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無明の彼方  作者: MIROKU
内裏の魔性
14/32

無刀取り

※新章です。慶安時代から十数年過去のお話になります。

 七郎は江戸郊外で野盗に遭遇した。

「身ぐるみ脱いで置いていけ」

 野盗が手にした刀の刃が、月光に反射して淡く輝いた。落ち着いている。人を斬ったこともあるのだろう。

「物取りか」

 右目が潰れた隻眼の七郎も落ち着いていた。その落ち着きぶりに野盗は緊張した。

 しばし七郎と野盗の間に沈黙が満ちた。追いこまれていたのは野盗の方だ。

 意を決した野盗、その目の色が変わった。

「――キィエーイ!」

 野盗は一刀を打ちこんだ。

 七郎は野盗の右手側に回りこみながら、鋭い一刀を避ける。そして左拳を野盗の鼻先に打ちこんだ。

 野盗がうめいて刀を手放す。その隙に七郎は野盗の右腕に抱きついた。

 次の瞬間、七郎の体は反転し、野盗の体が宙を舞った。

 背中から大地に叩きつけられた野盗は、泡を吹いて失神した。

 七郎がしかけたのは、父と先師より受け継いだ「無刀取り」の技の一つだ。

 技の型は後世の柔道における一本背負い投げに似た。これが試合ならば文句無しの一本勝ちだ。

「……平和は遠いな」

 七郎は夜空を見上げた。徳川三代将軍の治世は決して天下泰平とは呼べなかった。


   **


 沢庵禅師は共を連れて内裏に入った。

「魔物が出るとはな」

 沢庵は憂いを浮かべた。内裏に魔物が出ると聞き、無理を承知で江戸を発ったのだ。

「帝の御身が心配なのです」

 と言いつつ、内裏の女官は沢庵の隣に座した男を見た。

 右目の潰れた隻眼の異相――

 男は行儀よく座してはいるが、話に何の興味もなさげに大きなあくびをしている。

「この者は?」

「なに、江戸で暇をしていたので連れてきたのだ」

「禅師よ、小生は暇ではありませんぞ」

 隻眼の男は苦笑した。

「何を言うか。己は何処か、刀一つで屍山血河の世界へ身を投げたいと愚痴をこぼしていたではないか」

「はて沢庵様この方は……」

「おお、紹介が遅れましたな。この者は沢庵ゆかりの者でして、魔物退治にうってつけと連れてまいったのですよ。なにせ将軍家剣術指南役の嫡男、腕は立ちますぞ」

「では、柳生の……?」

 女官は険しい顔になった。内裏では幕府の横暴に煮え湯を飲まされている。

 沢庵は徳ある高僧として内裏で敬愛しているが、その沢庵が幕府重鎮の息子を連れてくるとは。

「柳生十兵衛三厳でござる」

 隻眼の七郎は――

 いや、十兵衛は軽く頭を下げた。

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