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無明の彼方  作者: MIROKU
終わりなき戦い
12/32

好敵手


   **


 幼い頃に七郎は右目を失った。

 父との兵法修行の最中だった。

 七郎が打ちこんだ木剣を又右衛門は横薙ぎに打ち払い、素早く突きを放った。

 その突きが七郎の右目を潰したのだ。

(悪いことではなかった)

 七郎はそう思う。

 息子の全身全霊に父が応えた。

 ただそれだけだ。

 あれは父と息子の、最初で最後の真剣勝負だった。

 その充実に七郎は救われる。

 あの一瞬が七郎の全てだ。

 最高の一瞬は、永遠の感動だ。



 更にある。

「七郎、何か忘れておらぬか」

 國松は七郎と酒を飲み交わしながら言った。

「はて、なにをですか」

「余との勝負だ」

 國松の顔から笑みが消えた。

 戦国の魔王と呼ばれた信長公の血を引く國松は、その容貌も性格も似ている。

 それゆえに家康公から遠ざけられていたとも伝えられている。

 國松の正体は、すでに死んだとされている大納言忠長だ。

「なんですと」

「無刀取り、まさか忘れたわけではあるまいな」

「いえ」

 酒好きの七郎も今は酔いから冷めている。

 隻眼隻腕の七郎、彼は剣術に秀でぬが無刀取りの技を身につけている。

 無刀取りとは戦場における組討術のことだ。

 槍折れ、刀も失った時、無手にて敵を制する技術だ。

 先師上泉信綱、そして父の又右衛門より伝えられた無刀取り。

 かつて七郎は、それを用いて國松の狂気を正し、天下混乱の危機を救った。

「余は忘れておらぬ、おぬしの無刀取り、そして再戦の約束をな」

「國松様、酔っておられますな」

「酔わずして生きられぬ、この世は醒める価値があるのか。武士が女子どもを守らず、刀の抜き方も知らず、弱者を虐げるのが天下泰平だというのか」

 國松の憂い、七郎にもわかる。

 それは世間の腐敗というものだ。

 人間は生きたまま地獄に落ちた――

 七郎はそう思っていた。

「國松様、やりましょう。それは我ら二人が世を見限った時に」

 七郎はそう言った。

 江戸城御庭番と共に江戸の治安を守る七郎。

 風魔忍者の末裔を率いて凶賊を斬り捨てていく國松。

 二人が死に場所を求めた時、その時が彼らの再戦の日となるだろう。



 七郎は馴染みの茶屋の店先で、床几に腰かけ青空を見上げていた。

 隣には麗人、月ノ輪がいる。彼女は茶と団子を楽しんでいた。

 茶屋の店主おまつ、看板娘おゆり、二人は客の対応に追われていた。

「今日もお江戸は日本晴れか……」

 ぼんやりつぶやく七郎の頬を、月ノ輪は平手打ちにした。

「さっきから人の話を聞いておるか!」

 月ノ輪は先ほどから七郎へ盛んに話しかけていたが、全く反応がないので苛立ったようだ。

「す、すいません……」

 七郎は月ノ輪に平謝りした。月ノ輪はまだ怒っている。

 女性のおかげで七郎は迷いを遠く離たれる。女性は偉大である。

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