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無明の彼方  作者: MIROKU
終わりなき戦い
2/29

生きる意味


   **


「罪の世界に生きていた者が天に赦されて使命を与えられる…… それを召命というのです」

 ウルスラは七郎にそう語った。

 彼女は天草四郎の許嫁だったが、祝言を挙げることなく死んだ。



 浪人の一人が背中から大地に叩きつけられた。

 別の浪人が刀を振り上げ踏みこむ。

 だが踏みこんだ右足を払われて、大地に横転した。

「な、何者だ!」

 最後に残った浪人は刀を正眼に構えて、突きつけた。

 浪人の眼前には黒装束の者がいる。

 顔は般若の面に隠されていた。

 月明かりに浮かび上がる姿は、得体の知れぬ魔性のようだ。

「イイヤアアアっ!」

 浪人が気合と共に斬りこんだ。鋭い一刀が夜闇を裂く。

 般若面は一刀を避けると同時に、肩から浪人に体当たりした。

 体勢を崩した浪人に組みつき、左手で右手首をつかむ。

 次の瞬間、般若面の体は反転した。

 浪人は背中から大地に叩きつけられ、泡を吹いて気絶した。

「……まだまだだな」

 般若面は夜空を見上げてつぶやいた。全身が汗に濡れていた。

 死線に踏みこみ、それを乗り越えて尚、彼の挑戦は終わらないのだ。



 慶安の変を経た天下泰平の江戸。

 参勤交代で各地の大名が江戸にやってきた。浪人も数万人いる。

 治安の悪くなってきた江戸だが、未来に向かって全身全霊を尽くす人々もいる。

 それが生きるということだろう。

「おかわり」

 七郎は茶屋にいた。店先の床几に腰かけている。

「はいはい」

 茶屋の老婆おまつが茶のお代わりを持ってきてくれた。

 七郎は熱い茶を一口飲み、青空を見上げた。

「うまい……」

 それだけだった。もう言葉が出ない。

 七郎は右目と右腕を失っている。生きる苦と、それに勝る喜びを経験した。

 七郎は人生に満足しているのだ。

「今日もありがたくごちそうになった」

 七郎はお代を床几に置いて、立ちあがった。

「はいはい、まいどどうも」

「ここは涅槃に違いない」

 七郎がそう思ったのは、おまつの与えてくれる安らぎのゆえだ。

「俺が死んだら極楽に導いてくれ」

「やだよ、あたしはまだ死んでないよ、仏様じゃないんだよ」

 と、七郎とおまつはちょっとした口論を始めた。はたから見れば微笑ましい。

「ちょっとお、二人だけで何やってんの?」

 おゆりは唇を尖らせていた。

「おっと、こいつはうっかり、うっかり」

「何がうっかりよ」

 おゆりは七郎の頭を盆で軽く叩いた。彼女の隠された思いに七郎は気づいていない。

(ウルスラ、そういうことなのか)

 七郎は脳裏にウルスラの麗しい横顔を思い浮かべた。

 ウルスラは言った。償いをせよと。

 七郎もまた罪の世界に生きていた。幕府隠密として、人を殺めたこともある。

 おゆりもまた盗賊稼業から足を洗い、おまつの茶屋で働いている。

 生死を懸けた日々を生きた七郎とおゆり。

 二人は天に赦され、使命を与えられたのだ。

 その使命とは?

「あたし、またうどん屋に行きたーい」

 おゆりの楽しげな笑顔。

 彼女の姉同然だった六人の女たちは、あの世から見てくれているだろうか。

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