第1章 私立探偵
春は暖かなものだ。
特に俺が好きな季節。桜が舞い散ることで、花弁が川に落ちる。そうすることで見事な桜色の川となるのだ。
そして、食べ物。花見をしながら食べる三色団子は旨い。先日、一人で花見をしたが、いやぁ見事だった。
汽車の席に寄りかかり、私立探偵の崕山 政治郎はそんなことを考えていた。
今の季節は春。汽車が進むごとに映る景色は全て桜色。見事な咲きっぷりだ。
政治郎は少し遠い場所まで花見に出掛けて、今は汽車で盛岡市に帰っているのだ。
着いてる頃にゃ、依頼の一つや二つはあるか?
いや、そもそも無かったりして。それよりも実家からの手紙があるかも?
実家からの手紙なら絶対「例の件」についてだろうな…
汽車のゴーーという音で政治郎の考えはかきけされた。
例の件、というのは、お見合いのことである。
1905年、政治郎は25歳だった。親から結婚を何度も何度も急かされており、うんざりしていた。
政治郎は自分のことで精一杯なのだ。お見合いを何度も断り続けているのに、それでもなおお見合いの手紙が来る。
そもそも、政治郎は恋愛が怖かった。
中学生の頃だった。好きな女の子に恋の便りを下駄箱に入れたのだ。勇気を振り絞って告白したが……
「……あなたのこと好きじゃない。お断りします。」
その晩、布団に潜りこんで泣きじゃくった。そして決めた。もう二度と恋愛なんてしないと。恋愛したところで、傷ついたら辛くなるだけ。
すると、キーという耳をつんざく音で政治郎をハッとさせる。どうやら盛岡駅についたようだ。
鞄を持ち、盛岡駅から出ることに。
盛岡というのは案外いいところだ。自然は生き生きとしているし、町は騒がしすぎず静かすぎない。
全てが程よい町なのだ。政治郎の家は盛岡駅から少し歩いて開運橋を渡り、北上川を沿うように歩くと着く。
「さてさて……手紙はっと……」
ポストには手紙が二通届いていた。家に入り、手紙を確認すると、一つ目は予想通り実家から。
二つ目は依頼だった。まずは実家からの手紙を念のため確認することに。
『 政治郎へ
久し振り。母の玲子です。盛岡ではどんな感じですか。探偵の仕事は進んでいますか。
母である私は息子が心配で心配で仕方ありません。だって政治郎は私の息子だもの。
親は子を心配するものなんです。 ところで、政治郎には良い女性が見つかりましたか。
私は早く孫の顔が見たいのですよ。女性ができたら手紙をくれると嬉しいです。
崕山 玲子 より 』
政治郎は大きいため息をついた。肺にある息全てを出しきり、顔をぺしゃっと机につけた。
やはり予想通り。お見合いというわけではないが、急かしの手紙であることには間違いない。
さて、お次は依頼の手紙を確認することに。
『崕山 政治郎 様へ
はじめまして。探偵である政治郎様へご依頼したく、手紙を送らせて頂きました。
実は一ヶ月前に父の青松 華虞鞍馬が病死しました。それから急に私たち青松家の人たちが次々と殺されていくのです。
先日も父の姉が中庭で刺殺されて倒れていました。一家たちは父の呪いと言っていますが、私はそんな風には思えないのです。
なぜなら、父は私たちを厳しくも優しく育ててくれたからです。
どうか、真犯人を見つけてくれませんか。 父のためにも、青松一家のためにも。
青松屋敷でお待ちしております。
青松 鈴子 より 』
「呪い……か。」
呪いとかの類いの小説を読むのは好きであった。
小説の中ならまだしも、現実で起こるとは……手紙の裏には青松屋敷の住所が書かれていた。
「おや、盛岡城跡の近くじゃないか。」
政治郎は喜んでこの依頼を受けることにした。この殺人事件は呪いなのか、それとも真犯人がいるのか。
政治郎はお返事の手紙を早速書き、ポストに入れた。
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「お母さん!探偵さんから手紙が!」
「あら!なんてきたの!?」
『 青松 鈴子様へ
はじめまして。ご依頼の手紙、しかと承知しました。
明後日に青松屋敷へ伺います。詳細は屋敷にて、お聞かせください。
崕山 政治郎 より 』
政治郎は依頼を承知し、青松屋敷へ伺うというのだった。
この時は想像もしていなかった。
政治郎は中学生以来の恋をすることになるとは。しかし、恋とはいっても歪なものだとは___