第01話:空の海
どこまでも果てしなく――無限に広がる、コバルトブルーの空の海。
「これが今は俺の物……ってか?」
俺は今、空に浮かぶ木造の船の上にいる。
乗組員は、人の形をした黒い霧――“影”のような存在たち。
みんな俺の命令どおり、忠実に動いている。
ここは異世界。
世界の名は――ルービリンキ。
「……悪くないな」
広大な空の海。その水平線を見ていると、
胸の奥が微かに高鳴った。
――もう何年も、感じたことのない感覚だ。
俺の視線に気づいたのか、影たちが一斉にこちらを向く。
どうやら、俺の感情と繋がっているらしい。
「何ボーッとしてやがる! 働け!」
「「「ワタワタ!?」」」
号令をかけると、影たちは慌てて持ち場に散っていった。
舵を握り、風を受け、船は雲海を滑るように進む。
理由は分からないが、俺はこの世界の“神”に選ばれたらしい。
名をアーリアという。
もっとも、勇者のように魔王を倒せとか、
そんな使命は一つもない。
ただ、「この世界を旅してほしい」と言われただけだ。
旅立つ前、アーリアは言った。
「望むものを一つだけ与えましょう」
俺が望んだのは――飛空艇。
昔から、空を飛んでみたかった。
それだけのつもりだったが、
アーリアは次から次へと加護を与えてきた。
まるで遠足に出る子どもに荷物を持たせるみたいに。
「これも必要かも?」「船も一人じゃ大変でしょ?」
……しまいには断ったほどだ。
その姿は、どこか懐かしさを覚えた…。
「あいつに似てたな……」
ふと呟いたとき、胸の内ポケットで何かが震えた。
取り出すと――金色のコンパス。
水晶の球体に、街の映像が映っている。
どうやら見張り役の影が見ている景色らしい。
コンパスを閉じると、影の一体が俺の前に現れ、指示を仰いできた。
「街は気になるが、このままじゃ目立ちすぎる。
どこか着陸できそうな場所を――(ぐぅ~)」
腹の虫が答えた。
「……あと、飯の調達だ」
「ッザ!(敬礼)」
森の中に少し開けた場所を見つけ、船を停泊させる。
「全員集合!」
「「「ッザ!」」」
号令とともに影たちが甲板に整列。
見事な統率っぷりに、思わず引いた。
「え、あー……休め! やりづらい!」
ピシッと伸ばしていた背筋を戻し、影たちは互いに顔を見合わせる。
ため息をつきながら俺は言う。
「お前らは俺の分身なんだから、もっと気楽でいい。……あとさ」
「……?」
「もうちょっと個性を出さないか?」
影たちは互いに見つめ合い――形を崩し、霧の塊になった。
次の瞬間、それぞれが再び姿を取る。
眼帯のやつ、ゴーグルのやつ、筋肉だるま、ひょうたん体型。
さっきまで全員同じだったのが嘘みたいに、賑やかだ。
「「「ッザ!(敬礼)」」」
思わず笑ってしまう。
……悪くない。
その後、影たちに名前をつけて仕事を割り振り、船内を見て回る。
舵の下には扉があり、中は俺の部屋らしい。
赤い絨毯、地図の広がった机、天蓋付きのベッド。
どう見ても、一国の船長室だ。
ガシャーン!
「なんだ!?」
「「……」」
振り向くと、ウィンスキーと、ひょうたん体型のハイポールが立っていた。
蝋燭台を倒して気まずそうに頭を掻いている。
「ペシンッ!(ハイポールを叩く)」
「ったく……ん?」
ウィンスキーが蝋燭台を机に戻した瞬間、
地図がかすかに動いた。
近づいてみると、羅針盤の針が動いている。
地図を回しても、常に北を指していた。
しかも、まだ空白の多いその地図には――
俺たちの通った航路が自動で描き加えられていく。
「ほう……こいつは面白いな」
地図の上では、狩りに出た影たちの動きも見える。
彼らが何かを追っているのだろうか?
線が途中で止まり、戻ってくるのがわかった。
「……様子を見に行くか」
甲板に出ると、影たちが果物や根菜を持ち帰っていた。
「おっ、上出来上出来! あとは肉さえあればなぁ」
言ったそばから、橋の向こうでドタドタと足音。
戻ってきたのは眼帯のザロと、
その小型版みたいなポロ・トロ・ノロの三人組。
担がれていたのは……肉。いや――
「……ゴブリン?」
血の色は紫。サイズは腰ほど。
あまり食欲は湧かない。
「……生きてねえよな?」
そう言いかけた瞬間――
「ギャッ!!」
「うわっ!?」
パーン!
銃声が響く。
とっさに魔導銃を抜いて撃つと、
ゴブリンの額に命中。崩れ落ちた。
「「「「ッザ!(銃を抜く)」」」」
パンパンパンパンパン!
俺の行動に習い、影たちは一斉に発砲。
すでに死んでいるゴブリンを、容赦なく蜂の巣にした。
「……遅いっての。お前ら、容赦ねぇな」
ため息をつきつつ、ザロの手に握られた短剣を見た。
それは俺たちの装備ではない。
刃には古い血の跡。
ゴブリンは戦利品を集めると聞いたことがある。
つまり――この近くに、奴らの巣がある。
「……ふむ。少し、俺も行ってみるか」




