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祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―  作者: 酒の飲めない飲んだくれ
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第105話:玉座の間の報告と、無言の鉄拳


 玉座の間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 白い石壁、長い赤の絨毯。

 その奥、王座の前に立つのは――この国の王、リュリシア。


 隣には柔らかな微笑をたたえた宰相アドリアン。

 その横で腕を組み、じっと睨む赤髪の騎士エレナ。


(……睨んでんな)


 入口で軽く片手を上げて挨拶したが、完全に無視された。

 目線すら合わない。


(まぁ……なんか怒ってるけど、後だ)


 俺はルミナを連れて中央へ進む。


 リュリシアが優しい声で迎えた。


「改めておかえりなさい、アーク。

 それで……頼みって?」


「あぁ。一つ面倒を抱えて戻ってきた」


 声を落とすと、玉座の間が静かに緊張する。

 アドリアンも穏やかな目のまま、じっと俺を見ていた。


「……ここで話していいか?」


「ええ。聞かせて」


 俺はルミナの背中をそっと押し、前へ出させた。

 そして――できれば言いたくなかった本題を口にする。


「……多分、俺のせいで海の向こうの国が滅ぶ」


 リュリシアが息を呑み、

 アドリアンは眉をわずかに寄せた。

 エレナは睨んだまま動かない。


 俺は淡々と続ける。


「ルミナは向こうの国の巫女だった。

 “務め”だの“儀式”だので、生贄みてぇに扱われててな。

 それで俺が連れ出した」


 リュリシアがルミナを見る。

 ルミナは俯いたまま肩を震わせていた。


「で、その巫女を失ったことで――封印されてた“厄災”ってのが解放された」


 リュリシアは目を見開く。

 アドリアンは静かに息を吸う。


「……厄災?」


「ああ……魔族なんざ比べ物にならねぇ、本物の化け物だ。

 船の大砲でも傷ひとつつけられなかったヤバいもんだ」


 俺は拳を握り、ため息を吐く……。


「……多分、あの国はもう持たねぇ」


 玉座の間の空気は重く沈み、

 ルミナは小さく震え、

 エレナは苦い表情で俺だけを睨み続けている。


 そんな中で――宰相アドリアンがゆっくり口を開いた。


「……アーク君。ひとつだけ確認したいことがある」


「なんだ?」


 その声は叱責でも罵倒でもなく、父親みたいな……穏やかな声だ。


「その“厄災”が……こちらへ来る可能性はあるのかい?」


 リュリシアが息を呑み、

 ルミナは肩をすくめ、

 エレナは反応せずに睨み続けている。


 俺は淡々と答えた。


「“絶対に来ねぇ”とは言い切れねぇな」


「……やはりか」


「ただ――」


 俺は指で空中を示す。


「まず距離が離れすぎてる。

 普通の船なら、ルミナの国からここまで一ヶ月はかかる。

 海も広いし、潮の流れも厳しい」


 アドリアンは頷きながら聞く。


「厄災自身が海を越えるような力を持っている、ということは?」


「少なくとも見た限りじゃ歩いてるだけだ。

 空も飛ばねぇし、海を渡る様子もなかった。

 正直――“歩く山”って言ったほうが近い」


「……なるほど」


「だから、こちらへ来る可能性は限りなく低い。

 向こうの国も滅びかけてて、

 海越えて何かしてくる余裕なんざねぇよ」


 アドリアンはほっと肩を落とした。


「……そうか。

 なら、この国の安全については……ひとまず安心してもよさそうだ」


「少なくとも、厄災が即座に攻めてくるなんて展開はねぇ」


 俺がそう言うとリュリシアは複雑な表情で胸に手を当て息をつく。

 そしてルミナの肩へそっと触れた。


「そうなの……ね。それで、亡命の件だけど――私は反対しないわ」


 ルミナは涙の奥で小さく頷いた。


 ただ、ひとりだけ。


 エレナだけは――俺を睨んだまま、微動だにしない。


 アドリアンは穏やかな表情に戻りながら言った。


「アーク君。相変わらずやり方はどうあれ、

 君がその子を連れてきた判断は……私は正しかったと思うよ」


「……助かります」


 その一言で、少しだけ肩が軽くなった。


 アドリアンとのやり取りが終わり、

 玉座の間に一瞬だけ静寂が落ちた。


 その空気を裂くように――

 エレナが腕を組んだまま、低く声を出した。


「……リュリシア様。アドリアン様」


 鋭い視線は相変わらず俺に向けられたまま。


「以上で“報告”は……終わりでよろしいでしょうか?」


 言葉は丁寧だが、声音は硬い。

 まるで「さっさと済ませろ」とでも言いたげだった。


 リュリシアは小さく頷き、


「ええ。ひとまずは」


 と短く返した。


 リュリシアの返事で会話が一区切りした――その一瞬。


 赤い髪が、ふわりと揺れた。


 エレナが無言で歩き出したのだ。


 コツ……コツ……

 甲冑が石床を踏むたび、小さく反響する。


(……やっと話す気になったのか?)


 その足取りは静かで、怒鳴り声の一つもない。

 表情も無表情。

 けれど“何かを押し潰している”ような硬さだけがある。


 距離が詰まる。


 俺は、ほんの一瞬だけ――本当に一瞬だけ――淡い期待を抱いてしまった。


(……無視してたの、実は照れてただけ、とか……?

 別れ際のキスの後だし……?)


 自分でも寒気がするレベルの勘違いを抱きつつ、

 俺はほんの少しだけ歩み寄り、

 つい両手を広げそうになった。


 ……その瞬間。


「エレ――」


 違った。


 飛んできたのは、

 感情を押し殺したまま振り抜かれる、

 冷静さすらある“鉄拳”だった。


 ゴッッ!!


「ぶほぁッ!?」


 拳が顔面にめり込み、

 俺の体は床を擦り、二、三メートル吹っ飛んだ。


 リュリシアが「えっ!」と小さく声を上げ、

 アドリアンは「ああ……」と額に手を当て、

 ルミナは完全に固まる。


 エレナは拳をゆっくり下ろし、

 小さく息を吐くと――そのまま無言で踵を返した。


 甲冑の金属が微かに鳴るだけの、

 静かすぎる怒りの背中。


 出口へまっすぐ歩きながら、

 こちらを見ることは一度もない。


 すれ違いざま。


 エレナは耳元に触れ、

 俺が忘れて置いていった青いイヤリングを外す――


 コトン、と。


 足元へ落とし、そのまま歩き去った。


 渡す気も、説明する気も、声をかける気もないように……。

 ただ無言で通り過ぎ、扉を押し開け――


 バタン、と重い音だけが鳴り響いた。


 玉座の間に残ったのは、妙な静寂だけ。


「…………」


 最初に口を開いたのは――リュリシアだった。


「えっ……エレナ?……」


 驚きで目を丸くしたまま、扉を見つめている。


 次にアドリアンが、深いため息をついた。


「これは、いやはや……」


 その声音には、驚き半分、困り半分。


 ルミナは完全に固まり、

 俺は床に手をついたまま言葉を失う。


「……なぜだ……」


 俺は顔を抑えながらリュリシアを見たが……。


「わ、分からないわ……私にも……」


 リュリシアは困惑したように首をかしげ、

 アドリアンは腕を組んでエレナの去った扉を見つめながら唸った。


「……あそこまで露骨なのは珍しいねぇ。

 アーク君、……何か心当たりは?」


「あるなら教えてほしいくらいだ……」


 本気で分からなかった。

 殴られた理由も、無視された理由も。


 玉座の間には、まだエレナの怒りの余韻が残っているようで――

 誰もすぐには言葉を続けられなかった。


―――――


 俺はそのままルミナを一度預けて船に戻った。


「おいおいおい! コール、その面どうした!!?」


 リュカが目を丸くして駆け寄った。


 その声を聞いたシアもやってきて、眉をひそめる。


「……殴られてません? これ。

 ……結構、全力で?」


「全力だったな……あれは……」


 俺が答えると、リュカはさらに食いついてきた。


「いやいやいや! 誰に殴られた!?

 なんでだ!? なんかしでかしたのか!?」


「……ねぇよ。

 本当にねぇよ……」


 シアは俺の顔を見るとため息をついた。


「氷、持ってきますね……。

 というか、その……エレナさん?」


「……あぁ」


「やっぱり……」


 シアは小さく肩を落とし、

 リュカは腕を組みながらうめいた。


「……そんな怒らせることしたのか?」


「してねぇよ……」


(……いや、本気で分かんねぇ……)


 殴られた痛みよりも、

 胸の奥のざわつきの方がよっぽど重かった。


 何を怒らせたのかも分からず、

 どうすりゃいいのかも全然見えねぇ。


 ただ――

 エレナの拳より怖かったのは、

 あの背中が一度も振り返らなかったことだ。


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