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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第142話:獣化と、逆転の体格差


 リュカが砂浜の真ん中に立った瞬間、

 風が一度だけ、止んだように見えた。


 耳がぴん、と立ち、

 金の瞳がすっと細くなる。


「――ッグ」


 低く、獣の気配を帯びた声。


 次の瞬間。


 ばちっ……!


 リュカの髪が、雷を受けたみたいに逆立った。


 金色の毛が一斉に逆巻き、

 肌の下から“ざわっ”と何かが走る。


(……来る!)


 俺が息を飲んだ瞬間――

 リュカの肩、腕、太もも……

 “まだ人だった部分”に、一気に縞模様の猫毛が走り出した。


 ざざざざざッ!!!


 獣毛が肌を這うように覆い、

 肩から胸、腰、尾の根元まで一気に染まる。


「はぁ……ッ!」


 リュカの声が低く響き、

 筋肉が盛り上がる。


 腕が一回り太くなり、

 腰がきゅっと絞られ、

 太ももに獣特有のしなりが走る。


 骨格が変わる音すら聞こえるようだった。


(うわ……やべぇ……!)


 背中から尾がぶわっと膨れ、

 金の毛がふさふさと広がる。


 手の指はまだ人の形を保ったまま――

 だが、指先には鋭い鉤爪が覗いた。


 顔の輪郭も面影を残して猫っぽくなる。

 しかも、目は完全に“猫の狩人”。


 砂浜に、リュカの呼吸が荒く響く。


「……っふ、はぁ……!

 ……よっ……しゃぁあああ!!……慣れたぜぇ〜!」


 息を整え、ゆっくり顔を上げる。


 そこには――

 完全に“獣化した猫族”になったリュカが立っていた。


 しなやかで野性的で、

 でもちゃんとリュカの勝気な顔のままで。


 胸を張って、にやっと笑う。


「どうよ、コール!。

 ――これが“あたしの獣化”だぜ!」


 俺は思わず呟いた。


「……すげぇ……。

 お前……本当に……強そうになったな……!」


 リュカの耳がぴくっと嬉しそうに動く。


「だろ? だろ!? へっへっへ!

 ……っ、行くぜ!」


 テンションがブチ上がったリュカは

 そのままステップを踏み、砂を蹴り上げた瞬間――


 “ドッ”!!


 砂浜が沈む。


(速っ……!!)


 リュカの身体能力が

 以前の比じゃないと一瞬で分かる。


 その動きを見ていたシアが息を呑む。


「リュカ……すごい、速さが上がってる!」


 リュカは尻尾を誇らしげに揺らしながら、俺に向き直る。


「よし、だいぶいい感じだぜ!」


「おい、調子乗んな、転ぶぞ!」


「転ぶかよ! もはやあたしは“成獣”だぞ!」


(まぁ……そういうところがリュカだな)


 砂浜に、海風と笑い声が広がる。


―――――


 リュカが走り回って砂を巻き上げている横で、

 シアは胸元に手を当てながら、一歩前に出た。


「……じゃあ、次は……私、ですね……」


 声は静かだが、

 その銀の瞳はどこか覚悟を決めたように揺れている。


「シア、無理すんなよ」


 俺が言うと、シアは小さく微笑んだ。


「たぶん…大丈夫……コールが見てくれてますから」


 そう言って、砂浜の中央へ進む。


 風が――止まった。


 リュカの時よりも、

 はっきりとした“気圧の変化”を感じる。


(……これまた……やばそうだな……)


 背筋に冷たいものが走った瞬間――


 ぐぐぐぐっ……!


 シアの足元の砂が沈む。


 肩が盛り上がり、背が伸び、

 全身の骨格が、静かに、しかし確実に“獣へ”向かっていく。


 銀髪が逆流するようにうねり、

 耳が大きく尖り、

 尾がぶわっと膨れあがった。


「……ッ……く……っ……!」


 リュカの獣化が爆発だとしたら、

 シアのそれは――

 圧倒的な“重み”と“静かな威圧”だった。


 肌に沿って、灰色の狼毛が走り始める。


 ざざざっ……!


 腹部、肩、腰、太もも……

 スレンダーなシアの身体に、狼の力が巻き付いていく。


 腕は太く、足は長く、

 胸郭は大きく拡張し――

 シアは俺の胸よりはるか上に顔が来るほどの巨躯になった。


(……でっけぇ……!)


 もうリュカの比じゃない。

 完全に灰狼の成獣クラスだ。


 だが――そこで異変が起こった。


「………………」


 シアが、黙ったまま動かない。


 銀の瞳が細まり、

 剥き出しの牙がわずかに覗き――


 のしっ……


 一歩、砂を踏みしめた。


「……シアっ!?」


 リネアが息を呑み、思わず一歩下がる。

 ネラもすぐに手を構え、リネアをかばうように前に出る。


「……まずい、殺気だッ!」


 次の瞬間。


「――グルルルルルル……ッ!」


 狼の咆哮が砂浜を震わせた。


 完全に敵意こそないが、

 “理性が吹き飛ぶ手前”の本能が暴れ始めている。


 巨大な灰狼の体が、二メートルを超える影を落とす。


「ん? シア……!」


 気がついたリュカがすぐに俺たちのもとに来て、前を塞ぐ。

 だが獣化したリュカですら一歩引く気配があった。


 シアは俺たちを見ても――

 “認識していない目”をしていた。


 どこか、遠くを見るような目。


 その目が、俺の胸を刺した。


(……お前ならやれるはずだ)


 俺は一歩前に出て、

 巨大な灰狼になったシアへ、真正面から声を投げた。


「シア!!」


 その瞬間だった。


 ぴくっ――


 シアの耳が、わずかに震えた。


 銀の瞳が揺れ――

 荒い息が、少しだけ弱まる。


「……ぁ…………」


 俺はさらに踏み込む。


「シア! 戻ってこい!!

 お前は――そんな顔、俺には絶対向けねぇ!」


 砂浜に俺の声が響く。


 シアの喉が震え、

 かすれた声が漏れた。


「……コ……ル……さま」


 ほんの一瞬。


 その瞬間を逃さず、俺は叫ぶ。


「シアだ! お前は……俺のシアだ!!」


 風が揺れた。


 巨大な灰狼の肩がびくりと跳ね、

 鋭い爪先が砂をえぐり――


 シアの瞳から、獣の濁りがすぅっと消えた。


「…………っ……は、ぁ……」


 大きく息を吸い、

 シアが胸を押さえて、その場に片膝をついた。


 理性が――

 完全に戻っていた。


「……コール様……よかった……聞こえました……」


 その声は、巨大な身体からこぼれる

 いつもの優しいシアの声だった。


 ネラが安堵し、リネアは胸を押さえてしゃがみ込む。


「ちょっと……怖かったね……」

「すごい覇気だ、流石は獣族……」


 俺はゆっくり近づき、

 巨大なシアの頬に手を触れた。


「……戻ってきたな、シア」


 シアはわずかに笑った。


「……はい、すみません……でも、コール様が呼んでくれたから……」


 その巨体が、恥ずかしそうに尾を垂らした。


 シアの巨体が尾をふわりと揺らし、

 灰色の耳が恥ずかしそうに伏せられた。


「……それに」


「?」


 シアはゆっくり顔を上げ、

 銀の瞳を細めて俺を見つめる。


「ちゃんと“俺の”って言ってくれました……」


「あ、いや、あれはその……!」


 言葉に詰まった俺に、

 シアがクスッと微笑む。


 その表情はいつものシアだが――

 身体のサイズだけはもう完全に化け物級。


「言葉の責任、取ってくださいね……?」


「えっ……お、おいシア……?」


 そう言った瞬間、

 シアの影が――俺の上に、覆い被さった。


 のしっ。


「うわっ……!」


 巨体のシアが一歩近づいてきたかと思うと、

 そのまま俺の肩に大きな手を置き――


 ぐいっ。


「グへっ!?」


 軽く押されただけなのに、

 俺の身体は砂浜に倒されていた。


 完全に体格差で勝てる相手じゃねぇ。


 上から覗き込んでくる巨大な灰狼シアは、

 ほんの少し悪戯っぽく微笑んだ。


「ふふ……コール様、押し倒しちゃいました」


「いやいやいや! お前な!?」


 一瞬心臓が跳ね上がった……。

 怖いわけじゃない。

 けど、これは……なんだ、この感覚……まさか?。


 完全に“子ども扱いしていた二人”が、

 とつぜん俺の上位に立ったみたいな――

 妙な、焦りと戸惑いが入り混じった感情。


(……でけぇ……力も桁違いだし……

 なんだこれ……二人が別人に見える……)


 そんな俺の内心に追い打ちをかけるように、


 すんっ……

 すんすんっ……。


 横から鼻を寄せてくる気配があった。


「お、おいリュカ、何して――」


「へぇ〜〜?」


 獣化リュカが、まさに猫のようにシアと俺を嗅いでいる。


「なんだよ? ガキに興味はないんだろ? こっちはいいのか?」


 リュカはにやりと笑い、牙を覗かせた。


「もしかして……そういう趣味だったのか? コール?」


「ちがうわい!!!!!」


 砂浜に俺の叫びが響き渡る。


 シアは押し倒したまま、うっすら頬を染め、

 リュカは横でゲラゲラ笑っている。


 その光景を少し離れた場所で見ていたリネアとネラは――


「な、なんか……すごい迫力……」

「まぁ、獣族は情が濃いからな……」


 と引き気味に呟いていた。


(はぁ……まじかよ……

 こいつら、本気で“子ども”じゃなくなったんだな……)


 胸の奥がざわざわする。


 ただ純粋に喜ぶだけじゃなく、

 どこか置いていかれるような不安すらある。


 一気に大人になった二人を前に、

 俺の中の「子どものコイツら」が足元から剥がれていく。


(……こえぇ…)


 でも。


 押し倒されてる俺の胸の上で、

 シアが嬉しそうに尾を揺らしながら笑う。


「大丈夫ですよ。コール様が……好きだから」


 その一言だけで――


 胸が、ぎゅっと鳴った。


――――


 砂浜で一度押し倒された俺は、

 結局抜け出そうとしても押さえつけられたままで、

 シアの巨体がどいてようやく立ち上がれた。


「……よし、気を取り直すぞ。シア、お前の確認だ」


 巨大な灰狼シアは、胸元に手を当てて頷く。


「はい……。

 この姿だと……なんだか、奥から力が溢れる感じがします……」


「溢れる?」


「ええ……

 体の芯が、熱くて……震えるような……。

 走りたい、噛みたい、壊したい……そんな感じが……」


「だいぶ物騒だな……」


 言ってる内容は危ないが、

 声はいつも通り穏やかだから余計に怖い。


 ネラが顎に手を当てながら観察する。


「ふむ……シアは戦士の血筋のようだな。

 獣化も他のものより一層洗練されたものがある……」


「シア、ちょっと試しに殴ってみるか。

 あの木とかどうだ?」


 砂浜の向こうに立つ一本の太い木を指差す。


 シアは一瞬戸惑った顔をしたが――

 すぐに、静かに歩き出した。


 巨体だが歩き方は驚くほど滑らかだ。


 木の前に立ち、

 そっと拳を握る。


「では……いきますね……」


 息を整え――

 背筋が伸びる。


 獣の気配が、一瞬強まる。


 そして。


「――っフン!」


 シアが腕を横に払った。


 “軽く薙いだ”だけに見えた。


 だが――


 ドッ!!!


 木の幹が、横から丸ごと吹き飛んだ。


 打撃面だけ綺麗に抉れ、

 残った上半分が数秒遅れて――


 ズズッ……バサァァッ!!


 砂浜に倒れ込む。


 まるで巨大なダルマ落としを

 一撃でぶち抜いたような倒れ方だった。


「……は?」


 俺の口から、素で漏れた。


 リュカも耳をピンと立てたまま口を開ける。


「……お、おい……シア?……今の……手加減しただろ……?」


 シアは首を横に振る。


「え、えぇ……本当に軽く振っただけで……」


「軽くで!? これ!?」


 リネアが驚きすぎて俺の袖を掴む。


「こ、コール……シア……前より怖くなったね……!?」


 ネラは木の切断面を見て眉を上げた。


「……シアの獣化は完全に“力型”、だな」


 シアは大きな身体で恥ずかしそうに目を伏せる。


「……壊し過ぎちゃいましたか……?」


「いやいやいや……シア、お前強くなりすぎ……」


 シアの巨大な手が、もじもじと揺れた。


「えへへ……コール様の役に立てるなら……

 もっと、がんばります……」


 その仕草はいつものシアなのに、

 体格だけが完全にモンスター級なのが逆に怖い。


 誇りと同時に、

 少しだけゾッとするほどの圧倒的な力。


 これが“獣醒”……。

 獣族が大人になるって、こういうことなのか…。

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