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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第106話:余韻と、青い片割れ


 コールが玉座の間を出ていったあと――

 私はまだ胸の鼓動が落ち着かず、動けずにいた。


 騎士の怒り。

 コールが吹き飛ばされた音。

 落ちていった青いイヤリング。


 全部が胸に刺さったままで、息を吸うのが苦しい。


「ルミナ」


 優しい声がして、私は顔を上げた。


 リュリシア様が、心配そうに私をのぞき込んでいた。

 その隣ではアドリアン様も、穏やかな目でこちらを見守っている。


「……ごめんなさい。驚かせてしまって」


 リュリシア様が小さく肩を落とす。


「エレナがあんな態度をとるなんて……本当に珍しいの。

 悪気がないわけじゃないけど……あの人、感情が不器用で」


「……いえ……私こそ……」


 私は何もできなかった。

 ただ立って見ていただけ。


 胸が痛かった。


 するとアドリアン様が、穏やかに言葉を繋いだ。


「ルミナ君。

 怖かっただろうけど……君のせいではないよ。

 あれは、エレナの問題だ」


「……はい……」


 優しい声に少しだけ心が緩んだ。


 するとリュリシア様が私の手をそっと握った。


「今日はゆっくりして。

 部屋はもう準備してあるわ」


 そう言いながらも――

 彼女は手を離さず、ほんの少し間を置いて言った。


「……あのね、ルミナ。

 もしよかったらでいいんだけど……」


 リュリシア様が、いたずらっぽく微笑んだ。


「少しだけ、お話ししない?

 あなたのこと、もっと知りたいの」


「……え……?」


 胸がふるえた。


 一国の“王女”が、私なんかにそんなふうに言ってくれるなんて。


 アドリアン様も柔らかい目で頷いた。


「リュリシアは、お友達を作るのが下手だからね。

 付き合ってあげてくれると助かるよ」


「ちょ、ちょっとお父様!?

 そういう言い方はやめてって言ってるでしょ!」


 顔を赤くするリュリシア様につられて、

 私は思わず小さく笑ってしまった。


「……はい。

 私も……お話したいです」


 そう答えた途端、

 リュリシア様の顔がぱっと明るくなった。


「本当に!? よかった……!」


 その瞬間――

 胸にあった不安が、ほんの少しだけ解けていくのを感じた。


 さっきの騎士の怒りも、コールの怪我も、

 まだ頭に渦巻いているけれど……


(……この人は……優しい人だ……)


 そう思えて、心が救われた。


――――――


 リュリシア様に手を引かれ、私は玉座の間を後にした。


 石造りの廊下はひんやりしていて、

 さっきまで張りつめていた空気が少しずつ遠ざかっていく。


「中庭に行きましょう。

 あそこなら……落ち着いて話せるから」


 リュリシア様の言葉に、私は小さく頷いた。


 扉を抜けると――光が溢れた。


 城の中庭は静かで、柔らかな風が吹き抜けていた。

 白い花が咲く木々が囲み、小鳥の声がどこかで響いている。


 さっきまで城の上空にあったはずの、

 コールの船――イルクアスターの巨大な影が、どこにもない。


「……あれ……船が……」


 思わず足を止めて呟くと、

 リュリシア様も外を見回して、小さく笑った。


「ほんと、たぶんすぐ戻るわよ。

 ……ここ、落ち着くの。

 お城の中で、一番好きな場所」


 リュリシア様はそう言って、石のベンチに腰を下ろした。

 私はその隣に、少し緊張しながら座る。


 しばらく風の音だけが流れ――

 その沈黙を破ったのは、彼女の優しい声だった。


「ルミナ……怖かったでしょう?」


「……はい。

 エレナさん?……すごく怒っていて……」


 言うと、自分でも情けないほど声が震えた。


 リュリシア様はそっと私の手を握った。


「大丈夫。

 エレナは……あの人なりに、色んなものを抱えてるだけなの。

 あなたを嫌っているわけじゃないわ」


「……ほんとに?」


「ほんとよ。

 あの人、不器用だから。

 それに……アークのことになると、ちょっとだけ暴走するの」


 その言い方は、怒っているというより“呆れている”に近かった。

 私はようやく、小さく笑えた。


 するとリュリシア様は、ふっと表情を柔らかくし――

 静かに問いかけてきた。


「ねぇ、ルミナ。

 よかったら……あなたのことを教えてくれない?」


「……私の、こと……?」


「うん。

 巫女だったという話は聞いたけれど……

 本当は、どんなふうに暮らしていたのか。

 あなたは何を好きで、何が嫌いなのか。

 怖いことばかりじゃなくて……あなた自身のことを知りたいの」


 その言い方があまりにも優しくて――。


(……知りたいって……言ってくれる人が……)


 初めて、できた。


「……はい。

 話します。

 私も……リュリシア様のこと、知りたいです」


 そう言うと、リュリシア様は嬉しそうに微笑んだ。


 花の香りが風に乗り、

 中庭には二人の小さな声だけが静かに流れていった。


―――――


 俺はもう城を離れていた。

 船を停めとくと兵士が警備して騒がしい、だから出した……静かな場所へ。


 手すりにもたれ、石みたいに固まった頬を押さえる。


「いてぇ……」


 痛いのは殴られた顔じゃなくて、胸の奥……もっとどうしようもないところ。


 エレナの拳が飛んできた瞬間。


 あの無表情……あの沈黙……。

 イヤリングを“落としていった”あの仕草……。

 ……全部が、刺さった。


(嫌われたか……)


 巫女を奪って厄災を解放して、海の向こうの国は崩れる寸前。


(……そりゃ、軽蔑もされるよな……)


 胃の底がキリキリ痛む。

 俺はルミナを助けた……だが、“結果として”ああなった以上、言い訳はできない。


(エレナから見れば、俺は……

 巫女をさらって、国ひとつ壊した最低男にも見える……か……)


 気分はどんどん沈んでいく。

 底なしの泥沼にはまったみたいに……。


 エレナは、ああいう女だ。

 真っ直ぐで、ずるを嫌って、国と王を大事にしてる。


 そんなやつの前で――

 俺が「国が滅ぶ」とか言ったんだ。

 しかも“俺のせいで”。


(……嫌われても仕方ねぇよな……)


 声に出したら、割れそうなほど弱くなりそうで。

 だから言わずに、ただ手すりを握りしめた。


 風が頬を打ち……痛みがぶり返す。


(……すげぇ顔してたな)


 怒りでも悲しみでもなく。

 期待していた分、失望したみたいな……。


 拳より、その目のほうがよほど刺さった。


「……はぁ……」


 ため息が、何度でも零れる。


 リュカとシアは心配してくれたが――

 正直、今の心境は誰にも言えなかった。


(……やっぱり……“俺のやり方”って、間違ってんのか……?)


 ルミナは助けたかった。

 間違ってない、そう思ってる。


 でも、結果として国を危機に晒したのは事実で。

 しかもこの国にも、俺のせいで火の粉が来るかもしれない……。

 その現実を、エレナの拳と沈黙が突きつけてくる。


(……ああ、ダメだ。頭が回んねぇ……)


 鼻の奥がツンとするのを、手の甲で雑にこすって押し殺す。

 風が、ただ冷たかった……。


「はぁ……気晴らし……行くか……」


 独り言みたいに呟く。


 考えれば考えるほど沈むなら、

 黙ってどこかで体を動かすしかねぇ。


 そう思って、俺は舵に手をかけた。


―――――


 玉座の間を出ても、足音は乱れなかった。

 石床に響く金属音だけが、私の感情の代わりに鳴っているようだった。


(……あれでいい。あれしかなかった)


 そう言い聞かせても、拳に残った感触は消えない。


 あいつは軽々しく言った。

 巫女を連れ出し、国が崩れるかもしれないと。

 まるで、自分が背負ったものの重さを理解していないような顔で。


(無責任だ。……本当に)


 歩きながら、胸の奥が僅かにざわつく。

 怒りなのか、呆れなのか分からない。


 ただ――


 気づきたくない何かが、その奥で軋んでいた。


(……あの耳飾り)


――――少しさかのぼる


 アークが旅立ってから後の事。

 街のギルドに城からの依頼を届けに行った時、

 酒場である一団の女が……同じ色の飾りをつけていた……。


 明るく、騒がしく、よく笑う女達がいた……。

 普段なら関わることのない人間だ。


 だが――そのとき私は足を止めていた。

 耳飾りだけなら偶然と思っていたが……その時アイツの名前が聞こえたからだ……。


「すまない、邪魔をする」


 丸いテーブルに陣取っていた三人組に、私は声をかけた。

 女ばかり三人。そのうちひとり――黒髪の少女の耳で、青い光が揺れている。


「え? あの、なにかご用ですか?」


 控えめに首をかしげたのは剣士風の黒髪の少女。


(……この娘が、シャンディ)


「お? 騎士様があたいらに何の用だい?」


 偉そうに肘をついて笑ったのは、短髪で革鎧の女。

 今にも喧嘩を売りそうな目つきだ。


「レザ、あんた、いちいち絡むような言い方しないの」


 それをたしなめるようにローブ姿の魔道士が盃をテーブルにおいて話す。


 酒場でさっきからうるさく笑っていた一団。

 最初は気にも留めなかった。ギルドで騒ぐ冒険者なんて珍しくもない。


『この国にも愛しのコールが空から現れたってさ!』


 だがその一言で、足が止まった。


 耳飾りが目に入ったのは、その直後だ。


「私は王の騎士、エレナ・シルヴァだ」


 先に名乗る。

 こういう連中は、肩書を出した方が話が早い。


「ここには依頼の件で来た。……ついでに、ひとつ聞きたいことがある」


「王の騎士……マジかよ。あたいら、なんかやらかしたか?」


 レザが身構えるが、魔道士の女が慌てて両手を振った。


「す、すみません。レザは口が悪いだけで……。

 私はカミラといいます。これはレザ、そして――」


「シャンディです。」


 黒髪の少女が、簡潔に笑った。

 青い石が、彼女の耳元で揺れる。


 やはり、あの耳飾りだ。


「……さっき、君たちの会話が聞こえた。

 “コール”という名を出していたな」


 シャンディの表情が、ぱっと明るくなる。


「え? コールさんですか?

 ……知り合い……なんです」


「知り合い、か」


 胸の奥が、僅かにざわつく。


「信じられないかもしれませんけど、彼、空飛ぶ船に乗ってるんです!」


 シャンディは楽しそうに言葉を並べる。


「……間違いないな」


 こっちの知っている人物と、同一だ。


「で? そのコールが、どうかしたのかい?」


 レザがニヤつきながら身を乗り出す。

 私は首を横に振った。


「お前たちが、どういう関係なのかを聞きたい……」


「え、関係?」


 シャンディが瞬きをする。


「私は騎士だ。国の防衛に関わる存在なら、把握しておきたい。

 コールは、この国とも少なからず関わりがある」


 それは半分本音で、半分は言い訳だった。

 本当に知りたいのはうわべの“関係”ではなく――


 胸のざわつきを、理屈でねじ伏せる。


 シャンディは少し恥ずかしそうにしていると……。


「んー……説明すると長いんだけどさ」


 レザが頭をかきながら代わりに説明を始めた。


「シャンディは前にゴブリンに殺されかけて、

 その時コールってやつに命を救われたんだとさ」


 声は明るいのに、内容は笑えなかった。


「それから少し一緒にいたんだってよ。

 そんで……こっからがミソなんだけどよう!」


「レザ、なんであんた嬉しそうなのよ」


「や、やめてよ〜」


 胸が、きゅ、と鳴ったような気がした。


「コールと分かれる前にお互いにまた会えるようにって約束のお守り?だっけ?

 それを互いに片方つけてるんだってよ!」


(片割れ……)


 青い石。

 コールの耳についていたものと、同じ光。


「そんで今は、あいつの船を追って旅してる。

 あたしらとシャンディは、その途中で出会った仲間でさ」


 カミラとレザが、少しだけ誇らしげに胸を張る。


「……命を救われた相手、というわけか」


「そうなんです」


 シャンディは頷いた。

 それだけなら、まだよかった。


 そのときだった。

 レザがまたニヤけながら続ける……。


「命の恩人ってだけじゃないだぜ?」


 レザが、にやにやしながらシャンディの肩を突いた。


「レザ!?」


「惚れた男に片割れ渡してさ、

 その耳飾り見るたびニヤけてんの、誰だと思ってんだ?」


「は!? ちょ、ちょっと、何言って――違う!」


 レザの声は、酒場のざわめきに負けない。


「第一さぁ、お前の始めての相手だろ、そいつ!」


 酒場の喧噪の中、その一言だけがやけにくっきり耳に残った。


「れ、レザ!! ちがっ──」


 シャンディの声は、途中から頭に入ってこない。


 はじ――めて?。


 胸のどこかが、嫌な音を立てて軋んだ。


 無意識に、手の中で拳を握りしめていた。

 軋む感触だけが、妙に鮮明だった。




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