表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
24/32

武の深奥


   **


 翌日の昼下がり、十兵衛は庭に出て一人稽古をしていた。

 人の胴体ほどの庭木を見つけ、それに丈夫な帯を巻きつける。

「ふっ」

 鋭い吐息と十兵衛は技をしかけた。

 帯を握った左手を引きつつ、体を回す。

 同時に体勢は低く沈み、右足は外から庭木に引っかける……

 無論、庭木を投げ飛ばせるわけではない。

 まして十兵衛は右手を使っていない。

 これはどういうことか、十兵衛は幼い日に見た技を再現しようとしているのだ。

(父は何をしたのだ)

 十兵衛は何度も庭木に技をしかける。技の型は後世の柔道における体落に似ていた。

 十兵衛の脳裏によみがえる記憶。

 父の宗矩と共に城中にある時、誰かが宗矩に罵声を浴びせてきた。

 その内容は、旗本たちの柳生家に対する本音であったろう。

 父祖の代から命がけの槍働きで家禄を得た旗本たち。

 対して、何をしているのか不鮮明な宗矩が重用されて高禄を得ている。面白いわけがない。

 激昂した対手は抜き打ちに宗矩に斬りつけた。

 父の宗矩が斬られたと思った次の瞬間、ダアン!という痛快な響きと共に、対手は背中から床に叩きつけられていた。

(あれは、力でなければ技でもない)

 宗矩がとっさに放ったのは、左手一本でしかけた体落だった。

 ――お前を守るために必死であった。

 宗矩はそう言った。何をしたのか、覚えているのはそれだけだという。

 宗矩がしかけた技は力や技を越えていた。刹那の間に対手を制し、息子の命を守ったのだから。

(それこそが武の深奥……?)

 十兵衛は動きを止めた。いつの間にか全身に汗をかいている。

 何百回と打ちこんだわけではない。

 ただ無心に、全身全霊を繰り返しただけだ。

 だが心身を満たす心地よさはどうだ。

 これこそが生きる充実か、生きた証と呼ぶべきものか。

 繰り返してきたことが自分自身を創るのだ。

 死を迎えた時、自分は何になっているのだろう。

 父の宗矩は、ひょっとすれば政治家なのかもしれない。

 そして自分は単なる隠密かもしれない。

 だが師事した小野忠明は剣人であり、兵法家であろう。

(俺は何になりたいのか)

 その答えを知るために、十兵衛は武の深奥を目指す。

 父の技の追求に答えが秘められていると、十兵衛は信じている……

「……おい十兵衛、聞こえぬのか! 午後のお茶じゃぞ!」

 月ノ輪の声に十兵衛は我に返った。月ノ輪という少女のおかげで、十兵衛の心は迷いを遠く離れる。

 月ノ輪を守る、そのために戦う。

 それもまた十兵衛が答えを知るための一環であろう。

「早く来い! 何度呼んだらわかるのじゃー!」

「お、仰せのままに!」

 十兵衛、泡を食って駆け戻る。

 女心は永遠の謎だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ