていた剣は、この腕が握っていたらしい。
「腕? お前らが運んできたやつは五体満足だったが? 何体いた?」
(ザロたちが三本の指を立てる)
「お前ら……一応こっちが人数勝ってる。こういうのは逃がすなよな」
反省するようにうつむく影たち。逃がすと大抵ろくなことにならない――やるなら全員始末、が俺のモットーだ。
血痕を辿ると、いかにもな洞窟が口を開けていた。入口には見張りが二匹。
「ウィスキー、ハイポール」
「「ザッザッザ(走り出す)」」
二人は意を汲んで駆け出す。ウィスキーは剣で一匹の首を一閃。だがハイポールは途中でズダーッと滑る。残った一匹が奥へ逃げるが、ウィスキーはため息をつく仕草のあと、銃で後頭部を撃ち抜いた。
「お見事(拍手)」
「「「「パチパチパチ」」」」
帽子を取って深々と礼をするウィスキー。
「今のでバレたな。だが仕方ねぇ、行くぞ野郎ども」
「「「「ッザ」」」」
「ッザ」
慌てて立ち上がったハイポールが、ちょっとズレた敬礼。……こいつ、なんでこんな形になったのやら。
洞窟へ。先頭は松明と剣を持つウィスキー。ザロ、ポロ、ノロ、トロが俺の周りを固め、最後尾はハイポール。
ゴンッ――背後に鈍い音。
「ッ!? ……またか」
「カリカリ(頭をかく)」
「ペシン(叩く)」
ハイポールはどうにも行動に難がある。
こちらは神経を張って進んでいるのに、背後で頻繁にコケる音がするたび、体が勝手に構えてしまう。
……正直、足手まといかもしれん――そう思った、その瞬間。
「はぁ、前進――なッ!?」
ハイポールが横広の腕で俺の前を塞ぐ。ザロ、ポロ、ノロ、トロが反応して、俺の目の前で剣を交差。直後、金属が弾ける高音が洞窟に響いた。
矢だ。交差した刃に、何本も突き立っている。
「なっ!? この――撃ちまくれ!!」
片手の剣を落とし、もう一丁の魔導銃を抜き、二丁で暗闇へ乱射。影たちも一斉に射撃を開始した。
発砲音がしばし洞窟を揺らす。
「……やったか?」
奥の気配は薄い。逃げたか、沈黙か。舌打ちしてハイポールの腕を見ると、矢が数本刺さったままだ。
「よくやったな、ハイポール」
「カリカリ」
矢を引き抜くと、ハイポールは照れくさそうに後頭部を掻いた。
さらに進む。弓持ちのゴブリン、剣と防具で固めたゴブリンの死体が転がる。盾もあったが、魔導銃の弾痕が貫いている。ここで決める気だったのか――装備は本格的だ。足跡はさらに奥へ。……全員は仕留められなかったか。
やがて広間。杖を持つ個体が王座めいた席に肘をつき、待ち構える。周囲には新しい武器と鎧で武装した連中。数はこちらが不利だが、無闇に突っ込んではこない。厄介だ。
片手を上げ、敵を指す。影たちが前進。
広間の入口に差し掛かった瞬間、王座のゴブリンがニヤリと笑う。
「ッギーギャ!」
地面が鈍く震え、天井から剣山のような大落下罠が降る。影の一団は押し潰され、黒い霧となって弾け飛んだ。
「「「「ゲッヒャッヒャッヒャ!!!!」」」」
孤立した俺を指差して嘲笑するゴブリンども。――まぁ、普通ならここで詰みだろうが。
「野郎ども!」
号令が広間に響く。罠の隙間から黒霧が溢れ、形を結ぶ。
「「「「!? 」」」」
驚愕して取り囲もうとするゴブリン。だが、影たちはもう立っていた。肩や首を回し、動きを確かめる。
「皆殺しだ!!」
「「「ッザ」」」
決着は早かった。前衛は魔導銃で撃ち抜かれ、後衛はザロたちが距離を詰めて斬り伏せる。
「残るは……お前だけだな?」
「ギッ……ガァー!!」
王座のゴブリンが飛びかかる。
パーン。
一発の銃声。静寂。
――――
「大漁、大漁」
洞窟には武器、防具、行商人から奪った品々が山のように溜め込まれていた。思いがけない豊作に満足していると、ウィスキーとハイポールが報告に来る。
「「わちゃわちゃ」」
「ほう? ……さっぱりわからん」
身振り手振りでは限界だ。ハイポールが広間から分岐した通路を指差す。戦利品部屋とは別の方角。
二人を連れて進むと、そこには――壁に拘束された屍と、体じゅうに痣と暴行の跡が残る黒髪の少女。
「……ひでぇな」
息を確かめる。微か――だが、生きている。拘束を慎重に解き、抱き上げる。体は氷のように冷たい。
その冷たさが、胸の奥のどこか古い痛みをひっそりと刺した。
俺達はそのまま船へ急行する。
甲板で船医役のゲールに託すと、医務室で手当が始まる。俺にできるのは、見守ることだけだ。
「外にいる。何かあればすぐ報告しろ」
「ちょんちょん(指でつつく)」
背中をつつくゲール。丸い腹をさらに膨らませ、少女の“異常”を示す。……ゴブリンの巣であの状態。そりゃそうだ。
「……どうにかできるか? できれば傷つけず、意識のない間に」
「コクリ(胸を叩く)」
「任せた」
甲板へ。ザロが戦利品の剣をジャグリングして見せ、影たちが歓声を上げる。手すりにもたれる俺に、ウィスキーが飲み物を丁寧に運んできた。
「ん? なんだこれは?」
(身振り手振り)――森で採った果物のジュースらしい。
「なるほどな……うまい」
(コップを掲げる)――ウィスキーも一口。
ふと、燃料の残量が気になった。甲板から降り、動力源を確認する。影たちの飲食や日光で少しずつ充填される仕組み。後部の台座の上で、人ほどのクリスタルが回転していた。手を触れると、船の息吹のような脈動が指先に伝わる。
「まだまだ、十分か」
一回の飛行でどの程度消費するのかは未知数。しばらくはこまめに確認するしかない。
――少女は助かった。次は、薬と金だ。街へ出て、売る・買う・整える。人目は厄介だ、格好も考えないとな。
俺は帽子を目深に被り、朝の雲を見上げた。




