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無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
20/32

紫電一閃

「なんと」

 十兵衛の全身が震えた。異形の魔性を目の当たりにしたからだ。

 上半身は全裸の女の姿。

 だが、その下半身は巨大な蜘蛛だ。ちょうど蜘蛛の背から上半身が生えているように見える。

 十兵衛は素早く部屋を飛び出し、庭に出た。

 その後を追い、魔性も庭に飛び出した。

 十兵衛は面を直し、背に負った三池典太の快刀を抜いた。

 般若面をつけることで、十兵衛の感情も理性も消える。

 魔性を恐れることも、斬ることを迷うこともない。

 今の十兵衛は駿河城下に現れた謎の男、般若面だ。

 今、魔性に向かって三池典太の切っ先を突きつける般若面は、不動明王が内裏に遣わしたつわものだ。

「美人なのにな」

 般若面は含み笑いをした。その所作に魔性は――

 いや鬼女郎は眉をしかめた。

「何が言いたいんだい」

「いや美人の正体が魔性だったことが残念だ」

 般若面の言葉に、鬼女郎は小さな声で笑った。

「そうよ、女の素顔を見た者には死んでもらうわ」

「惜しいな」

 般若面はわざとらしく言う。これは彼の心理戦だ。言葉巧みに相手の隙を誘い、全身全霊の一手で倒す……

 これは宮本武蔵もよく使う手だと沢庵は言っていた。

「あんたもいい男なのに、余計なことに首を突っこむんじゃないよ」

「余計なこと?」

「あんた幕府の者だろう、知らないのかい?」

「何を……」

 般若面は戸惑った。鬼女郎が何を言っているのか。彼の知らぬところで内裏に何があったのか。

「本当に知らないの?」

「何のことだ」

 二人の間に奇妙な沈黙が満ちた。

 般若面は内裏の事情は、ほぼ知らぬ。幼い女帝が即位したこと、そして内裏に魔性が現れること、この二つくらいだ。

 だが鬼女郎は知っている。幕府がしてきたことを知っている。それは彼女が魔性に転じたきっかけでもあるのだ。

「かわいそうだけどね」

 鬼女郎の下半身が動いた。八本ある蜘蛛の脚がゆっくりと、般若面に向かって近づいた。

「生かして帰さないよ」

「なあに、簡単に果てるわけにはいかんよ。死に場所を探しに来たのでな」

 般若面は三池典太を正眼に構えたまま、少しずつ後退した。

 鬼女郎の素早い動きに、人間が追いつけるかどうか。

 ましてや蜘蛛ならば糸を吐くこともあろう。それに絡め取られれば一巻の終わりだ。

 おそらくはそれが鬼女郎の切り札であり、自信の源泉だ。

 般若面には踏みこみ、斬りつけるしか手段がないというのに。

「あんた馬鹿だよ、悪い男じゃないけどさ」

 鬼女郎はため息混じりに言葉を紡いだ。

 それが開始の合図だった。鬼女郎の下半身の蜘蛛が、般若面に向かって糸を吹きつけた。

「ぬん!」

 般若面は烈火の気迫と共に三池典太を打ちこんだ。

 魔物をも断つとされる快刀は、放射状に襲い来る蜘蛛の糸を両断した。

 鬼女郎の一瞬の動揺。般若面はその間隙を衝いて、素早く前方に踏みこんだ。

 横薙ぎに夜闇を斬り裂く三池典太の一刀。

 その一閃が鬼女郎の首をはねた。

 鬼女郎の首は夜闇を舞って大地に落ちて転がった。

「…………許せ」

 般若面は鬼女郎の骸を見下ろした。その体は人間に戻っていた。魔性は人間が転じたものだった。

 般若面は嫌な思いだ。たとえ魔性であっても女を斬るのは心を暗くした。

 しばし般若面は三池典太を左手に下げて、夜の中にたたずんでいた。

 静かな夜だ。誰も起きてくる者はない。内裏の庭で般若面は月明かりに照らされたまま、彫像のように立ち尽くす。

 ふと、般若面は突然の悪寒に身震いした。そして庭を見回して唖然とした。

 夜の中に不気味に輝く無数の赤光。

 それは魔性たちの瞳の輝きだ。

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