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無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
21/32

明日への決意

(いつの間に!)

 般若面は生きた心地もしなかった。

 夜闇に輝く無数の赤光は、魔性の瞳だ。見回せば二十前後の赤光が輝いている。いつの間にか十体前後の魔性が般若面を見つめていた。

 般若面の右手から力が抜けそうになる。彼は危うく三池典太を取り落としそうになった。

 全身が震える。体感したことのない不安。それは般若面の魂が怯えている証拠なのだ。

 般若面の前に現れたのは、正しく人知を越えた魔性の群れだ。

 不気味な赤光の群れと般若面はしばし対峙していたが、やがて全ての赤光が消えた。現れた時と同じく唐突に。

 般若面は両膝ついて呼吸を荒くした。立っていることすら辛かった。

「あ、あ、あれが……」

 自分の戦う敵なのか。

 そう思った時、さすがの般若面も恐怖に震えた。逃げ出したかった。

 だが月ノ輪のことを思えば、そうもいかぬ。

 死という文字はあっても、敗北という文字はない。

 それが十兵衛の信念だ。

 あとは戦って死ぬのみだ。



 数日後、十兵衛は女官の遺体を前にしていた。

 すでに沢庵が経を終え、あとは埋葬するのみだ。

 この遺体は、魔性に転じていた女官である。

(すまなかったなあ)

 十兵衛は女官の冷たい額に手を置いた。交わした言葉は僅かだが、彼は女官と心が通じあったような気がした。

 花を渡した時の、女官のはにかんだ笑顔。

 それを見てしまったら、女を悪い存在とは思えない。

 そう思うのは十兵衛だけかもしれない。家光は女への憎悪ゆえに辻斬りを行い、師事した小野忠明は「女は毒」と十兵衛に教えていた。

 また、この女官の死は事実とは少々異なって内裏に報告されていた。

 魔性に転じて十兵衛に斬られたのではなく、魔性に襲われ殺されたということになっている。

(仇を取るというのも変な話だが、できるだけのことはする)

 十兵衛は女官の冷たい額を撫でながら、遺体の口元が笑みを浮かべているように見えた。

 それは単なる偶然か、それとも――



「魔性、討つべし」

 内裏で持ち上がった声に対し、沢庵禅師は告げた。

「ならば、あなたが剣を取れ」

 そう言うと誰もが黙った。内裏の者の多くは口先だけで、魔性と向き合うつもりなどないのだ。

 ただ己の保身、ただ己の欲望。

 それだけで生きているように見受けられる。平和な時代は人心の腐敗を招いていた。

「剣を取れぬというのなら、黙って任せることですな。あの者は、内裏に現れた魔性を討つために、不動明王が遣わした(つわもの)でありますゆえ」

 沢庵禅師の顔には、内裏の者たちへの怒りが浮かんでいた。そうしている沢庵禅師こそ、不動明王の化身であったかもしれぬ。不動明王は一切の衆生を救うために、あえて厳格な憤怒の相を浮かべている。

 そして十兵衛は修羅にたとえられるだろう。闘争を好む悪鬼である修羅も、時に仏敵を討ち果たすために、仏法の守護者であるのだ。



 朝だった。

 十兵衛は庭園にいた。彼は夜通し月ノ輪の寝室の側で警護にあたっていた。

 三池典太を正眼に構えて庭園に立ち尽くす十兵衛。隻眼は閉じられ、彼は立ったまま瞑想しているようだ。

 今、十兵衛の魂は剣を通じて、天地宇宙に向かって開かれていた。

(……静かだ)

 十兵衛は隻眼を開いた。これで数日、魔性は姿を現さない。

「十兵衛、ご苦労さん」

 縁側には沢庵が現れた。沢庵禅師は夜通し不動明王真言を唱え、魔を追い払っていたのだ。

「さて朝食のあとは昼寝でもするか」

「そうですな」

 あくびをする沢庵と十兵衛の師弟。

 その二人へ起きてきた月ノ輪が声をかける。

「うむ、二人ともご苦労であった!」

 月ノ輪は明るい笑顔だ。彼女は沢庵と十兵衛が来てから、わがままも言わなくなり、明るくなった。

 月ノ輪の笑顔のために死ぬのなら、十兵衛も悪い気はしない。

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