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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第25話 北倉庫への潜入


石造りの高い門が視界を塞ぐ。

城壁の上には弓兵が並び、門前には鉄槍を携えた兵士たちが列を作っていた。

以前はここまで厳重じゃなかったはずだが、襲撃の余波で警戒は一段と強まっている。


「止まれ! 身分を明かせ!」


門番の鋭い声に、奴隷商に変装した俺たちは足を止めた。


俺は肩で笑い、外套の陰から粗末な羊皮紙を取り出して見せる。

錆びついた鎖ががしゃりと鳴り、リュカとシアが繋がれた格好で前へ突き出された。

シェアラはうつむき、仮面をつけたウィスキーと鎧姿のハイポールが無言で控える。


兵士の一人が目を細め、羊皮紙をひったくった。

それは、獣族が襲った奴隷商から奪い、手を加えて偽造したものだ。

周囲の兵たちも俺たちをぐるりと囲み、じろじろと舐めるように視線を走らせる。


「……奴隷商、か」

「どっかの野郎が街を襲って品薄だって聞いたもんでね、ちょうどいい品を持ってきやしたぜ」


言葉と同時にシアが怯えたように肩を震わせる。

……こいつ、演技が板についてやがる。なんか妙な罪悪感だぜ。


「ふん、最近は怪しい連中が多い。荷も身体も改めさせてもらうぞ」


(来たか……)


兵士が鎖を掴み、リュカの腕を乱暴に引き寄せる。

その視線には下卑た光が宿り、リュカの拳がわずかに震える。


ここで動けば即座に正体が割れる。


(堪えてくれよ……)


目でリュカに合図して、かろうじて大人しくはしているが、兵士の手があまり良くない動きだ。

思わずリュカの拳が震え、空気がきしむ。


俺はすかさず口を開いた。

「すいやせんねぇ」


わざと下卑た笑みを浮かべ、肩をすくめる。


「そちらさん、あいにくお偉いさんが“買う”のが決まっていやしてね。

あんまり傷モンにしちまうと、後で文句がうるせぇんですよ。

あっしも商売で食ってる身でして……どうか手荒にだけはご勘弁を」


門番の兵は眉をひそめ、リュカの顔と俺の羊皮紙を見比べる。

一瞬、気まずそうに舌打ちし、腕を放した。


「……ふん。どこも品薄で気が立ってるんだ。せいぜい、気をつけろ」


「へいへい、感謝しますぜ」

俺はにやりと笑い、わざとらしく腰を折った。


リュカが小さく肩を震わせる。怒りか羞恥か分からんが、なんとか耐えてる。

(ふぅ……助かった)


兵士たちはまだ完全には納得していない様子で、シェアラやシアを順に値踏みするように眺めていた。

門前の空気は依然として重い。

……だが背後から、順番待ちにしびれを切らした荒くれ商人たちが声を荒げ、兵士たちを急かした。


「おい、いつまでかかってんだ!」

「こっちだって納品があるんだぞ!!、いつまでやってやがる!」


ざわめきに押されるように、門番は渋々と手を振った。

「……通れ。ただし余計な真似をすれば即刻斬ると思え」


槍がわずかに退き、石造りの門の口が開く。

重い鉄の軋みと共に、俺たちは城内へと足を踏み入れた。


(……ふぅ。とりあえずは突破か)


背後で門が閉ざされる音が響き、街の喧騒が迫ってくる。

行き交う人々、軋む荷車、呼び込みの声。だがそのどこかに潜む監視の視線を、俺は肌で感じていた。


「ッチ」

「……気を抜くな。ここからが本番だ」


リュカをなだめながら、石畳を軋ませ進む。

街は以前よりも兵の数が多く、通りの角ごとに槍を構えた兵士が立っている。

買い物に出ていた人々も声を潜め、ざわめきの奥に妙な緊張が張りつめていた。


北へ進むにつれ、それはさらに顕著になる。

倉庫区画へと続く道には柵が設けられ、二重三重の見張りが周囲を固めていた。

鉄鎖が垂れ、見張り台から鋭い視線が絶えず行き交う。


(想像以上だ。門を抜けても、ここで捕まる可能性もでかいな。まともに正面突破は厳しい)


倉庫の敷地へ入れるのは物資の搬入業者か兵士だけ。奴隷商に扮したところで、この先へは入れない。


通りの角に潜み、俺たちは倉庫の外周を観察する。

灯りは少なくないが、巡回のリズムは雑だ。

見張り台の兵たちは槍を持っているが、その目は虚ろで、酒の匂いを纏う者、疲れから足取りが鈍い者が多い。

誰かが小声で愚痴を言い、別の者が苦笑で受け流す。厳重な配備に見えるが、士気は明らかに低い――叩けば割れそうだな。


シェアラが低く呟く。

「見張りは多いけど、緊張感がない。噂のせいで数が増えた分、質が落ちてる?」

「騒がれるわけにもいかない……忍び込めるか?」

「あたし一人ならどうにでもなりそうだけど……どうする?」


ここまで来てシェアラを一人で行かせるのも気が引ける。仮に捕まっても俺たちの顔は割れないが、彼女は無事じゃすまないだろう。

頼まれた以上、そんな見殺しにするようなリスクは取りたくはない。


「奴隷商の次は運び屋に化けるか?」

「どうやって? それこそ騒がれたら大変じゃない?」

「その前に仕留めりゃいい」


計画は簡潔だ。倉庫前の小さな荷捌き口にやってくる商隊を襲い、荷役人と成り代わる。

外見はそれなりに偽装してある。

荷車の荷札や歩き回っている取引人の仕草を真似れば、なるようになるだろう。


夕暮れ、街の外れの土道を車輪の軋む音が近づいてきた。

現れたのは一台の大きな荷車。分厚い帆布で覆われ、その中には木箱や樽がぎっしりと積まれている。

樽の口からは鉄の匂いが漂い、木箱には黒い紋様が焼きつけられていた。何かの“資材”らしいが、俺たちには用途までは分からない。


荷車を護衛するのは四人。革胴に槍を持った兵士風の男たちで、統制は取れているがどこか覇気が薄い。

命令だから仕方なく――といった様子で足取りも重い。

先頭には帳簿を抱えた役人風の男が一人、疲れた顔でため息を吐きながら歩いていた。


「……これが狙い目だな」

俺は影に潜んで囁いた。


合図と同時に、リュカとシアが影から飛び出す。

リュカは槍を掴んでねじり折り、シアは足払いで護衛を転ばせる。

シェアラは背後から役人の口を塞ぎ、短剣を喉に突きつけた。

ウィスキーとハイポールは無言でぬらりと影のように立ち塞がり、護衛たちの抵抗を封じる。


短い小競り合いの末、護衛たちはあっさりと沈黙した。

「上出来だ」


俺たちは素早く役人と護衛の装備を奪い、入れ替わる。

シェアラは鎧と兜をすべて身につけ、顔を完全に隠す。

ウィスキーとハイポールも黙ったまま護衛に紛れ込ませた。


リュカとシアは体格が小さく防具が合わない……仕方なく、奴隷の格好のまま荷台に押し込んだ。

二人とも不満げな顔だったが、目立つ外見を隠すにはこれしかない。

鎖の代わりにいつでも解けるよう縄を結び、外からは“捕らわれの奴隷”にしか見えない。


俺は荷車の先頭に立ち、外套を羽織り直す。粗野な下請け商人の顔を作り、吐き捨てるように呟いた。

「……さて、行きますか」


馬の手綱を引くと、荷車はゆっくりと北の倉庫区画へ向かって進み出した。

街路の影は伸び、やがて倉庫前の柵と見張りの列が迫ってくる。


厳重な警備。だが今度は、正規の“搬入”の形を取っている。

扉の前で兵士が手を上げ、帳簿と積荷を確認しに来た。


「……おい、こいつらはなんだ?」

兵士が荷台のリュカとシアを見て眉をひそめる。


俺はわざとぶっきらぼうに吐き捨てた。

「知らねぇよ。俺たちはただの下請けだ。あんたらの上が“運べ”って言ったから運んでんだ。文句あんなら直接そっちに言え」


兵士は面倒くさそうに舌打ちし、帳簿と荷を見比べた。

「……チッ、どうせまた実験材料だろ。地下の空いてる檻にでも入れておけ」


そう吐き捨てると、腰の鍵束を投げて寄越す。

「ほら、これだ。さっさと済ませろ」


「へいへい」

俺は肩をすくめて鍵を受け取り、荷車を進めた。


重い扉が軋み、倉庫の奥へと吸い込まれていく。

木と鉄の匂い、冷たい空気。

……ようやく、北の倉庫の中へと入り込んだ。

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