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無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
18/32

無拍子とは



 翌日、朝食を終えた十兵衛と沢庵は将棋を指していた。

 徹夜の疲れを感じさせぬのは、やはり二人ともただ者ではないからだ。

 幼い月ノ輪は沢庵の膝に座り、二人の対局を興味深く見つめていた。

 月ノ輪にとって沢庵は祖父のようであり、十兵衛は叔父のようなものだ。

「弱いのう、おぬし」

 沢庵は笑いながら王手をかけた。詰みである。

「も、もう一手ご指南いただきたい」

 十兵衛、負けを認めて頭を下げた。沢庵と、彼の膝に座った月ノ輪は面白そうに笑った。

「十兵衛は弱いのう。禅師よ、金と銀も抜いてやったらどうだ?」

「いやいや月ノ輪様、それでは勝負になりませぬ」

 沢庵は苦笑した。すでに飛車角は抜いている。それでも沢庵は将棋で十兵衛を圧倒していた。

「ぜ、禅師よ、金銀も抜いてくだされ」

「阿呆なことを言うな!」

「ふふふふふ、十兵衛は弱いのう」

「……ところで月ノ輪様、わしではなく十兵衛の膝に腰かけてはいかがですかな」

「な、何を言うのだ」

「これ十兵衛、月ノ輪様に膝を貸せ」

「は? このようにですか?」

 真顔で応じる十兵衛と、驚いた様子の月ノ輪。彼女の顔はみるみる赤く染まっていく。

「むきゃー!」

 月ノ輪は沢庵の膝から立ち上がると、十兵衛に向かって一瞬で近寄り、小さな左拳を放った。

「な、な、な、なぜに十兵衛の膝に座らねばならぬのだ!」

「ほっほう、月ノ輪様もうしわけない。これは拙僧の早とちり」

「た、たわむれはよせ禅師よ!」

 月ノ輪と沢庵の微笑ましい様子。それはまるで祖父と孫娘のようだ。

 だが十兵衛はそれどころではない。

「な、なんで……?」

 十兵衛は鼻血を流して呆然としていた。月ノ輪の一撃に全く反応できなかったからだ。

「……は?」

 同時に十兵衛はあることを思い出した。それは父の宗矩の逸話だ。

 大坂の陣の際、宗矩は本陣にまで斬りこんできた豊臣の兵十数人を斬り捨てたという。

 ――どのように斬ったか、全く覚えておらぬ。

 宗矩はそう言った。

 ――秀忠様を守る、そう思ったからこそ武徳の祖神が力を貸してくれたのだろう。

 と、宗矩は十兵衛に語った。武徳の祖神とは香取神宮の祭神、経津主大神のことだ。

 古事記には登場せず、日本書紀では武甕槌神と共に国譲りを成し遂げた偉大なる武神である。

 この時代でも後世でも、経津主大神は香取大明神、武甕槌神は鹿島大明神として武術を学ぶ者に信仰されている。

 ――無拍子とは、そのようなものかもしれぬ。

 と、宗矩は話を締めくくった。

 詳しい説明はなかったが、十兵衛は無拍子とは武の奥義の一つと認識している。体感した宗矩にも、よくわからなかったのだろう。

「そういうことなのか……」

 十兵衛も家光、忠長との手合わせで無拍子らしきものを体感していた。

 死を覚悟した十兵衛の無心の一手。

 それこそが無拍子なのだろうか?

 今、月ノ輪が照れ隠しに放った一撃もまた、十兵衛には神がかり的なものに思われた。

「月ノ輪様、一手ご指南いただきたい!」

「は? 何を言っておるのじゃ、おぬし」

「その前に鼻血を拭け、十兵衛」

 月ノ輪も沢庵も十兵衛がおかしくなったのかと疑った。

 そして十兵衛は待っていた。勝機というものを。

「小生の手応えでは、魔性は半寸も斬られておりますまい。が、そろそろ苦しくなってまいりましょう。ちょうど内裏で体調が悪くなったと伏せっている者がおります。十中八九、その者が昨夜の魔性でありましょう……」

 隻眼を細める十兵衛。今の彼は冷徹な狩人だ。駿河での過酷な体験を経た十兵衛は、非情になることもできるのだ。

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