表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
16/32

決意



 女心は永遠の謎――

 十兵衛はそれを痛感させられた。

 彼に新たな依頼が来たのだ。

「あの子を守ってください……」

 女官は十兵衛に嘆願した。最初に十兵衛と沢庵を出迎えた女官である。

 何者かは知らないが高位の者であるらしい。

「あの子は寂しがっているのです……」

 女官の憂いを帯びた顔、潤んだ瞳。

 今にも泣きだしそうな女官を見つめて、十兵衛も息を呑んだ。

「どうか、魔性を……」

 女官は知っている。内裏にも武術はあり、それを身につけている者が内裏の警護に当たっている。

 だが七郎のように人を斬った者はいない。

 ましてや十兵衛は、江戸で三代将軍家光の辻斬りを止め、駿河では大納言忠長の狂気を制している。

 二人とも十兵衛の「無刀取り」によって制されたという。

 十兵衛は天下騒乱の危機を二度も防いだ実績があるのだ。

 十兵衛が内裏に迎え入れられたのは、その実績を沢庵が伝えたからだ。

 それがなければ十兵衛は門前払いされていたろう。

「……承りました。小生、命懸けて月ノ輪様をお守りしましょう」

 言った、言い切った。十兵衛は言ってしまった。

 彼の弱点は人がいいことと、そして女に弱いことだ。

 家光の時は春日局に、忠長の時は真田の姫に頼まれたのだ。

 春日局は家光の実母と噂され、真田の姫は忠長の愛妾であった――

(ど、どうすればよい……?)

 女官が去ってから、全身を冷や汗で濡らした十兵衛は庭に出た。

 正直とんでもないことを引き受けてしまったと戦慄している。

 あの女官は、ひょっとすると月ノ輪の母親だろうか。だとしたら将軍家光の血縁者だ。

 いや、娘を思う母の愛の深さにこそ十兵衛は心を動かされた。

 だかしかし――

(女の頼みを聞くと、ろくなことがない……)

 人のいい十兵衛すらが思わず舌打ちしたくなってしまった。女性の依頼を受けるのは三度目だ。

 内裏に現れる魔性は幽玄の使者かと思われるが、一度決めれば十兵衛も肚が決まった。

(今宵、死すとも未練なし。月ノ輪様をお守りするのだ!)

 十兵衛は敵と戦う術を血と魂の中に受け継いでいるのだ。

 その血が彼に死を覚悟させ、魂が戦うことを決意させた。

 あとは月ノ輪を守るために、死力を尽くして戦うだけだ。

 命、燃え尽きるまで――



 夜になった。

 月ノ輪の寝室の隣で、沢庵は一心不乱に不動明王真言を唱え続けていた。

「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン……」

 沢庵の真言は延々と繰り返される。夜通し続くのだ。

 真言を唱え続ける沢庵に疲労感はない。沢庵にとって真言を唱え続けるのは呼吸をするのと同じことだ。

(さすがは)

 と、柱に背を預けた十兵衛は感じ入った。沢庵と父の又右衛門は交流があり、互いに高めあってきたという。

(現れるか魔性)

 十兵衛は愛刀の鞘を握っていた。いつでも抜刀できるように。

 内裏に現れる魔性とは、朧な姿をしているという。魔性を見たのは月ノ輪だ。

 ある夜、月ノ輪は凄絶な悲鳴と共に飛び起きた。近侍の女官たちも、たちまち飛び起きた。

 ――ま、魔物じゃ……

 近侍に告げた月ノ輪は蒼白だったという。以来、近侍の女官は寝ずの番をするようになった。

 魔性を見たのは月ノ輪しかおらず、疑った者も少なくない。

 普段、月ノ輪は寂しさから近侍の女官らに辛く当たっており、それゆえ評判がよろしくなかった。

 魔性は存在を疑問視されていたが、夜警の者が奇怪な死を遂げた……

(それでようやく禅師が呼び出される事態になったか)

 十兵衛は脳裏に月ノ輪の――

 どこか寂しげな顔を思い浮かべた。開いた襖の先に横たわって眠る彼女は、今はどんな夢を見ているのか。

 その時、沢庵の真言が止まった。

「いかがされましたか」

 と十兵衛が声をかける前に、彼も異変に気づいた。突如として肌を刺すような冷気を感じたのだ。

 冷気は外から伝わってくる。部屋の中は蝋燭の灯りに照らされているが、振り返った沢庵の顔から血の気が引いている。

「十兵衛……」

「応」

 十兵衛は愛刀、三池典太を鞘ごと握って立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ