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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第24話 焚き火、潜入前の夜


焚き火がいくつも焚かれ、村は夜を徹して賑わう。

再会を喜び合う声が響き、肉の焼ける匂いと酒の香りが村を包む。

もう何度か見た光景だが、以前よりも賑わいを見せていた。


しかしその熱気の片隅で、ちらりちらりとこちらを盗み見る視線がある。


(…感謝もある。だがそれ以上に....畏れているってとこだな)


人間を蹂躙し、影を従えた異形の船長。

彼らにとって俺は、救い主であると同時に「恐怖の象徴」でもある。


影たちが狩りの残滓をがりがりと平らげ、骨さえ残さぬ様子に、子供たちは遠巻きに笑い、

大人たちは言葉を呑んで距離を置く。


安堵と恐怖が並び立つ。

俺はあまり長居せず船に戻ろうとコップを空にして立ち去ろうとした。

すると、横から誰かの手が生えてきた。


「――はい」


横から差し出された杯に、思わず顔を上げる。

赤毛の猫族、シェアラが、にっと笑いながら腰を下ろしてきた。


「みんな、あんたを怖がってる。でも……私は気にしない」

「ほう、勇敢だな」

「ちがうよ。ただ、気になっただけ」


彼女はぐいと酒をあおり、続ける。


「影に食わせて回ってる時の顔、見てたよ。…あれ、なんていうか、あんた楽しそうだった」

「……楽しそう? 俺が?」

「うん、それと肩の荷が少し降りたみたいな顔。だから近づいてみた」


思わず苦笑が漏れる。

「お前も変なやつだな。....俺は、息抜きに笑わなきゃやってらんねぇんだよ」

「いいね、それ」


彼女は焚き火の赤を映す瞳で俺を見据え、杯を掲げた。


「じゃあ、今度はあたしが隣で笑わせてもらおうか。

 あたしらの家族を救ってくれたあんたに乾杯」

杯が触れ合い、焚き火の音が小さく弾む。


「ほう……逢引の邪魔だったか?」


低く落ちる声に、思わず手が止まる。

振り返ると、シガが無表情のまま立っていた。


「……は?」

俺は一瞬固まったが、すぐに察する。

(なるほどな……笑われた仕返しか)


赤毛のシェアラは「ぷっ」と吹き出し、肩を震わせる。

俺は苦笑しながら肩をすくめた。


「言うようになったじゃねぇか」

「……当然だ」

「ったく、お前も飲めよ。ほら」


シガにも酒をすすめ、俺が改めてシェアラに向き直ろうとした時――


「ちょっと!!」


背後から怒鳴り声が飛んだ。

振り返る間もなく、シアが真っ赤な顔でずかずかと近づいてくる。

酒の匂いが強く、足元はおぼつかない。


「コール様ぁ〜! なにその方とで楽しそうにしてるんですかぁ〜!? こんな時にぃ!」

「ちょ、シア! 落ち着けってば!」


リュカが慌てて腕を掴むが、酔った勢いの彼女は止まらない、ズルズルとリュカが引きずられている。


「シア!? 酒のんだのか!? おめぇはまだ早ぇだろ!」


俺が困惑していると、シガが首を傾げた。

「宴の酒は皆で飲むものだ。……お前の里では違うのか?」


「……あぁ〜……(文化差ってやつか)」


俺は頭を抱えた。


転生の時に“知識”は与えられていた。

言語や常識も一通りある。

だが量が膨大すぎて、俺の頭にすべて整理されているわけじゃない。


(分厚い辞典を抱え込んでるようなもんだ。

 必要になってから引っ張り出さなきゃ思い出せねぇ)


だからこうして不意に文化の違いにぶつかると、どうしても抜けが出る。

俺はため息を吐き、杯を口に運んだ。


ーーーーー翌朝。


まだ宴の余韻が残る広場に族長たちが集まり、焚き火の煙が薄く漂っていた。

地面には北の倉庫を示す簡易な地図が描かれている。


「では潜入は、コールとシェアラの二人に任せる。我らは今一度布陣を貼る。

 おそらく先の一件で、人間どもはコールが我らの側に立ったと確信しているだろう……、

 なれば奴らも奥の手を出してくるかもしれん」


シラヴァが静かに告げ、全員が頷いた。


その時だった。


「待ってください!」


声が割り込む。

皆の視線が集まる中、立ち上がったのはシアだった。


「私も、その潜入に加わります」


俺は思わず立ち上がった。

「おいおい、シア……。お前は駄目だ。回復したばかりだし、それにお前はまだ子供だ」


そう告げるや否や、シアは目にも止まらぬ早さで俺の腰の剣を抜き放った。

鋭い音が空気を裂き、焚き火の赤が刃に映る。


一瞬で場の空気が変わる。

昨日までのあどけなさは消え、灰狼の血を宿す戦士の気配が広場を満たしていた。


「……子供、ですか?」


短い一言に、誰もが息を呑む。


沈黙を破ったのはリュカだ。

肩をすくめ、諦めたように言う。


「…一応言っとくけど、本気のシアは私より強いよ」


それに続いてシェアラが、驚き混じりの苦笑で口を開いた。

「たしかその子……覇牙――シラヴァの親類だったっけ?」


俺は思わずシガを見る。

彼は無言で、しかし確かに頷いた。


(……完全に見くびってた。速さだけならシガよりも……)

 

剣を静かに鞘へ戻し、シアは短く言った。


「コール様……私も、守る側になりたいのです」


広場に沈黙が落ちた。

その一言が、決まりかけていた作戦に新たな重みを加えるのだった。


「はぁ…ったく、好きにしろ」


「……では次だ、我らの布陣を改めておこう」

シラヴァの声に場が静まった。


まず前衛を担うのは熊族だ。


剛熊族──力で押す典型的な重戦士。

山熊族──巨体を誇り、戦場を壁のように塞ぐ。

暫熊族──熊小柄だが爪の切れ味は随一。ただし動きは重い。


次に戦場の中核を担うのは、シガをはじめとする狼族。


灰狼族──力・速さ・知略すべてに秀でた万能型。軍の中心。

黒狼族──恐れ知らずの突撃役。敵陣を割る役目を負う。

青狼族──俊敏さと嗅覚に優れ、斥候や伝令に適する。


そして後衛を支えるのが猫族。


紅猫族──攪乱と奇襲に長ける、素早い遊撃手。

黒猫族──隠密行動に特化した諜報役。

黄猫族──稀少で血気盛ん、猫族の中では珍しい力自慢。


「布陣はこの形で動かす。だが…やはり問題は北の倉庫だ」

シラヴァの指先が地図の一点を強く叩く。


「コールのお陰で敵は大打撃を受けたが、まだ戦力が尽きたわけではない。

 もしあの倉庫に捕らわれが残っていれば、盾に使われる。

 下手に攻め込めぬ理由はそこにある」


グルドが重々しく頷く。

「……確かに。だが放置すれば再び兵を養う資ともなろう」


さらにシラヴァは低く続けた。

「そうだ、そして数日前…人間が隣国へ使節団を送ったのを我らは見ている。

 援軍が来れば状況は再び一変するだろう」


レアナが目を細める。

「だからこそ、我らも不本意ながらエルフに使者を送った。……だが返答はない」


その言葉を聞き、俺は頭の中で再び知識の辞書をめくる。

エルフは人間の国を挟み、反対側の森で暮らす者たちだ。

だが今回の戦争ではどちらにも加担しない姿勢を取り続けているらしい。


獣族にとってエルフは“傍観者”でしかない。

だが今、援軍の恐れがある以上、助けを求めるほかはないということか…。


「結局のところ――北の倉庫を調べるしかない」

シラヴァは短く言い切った。


「捕らわれがいれば救い出す。そして、人間どもの残された力を断つ」


焚き火がぱちりと弾け、地図の影が揺れた。

潜入の意義が、はっきりと場に刻まれた。


シラヴァは俺を真っ直ぐに見据え、重く言葉を落とす。


「任せた。お前の動き次第で、我らの次の一手が決まる」


その言葉にはまるで質量があるかのごとく俺にのしかかる。

……改めてこういうのは柄じゃない。


それから一度船に戻り、甲板に立つと、影たちはいつものようにきれいに整列して出迎えた――が、少しキレがない。

輪郭は戻ってきたが、かすかにまだ体から靄が溢れているように見える。


甲板から下に移動し、動力室に来た。


「うわ、何その石? なんで浮いてるんだ?」

「コール様、ここは一体何なのですか?」


背後にはリュカとシアがついてきていた。ここ最近――というかシアが目が覚めてから、リュカは以前より明るい。

前は興味はシアにしか向いていなかったが、今は船のことに少し興味を持っているらしい。

たまに帆を見上げて、これで浮くのか?…と頭をかしげていたりもする。


「ここにはあまり入るなよ。船の力の源だ」


俺は台座に触れながらそう答えた。

クリスタルは淡く輝いているが、やはりどこか頼りない。輪郭の薄れた影たちを見ていても分かる。まだ本調子じゃねぇ。


(……影をどこまで連れて行くか、悩みどころだな)


潜入は少数精鋭。シェアラは戦える体を持ってる。リュカとシアは並の人間よりは強ぇが、装備を固めすぎれば怪しまれる。

かといって丸腰で突っ込めるほど甘くもない。


やっぱ最低でもウィスキーとハイポールを連れて行くか?……

連れて行けば確実に戦力になる。だがもし正体が割れれば……。

影を操る船長としての俺が表に出れば、人間どもは必ず全力で追ってくる。

顔も名前も、今後は隠し通せなくなる。


(切り札を握ったまま潜入するか、力を出し惜しみせず賭けに出るか……)


俺は深く息を吐いた。

リュカとシアの視線が背中に突き刺さる。答えを先延ばしにするってこともできないし……。


「しゃあねぇ……結局、腹をくくるしかねぇか」


そう呟いた声は、クリスタルに吸い込まれるように小さく響いた。

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