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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第140話:獣醒と、俺の始まり


――暖かい。


 ふわふわした毛布の感触と、

 柔らかい何かに挟まれているみたいな、妙な安心感。


(……三日寝てねぇから、とうとう幻覚とか見んのか……?)


 ゆっくりと意識が浮上していく。


 まぶたを開いた瞬間――


「……あ、起きた」


 右側で、落ち着いた、どこか大人な声。


「おいコール。生きてるか〜?」


 左側で、聞き慣れた調子のいい声。


(……ん?)


 ぼんやり横を見る。


 そこには――


 銀色の長い髪。

 腰まで伸びたふわふわの狼の尻尾。

 大きくて柔らかい狼耳。

 大人びた綺麗なシアが、心配そうに覗き込んでいた。


「……コール様、おはよう……?」


 そして反対側――


 肩まで伸びた鮮やかな黄色の髪。

 太くしなやかな猫の尻尾。

 鋭くかっこいい猫耳。

 にやっと笑う、大人になったリュカ。


「おっす、寝坊助」


(………………は?)


 俺は一瞬固まり、次に口が勝手に動いた。


「これ――ゆめじゃねぇ?」


 シアが苦笑し、リュカは吹き出した。


「夢じゃねぇわバーカ。ほら、触ってみ?」


 にゅっ、と俺の手をリュカが掴み、

 自分の猫耳にぺたっと当てた。


「ふわ?……っ」


 本物の毛並みだ。


 シアも、耳まで赤くしながら、

 そっと俺の手を自分の狼耳へ持っていく。


「こ、こういうの……その……夢じゃありませんよ?」


 ふわっ……。


 柔らかい。温かい。

 完全に“獣族の大人の耳”だった。


(……は……まじか……本物だ……)


 脳が追いつく前に声が漏れた。


「うわっ……! 本当にお前ら……デカく……」


「デカくじゃねぇ、“成長した”って言えよ」


 リュカがむっとする。


「こ、コール様……その……驚かせてごめんなさい……」


 シアは胸元を押さえ、恥ずかしそうだ。


 そして二人は少し視線を落とし、

 しゅん……と耳を倒した。


「……生きててよかった……ほんとに」


 そう言うと――


 ぎゅっ。


 左右から二人同時に抱きしめられた。


「バーカ……心配したのはこっちだっての……!」

「ほんと……ずっと聞こえてました……コール様の足音も、気配も……」


 成長して大きくなった二人の腕は、

 前よりずっと力強くて、あたたかかった。


(……ああ……夢なら、このまま覚めなくていいや……)


 そっと両腕を上げ、

 二人の頭を同時に撫でる。


「……なぁ、コール」


「ん?」


 リュカが息を吸う。


「この間のネタバラシな……。

 あたしら獣族の4つ目の祝い、『獣醒の祝』ってやつなんだよ」


「……じゅう、せい……?」


 シアが補うように頷く。


「私たち獣族は、“成牙の祝”で一度体が大人になるけど……

 本当の意味で“獣族として生きられるか”を決める時期があるの。

 それが――『獣醒のじゅうせいのいわい』」


 リュカが続ける。


「……要は、体が勝手に本能を叩き起こす時期だな。

 制御できねぇし、痛ぇし、暴れるし……ほぼ獣になる」


 昨日の咆哮や破壊音が脳裏によぎる。


(あれは……自分と戦ってた音なのか)


「でな……」


 リュカが頭をかく。


「普通は一族の“群れの中だけ”でやるんだよ。

 他のやつには絶対見せねぇ。

 特に……その、近いやつにはな」


 シアも恥ずかしそうに言う。


「本能の形って……その子の弱いところが出ちゃうから……

 恥ずかしいし……見られたくないの……」


(そんな大事なもんを……俺の船で……)


「……悪かった。そんな大事なもんだって知らな――」


「違ぇよ」


 リュカの目は驚くほどまっすぐだった。


「コールだから……ここでやったんだよ」


「…………え?」


 シアも頬を赤くして続ける。


「コール様になら……見られても……いいと思ったの。

 いちばん怖い時に……いちばん側にいてほしかったから……」


 胸が熱くなった。


 リュカは照れ隠しの笑みを浮かべ、


「だからほら。

 うちら二人が“ちゃんと獣として目覚めた”ってことで……」


 俺の胸をぽす、と拳で軽く叩く。


「――今日から、本当の意味で“群れ”だ。

 お前は……あたしらの“群れの長”みてぇなもんだよ」


 シアも静かに言う。


「……コール様がいてくれたおかげで、

 私……乗り越えられたんだと思う……」


 胸の奥が、じんわり温かくなった。


(……そんなの……)


 誇らしくないはずがない。


 二人に抱きしめられたまま、胸が熱くて息が苦しい。


(……だったら、俺も……だよな)


 そっと二人の腕に手を添え、離す。


「……リュカ。シア」


 二人の視線が俺に集まる。


「お前らが全部見せてくれたんだ。

 だったら……俺も一つ、話す事がある……」


 リュカが目を細める。


「んだよ、改まって?」


 シアは不安そうに首をかしげる。


「コール様……?」


 俺は息を吸った。


 胸の奥に押し込んでいた――誰にも言えなかった、本当のこと……。

 ……アーリア以外……誰も知らない俺の始まり。


 息を深く吸い直した……。


「……俺はさ」


 声が震えた。


「そもそも、この世界の人間じゃねぇんだ」


 二人の耳と尻尾が、ぴたりと止まる。


「“コール”って名前も、この世界に来る前に……自分でつけた。

 前の名前は……もう捨てた」


「……来る前って……?」


 リュカが呟く。


 俺はゆっくり頷いた。


「俺には……別の世界での人生があった。

 家族もいた。好きな人もいた。

 普通に生きてた」


 胸が痛む。


「……でもある日、

 俺は……大切だった人を……」


 言葉が詰まる。


 でも二人は黙って聞いてくれていた。


「……守れなかった。

 どうしようもできなかった……。

 そいつが死んで……俺はもう、生きる気力がなくて……

 それでもって、思って……なんとか生きてみたけど……

 気づいたら、死んでた……」


 部屋の空気が揺れる。


 シアの瞳が震え、耳がしゅんと落ちた。


 リュカは拳を握ったまま黙っている。


「……で、次には真っ白な場所にいて、アーリアに会った。

 そこでアーリアが教えてくれたよ……あいつは俺の全部を見てて、悲しんでたってことも……言われた」


 自嘲気味に笑う。


「それでも……“もう一度だけ生きろ”って、アーリアに言われた。

 それで……この世界に来た」


 リュカが呟く。


「……だから“コール”なのか?」


「ああ。俺にとっての“獣醒”は……この名前だ。

 過去も全部捨てて、この世界で生き直すって決めた名前だ」


 シアがそっと手を握る。


「……それを……ずっとひとりで……誰にも言わず……?」


「……ああ」


 リュカも反対側から手を重ねてきた。


「バーカ。

 そんなの……群れに背負わせろよ」


「そうです……コール様ひとりで持つ必要なんてない」


 二人の手は大きくなっていて、

 でも触れ方は優しかった。


 その優しさに、胸がひどく締め付けられる。


「……そう、だな」


 多分、二人が家族になった時に……。

 最初から……話すべきだったのかもしれない……。


 いきなり別の世界で死んだとか、この世界で生き直すとか……。

 そんな話を“信じてもらえるわけがない”なんて決めつけてたのは……俺だった……。


「当たり前だろ」


 リュカが照れ隠しにそっぽを向く。


「……もちろんです」


 シアはまっすぐ微笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間――


(……来てよかった。この世界に)


 心の底からそう思えた。

 声がひどく揺れた……。


「あぁ……そうか……そっか……そうだった」


 俺は二人に手を伸ばし抱きしめた。

 大きくなったリュカとシアはそのまま優しく俺に身を預けてくれる。


 目の奥から、温かい涙が溢れて……止まらなかった……。


「生きてりゃ……こういうのも……あるんだったな……」


 胸の奥から溢れる温かさが、

 ずっと昔に固まっていた俺の何かを溶かしていく……。


 ただ、楽しく笑うだけじゃない。

 本当に必要だったものが――

 今、腕の中にあって。

 それが、俺を丸ごと包んでいた。

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