表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
32/32

義は人の道

(またやったか……)

 十兵衛が襲われたのは初めてではなかった。彼はすでに数人、殺めていた。

(虚しい…… 俺は何のために……)

 十兵衛の隻眼に涙がにじんだ。人を殺めた先には更なる闘争のみがあった。

 駿河にて十兵衛は生きながら地獄に落ちていた。


   **


「……は?」

 十兵衛の意識は現実に引き戻された。

 夜空の月、眼前の魔性。

 十兵衛は数秒、過去の幻影を見ていたのだ。

 決して拭えぬ罪の記憶を……

「……だからなんだというのだ」

 十兵衛は薄く笑った。開き直りか、そうではなかった。

 彼は罪を背負っているが、それでも為すべきことをせんとしているのだ。

(月ノ輪様を守る!)

 月ノ輪は、あの小さな体に背負いきれない重荷を背負っているのだ。

 だからこそ十兵衛も月ノ輪を守ることに命を懸ける。死に花を咲かさんとする。

 人知を越えた魔性に挑んでいけるのは、開き直りの蛮勇ではない。

 月ノ輪を守らんとする愛だ。

「御免」

 十兵衛の体が疾風のごとく前に飛び出した。

 横薙ぎに振るわれた白刃が闇を裂く。

 十兵衛の一刀、魔性に届いたかに思われたが、

「おわっ……!」

 またしても十兵衛の脳裏に光が飛び散った。無限の光が十兵衛の脳裏を支配する。

「月ノ輪様に手を出すな!」

 かろうじて十兵衛は言った。それだけが彼の意識を保ち、魂の力を失わぬようにする唯一の方法だった。

 彼方から響く魔性の嘲笑。十兵衛は大地に突っ伏し、意識を失った。



(生きているとは素晴らしいことだ)

 十兵衛は朝食の席でそう思った。

 彼は朝日を浴びて目覚めた。夜の間、戻らなかった十兵衛を沢庵が心配していた。

「お前には不動明王がついておるな」

 沢庵は十兵衛を見てニヤリと笑った。彼は十兵衛が持つ運命力に不思議な感動を覚えていた。

 幼い日に右目を失ったこと、それは十兵衛が常人を越えるための代償だったのだ。

「うまい……」

 いつにも増して美味に感じる米の飯。沢庵漬けの歯応えも最高に心地よい。

 月下の魔性に与えられた恐怖は、今まで感じたこともないものだった。

 だが今は――

 あの恐怖ゆえに生きる喜びを噛みしめることができる…… 十兵衛を見逃したのは冷やかしかもしれないが。

「おかわりは?」

 女官が十兵衛にたずねた。いつもと変わらぬ少々そっけない態度。果たして、この女官は魔性の一味なのか。

(そんなことはどうでもいいさ)

 十兵衛は向かいに座った月ノ輪を見つめた。彼女も箸を止めて十兵衛を見つめ返した。その頬が僅かに赤みがかる。

「な、なんじゃ十兵衛」

「月ノ輪様はこの十兵衛がお守りいたします」

「あ、当たり前じゃ、うつけ者!」

 十兵衛から目をそらす月ノ輪。その様子が十兵衛と沢庵には微笑ましい。

「ふん」

 と女官が十兵衛の頬をつねる。痛みに顔をしかめる十兵衛。女官の真意は、いや女心は謎だ。

(守るために戦うのだ…… 不動明王よ、我に力を。明日への光を!)

 心中に誓う十兵衛。月ノ輪を守る、そのために命を燃やす。

 朝食の安らぎは、束の間の休息だ。

 休息が終われば修羅の日々となる。

 しかし十兵衛は自分の踏みこんだ道からは離れない。

 月ノ輪を守るために不動明王が遣わした兵だからだ。〈了〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ