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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第147話:雲の上の世界


――ドンッ。


「……っだぁ!?」


 床に背中からぶつかって、目が覚めた。


(……ベッド……落ちた……?)


 薄暗い船室。

 カーテンの隙間から、青白い早朝の光がかすかに差し込んでいる。


 次の瞬間。


 ――ゴガァァン!!


 船体が横から“殴られた”。


「おいおい……浜に停めてんだぞ……何だよこれ……」


 壁に手をついて体勢を立て直す。

 ベッドは大きく傾き、シアが毛布ごと滑り落ちてくる。


「……ん……コール様……?」


「大丈夫だ。寝てろ、倒れてる方が安全だ」


 リュカも尻尾を逆立て、半目で起き上がっていた。


「なんだよ……地震か……?」


「波だ。けど……こんな揺れ、浜辺じゃ普通起きねぇ……」


 中心に据えてある棚からカップが落ちて転がる。


(……嫌な感じがする……)


「二人とも、この部屋から出るな。倒れそうな物押さえてろ!」


 そう言って外へ飛び出した。


 扉を開けた瞬間――


 ――ビュウウウウウウ!!


 猛烈な暴風が顔を叩いた。


 浜辺の砂が巻き上がり、海は黒い筋を描いて荒れている。


「……夜明け前にこの風……?」


 船体が浮くように揺れ、ぎしぎしと悲鳴を上げた。


 そして――

 沖のほうで“海面が捻じれる”ように隆起しているのが見えた。


「……竜巻……かよ……!」


 黒い海を貫くように、白い柱が立ち上がりつつあった。

 まだ形成途中だが、このまま成長すれば浜もろとも飲まれる。


(これ……このままじゃ浜に叩きつけられる……!)


「野郎ども!!」


 影の船員、シャドーズ達が滑るように現れた。

 無言のまま俺の両脇へ並ぶ。


「上へ逃げる! 錨を上げろ!! 走れッ!」


 俺は舵へ向かう。


 舵輪を握り――力を込める。

 すっと、軽い。


「……よし、まだ動く――」


 竜巻の唸りが迫る。

 海の底から吸い上げるような轟音。


 急いで船を持ち上げるようにして浜辺から離れた。


 イルクアスターは風に押されるように上昇し、

 海霧に包まれ――そのまま雲の層へ突っ込んだ。


 そこで。


 ――ゴウウウウウウッッ!!


「……っ!」


 空気が急に変わった。

 雲の中に入った瞬間――舵輪が重くなった。


 思わず腕に力がこもる。


「お……い……何だこれ……急に重……っ!」


 雲の中の風は、海より激しい。


 船体が上下左右から殴られ、

 影たちも舵輪にしがみつくように支えている。


 まるで舵が“別の方向に引っ張られている”ような感覚。


「ウィンスキー、反対押さえろ……ッ!

 ハイポール、レバー押さえとけ!」


 影たちが対応するが――それでも舵は重い。


(……いつもの雲の層じゃねぇ……こんな乱れ方……)


 そのときだった。


 風の切れ間。

 霧の裂け目。

 黒い雲の奥から――


 巨大な“目”がこちらを覗いた。


 金とも、灼光ともつかない輝きを宿し、

 霧の奥で静かに、確かに“見ていた”。


「…………」


 呼吸が止まった。


 その目は、霧に溶けるように消える。


(……今の……なんだ……? 生き物……?)


 思考がまとまる間もなく――


 ――バァァン!!


 雲を突き破った。


 視界が一気に明るくなり、

 風が途切れ、音がやむ。


「……ふぅ……っ――」


 安堵の息が喉まで出かかった、その瞬間。

 ――大きな影が落ちた。


「……は?」


 目の前に――


 巨大な岩壁。


 空に浮かぶ、ひとつの“山”。

 崖の面が船にぶつかるほどの距離。


「ッッ舵切れ!!」


 全力で舵輪を回す。

 重いが……動く。少しだけ。


 影二体も全身で押し込む。


 ギギギギギ……ッ!!


 船体が傾き、甲板が悲鳴を上げ、

 俺たちは空をかすめるようにして岩壁を回避した。


 その向こうに――


 雲の上に浮かぶ“島”が現れた。


 森。

 湖。

 断崖。

 古い石の遺跡?。


 雲海の上に広がる、もう一つの大地。


「……空に…島……?」


 呆然と呟く俺の横で、

 ウィンスキーとハイポールが静かに風を見ていた。


 嵐の理由も、

 舵の重さも、

 あの“目”の正体もわからない。


 ただひとつ言えるのは――


 俺たちは今、

 知らない空の世界に踏み込んだということだった。


ーーーーー


 雲の上に浮かぶ島――

 それは“岩”とか“塊”なんて薄っぺらい言葉じゃ足りなかった。


 そこにあったのは――

 ひとつの大地だった。


 空の上なのに、地平線があった。


 島の縁は断崖になっていて、その下は、どこまでいっても白い雲の海。

 波のように揺れているが、地上の影はどこにも見えない。


「……下……全部、雲か……」


 見下ろしても、地面は一切見えない。

 雲が厚すぎて“この島がどれだけ高い場所に浮いているのか”すらわからない。


 そして島の内側――その中心に、俺は一つの異様な光景を見つけた。


「……街……がある……?」


 森を抜けた先。

 湖の手前に、小さな街並みが広がっていた。


 石造りの家。

 青い屋根。

 風に揺れる旗。

 そして――煙突から上がる白い煙。


 ここには“人”が住んでる。

 細い通りを歩く小さな影が見えた。


「こりゃ……たまげたぜ……」


 街を見下ろしていたときだ。

 視界の上――さらに高いところに浮かぶ、小さな島が目に入った。


 その島の縁から、何かが飛び出した。


「……なんだ?」


 最初は鳥かと思った。

 だが違う。風を割る影は“人の大きさ”だった。


 布の翼を広げ、風をすくうように滑ってくる。


(……パラグライダーみてぇだな……あれだけで飛んでんのか?)


 風を読んだ動きだった。

 落ちてくるのではなく、泳ぐように空を渡ってくる。


 影はどんどん近づき――


 船の真上へ来た。


「うおっ……おい、甲板に来るぞ!」


 影はそのまま甲板へ向かって――


 ――ドタァァン!!


 派手に転がって着地した。


「いっ……てぇぇ……っ……!」


 布を手早く畳んで立ち上がる男がいた。


 黒髪を束ねた青年。

 日焼けした肌。

 腰にはナイフに縄、風向きを見るための紙の札みたいなもの。


 俺を見るなり、目を細めた。


「…………本当に……“人”だ……」


 そして、息を整える間もなく怒鳴ってきた。


「おい! そこのあんた!!

 この……“飛んでる木の器”はなんだ!?

 どうやって浮いてんだ!?

 それに、どこの島のやつだ!!?」


 質問が矢継ぎ早に飛んでくる。


「待て待て、一個ずつ言えっての」


「いや、言わせろ!!

 雲の下に落ちて抜けて来れるやつなんているわけねぇだろ!

 こんなの見たことねぇ!!」


 青年は甲板をべたべた触りながら叫ぶ。


「木でできてるのに空を走ってる!?

 おかしいだろ!!

 雲の中で壊れねぇのか!?

 どうなってんだこれ!!」


(こいつ……まさか?)


 青年は翼を畳みながら、こちらをにらみつける。


「答えろ!

 あんたら何者だ!!

 どこの“空の出身”だ!!?」


「落ち着け、俺はこの船の船長、コールだ。そっちの黒い奴らは俺の手下……まだ他にも仲間はいる」


「ふね? せんちょ? 長老みたいなもんか?」


「まぁ……そんなところだ。地上で嵐に出くわしてな、こっちに避難してきたわけだ?」


「あらし? 地上? まさか……大地の事か?」


 青年はその言葉を聞いた瞬間――

 まるで氷水を浴びせられたみたいに固まった。


「そうだ。雲の下の――」


「やめろッ!!」


 青年が数歩さがる。


 まるで俺が“禁忌”でも口にしたみたいに。


 風が布の翼を揺らす。


 青年の声は震えていた。


「……“下”って……言ったよな……?

 お前……今……“雲の底の下に、世界がある”って、そう言ってんのか………?」


「あるけど?」


 青年は、喉の奥で息を詰まらせるようにして後退る。


「……うそだ……

 下は……“死の海”だ……。

 落ちたら魂が帰れない……終わりの場所だ……。

 そんな場所に……大地なんてあるわけ……!」


(やっぱそういう文化か……)


 俺は肩をすくめる。


「いや、あるんだよ。海も、人も、国もある。」


「…………っ」


 青年の瞳が揺れた。


 怖い。

 けれど――それ以上に、知りたい。


 そんな目だった。


「……お前……

 “落ちても死なない人間”なのか……?」


「いや、普通に死ぬぞ?」


「じゃあどうやって下から……?

 雲を抜けたら……“空の底”に飲まれて……

 風に千切られて……」


 青年は言葉を詰まらせた。


 自分たちが信じてきた“常識”が壊れそうで怖い。

 でも――どうしても知りたくてたまらない、そんな表情だった。


「お前……

 本当に……“雲の底の向こう”を……見たのか……?」


「毎日見てたぞ」


 青年は、胸の前で拳をぎゅっと握った。

 その手は震えている。


 青年は、胸の前で握りしめた拳を震わせながら俺を見上げていた。


「……教えてくれ……

 “下の世界”のこと……

 それと……」


 言葉が詰まり、喉が震えている。


 俺はゆっくり問い返した。


「どうしてそこまで知りたい?」


 青年は荒い息をつきながら、まるで巨大な決断を抱えているような顔をして――

 ついに、腹を決めたように言った。


「……頼む。話を聞いてくれ」


「話してみろ」


 促すと、青年は唇を噛んだまま、しばらく声が出なかった。


 そして――


「……“あの子”を……助けられる方法が、あるのか……知りたいんだ。」


 その声は、痛いほど本気だった。


 俺は眉をひそめて問う。


「あの子って誰だ?」


「……長老の娘だ。」


 青年は拳をぎゅっと握りしめる。


「島の連中みんなに愛されてる……

 誰も文句言えねぇくらい立派な家の娘だ。

 だけど……だからこそ、次の“捧げの日”で……

 “選ばれた”んだ。」


(……嫌な予感しかしねぇな)


 俺は煙草を吸うみたいに深く息を吐いた。


「捧げるって……

 まさか、何かに“生贄”って話か?」


 青年は、ぎゅ、と奥歯を噛んだ。


「……ああ。

 グラナシル様に……“差し出される”んだ。」


 風が止まった。


 俺は頭を押さえた。


(……またかよ………なんで俺の行く、生贄率こんなに高ぇんだ)


 青年は、こちらの疲労も知らず、必死に続けた。


「おかげで島は水に困らない。

 だから……誰も逆らえない……

 “仕方ない”って……みんな言う。

 長老ですら……娘を……」


 喉の奥で声が折れる。


「……俺は……何も言えねぇ立場だ。

 長老の家に世話になった恩もある。

 逆らうわけにもいかない」


 だが、それでも彼は顔を上げて俺を見る。


「……だけど。

 小さい頃から……ずっと一緒だった。

 血は繋がってねぇけど……

 あの子を……“死なせたくねぇ”んだ……!」


(……あーあ。

 こういう“どうしようもない状況でも抗おうとするバカ”……

 俺、嫌いじゃねぇんだよな)


 俺はゆっくりと息を吐いて言う。


「それで……“下の世界”を知りたいのか?」


 青年は強く頷いた。


「島の誰も知らねぇ。だけど……もし下に世界があって……

 もし違ぇ選択があるなら……

 俺は……その可能性にすがりたい……!」


(……いい動機だな。

 自己保身じゃなく、“誰か”のために動いてる)


 俺は顎をさすりながら言った。


「いいだろ。

 そのグラナシルと、生贄の話……全部聞かせろ。」


 青年は大きく、震えながら息を吐き――


「……ありがとう……!」


 と、小さく頭を下げた。


「まだやるとは決めてねぇ、まず聞かせろ」


 俺は心の中でぼそりと呟く。


(……まったく……

 死んで蘇ったばっかだっつーのに……

 なんでまた“生贄”だの面倒事が降りかかるんだ……)


 だが、それと同時に。


(……助ける理由には十分か)


 という確かな火が、胸に灯り始めていた。

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