誰が羽虫を殺したの?
まあ、お久しぶりで御座います、殿下。
お会いするのは殿下が男爵令嬢と真実の愛に目覚めたと、私との婚約を破棄した日以来でございましょうか。
私?いいえ、恨んでなどございませんわ。こうして、破棄に応じる条件として、我が公爵家の隣国への移籍をお認めいただいたお陰で、なんと私も真実の愛に出会えましたの。
紹介いたしますわ、この国の公爵家アサインバーグの次男の、あら、流石は殿下、ご存じでしたか。ええ、隣国への移動の際に安全のため私設兵団を率いて護衛をしていただきまして。うふふ、一目惚れって本当にございますのね、お互いに一目惚れをしまして。
殿下方が婚約破棄の際に真実の愛と仰った時は不敬にもそのような世迷い事をと思いましたが、自分に起きては信じるしかございませんわ。あら、殿下の真実の愛のお相手様は本日はご一緒ではございませんの?
まあ!お亡くなりに!それは何とお言葉をかければよいか…。ああ、やはり男爵家の護衛程度では防ぎきれませんでしたのね。
え?まあ、私!?私は隣国におりましたし、派閥も他家に引き継ぎ任せておりますわ、感謝こそすれ、私が恨みに思うことなどございましょうか!非常に不本意な婚約から解放いただいたのに!
申し訳ございません、驚きのあまり、本音が。
あら、殿下、なぜ狼狽に?私どもの婚姻がどう結ばれたものかお忘れですか?ええ、そう。王命ですわ。
当家がお断りしたため、「王命」なのです。
なぜ?なぜと仰られても。私は公爵家のひとり娘、つまりは本来跡取りでしたわ。私が継ぐのが当たり前だというのに、借金まみれの王家を支えさせようと、潤沢な当家の財産を狙われ、失礼、持参金として上納することと合わせ、下命されたものですわ。
殿下に対する愛も何も、婚約をした時3歳児の私に愛なんてあると思います?
ですので、今回の破棄の際、隣国に移籍することを希望いたしましたの。隣国であれば王命は出せませんでしょう?殿下のお相手様は男爵令嬢、であらば、儚くなられてしまう可能性が非常に高く、再度婚約を結ばされることは公爵家としては回避したかったのです。
殺す?まさか、私は以前の被害者ですわよ。殿下、私も殿下との婚約時代、様々に狙われておりましたの。
ええ、私を亡き者にして、子女を後釜に据えたいどなたか。または私を引き摺り下ろし、殿下の継承権を下げたい派閥からも。我が公爵家であれば、十分に護衛を揃え、侍女を率い、身元確実のメイドのみを雇うことも出来ましたが、男爵家では厳しく質が下がれば、暗殺を防ぐことは厳しいと推測しておりましたの。
まあ、護衛を雇わず?なぜそのような無謀な。それではあっさり殺されて当たり前ではないですか。
教える?何を?殿下の婚約者が狙われるなど、常識すぎて教えるような話ではございませんわ。
心当たり?。。。殿下、派閥があり、貴族には格もございますわ。男爵より上の貴族は多くいらっしゃいますのよ?私には全く。
あ!もしや、男爵家の持参金と毎年の寄附金が期待できないと王家がご判断された可能性も。。いえ、不敬ですわね、王を疑うなど。失礼いたしました、お忘れください。
殿下、遅ればせながらお悔やみ申し上げますわ。ひとつアドバイスを。今後『どなたから新しく婚約者を勧められるか』を目安にされては?きっと、その方は殿下の真実の愛のお相手様が邪魔だったのではないかと思うのです。喪が明けないうちに勧めるような非常識な方はいらっしゃらないでしょうけど、もしいるとしたら。。。
かまいませんわ、殿下。
え?私を疑っていた?違った場合はまた再婚約を考えていた?
まあまあ、ええ、謝罪をお受けしますわ殿下。きっと真実の愛を失われて正気ではなかったのですわね。でないと、私に愛されているのでは、なんて妄想、思いつきもしないでしょうから。元々ゼロだった好意が、王家主催の夜会でこれ見よがしに他の女性を抱きしめて婚約破棄を叫ばれた時点で、マイナスに振り切れておりますわ、復縁の可能性など、これっぽっちもございませんもの、普通の心情であれば、当たり前にご理解された筈ですわ。
あら、お二人ともお顔が引き攣っていらっしゃる、どうなさったの?
お帰りに?殿下、ではもう二度と、これを限りにお会いすることもないと思いますが、どうぞお元気で。
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あら、今日の新聞の一面、大変なニュースだわ。愛しの貴方様、もうお読みになられました?
殿下が、国王を刺殺し、ご自身もその場で自害されたそうよ。
驚いたわ、本当に単純、いえ純粋なお方。さすが一人息子として国最高の権力者に愛され大事にされただけあって、純粋培養で人の悪意に鈍感だこと。
貴族なぞ、ただただ気に入らない、それだけで平民を殺すことだってあるというのに。
貴族同士?そうね、貴族といえど、最下層の男爵など、公爵家からすればただの虫ケラですわよね?本当、あのご令嬢も、殿下の周りを飛び回るだけで満足すればよかったものを。
羽虫が公爵令嬢に勝ち誇った顔をした、そのプライドを傷つけようとした行為は、屈辱を与えようとした行為は万死に値するのではないか?え?うふふ、何のことかしら、愛しの貴方様。
お気の毒な陛下。良い条件の令嬢は軒並み婚約済み、一人息子を支える令嬢がいなくては継承権も下がりかねないことを心配されて殿下に新しい婚約者をあてがおうとしたのかしら?当たり前のことですわよね。
まあ、貴方様、なんてお優しい方、ニュースを知って衝撃を受けるかと心配してくださったの?そのお気持ちが嬉しいわ。
ええ、私も貴方様を愛しておりますわ。きっとこれが真実の愛ですのね。
貴方様が私を裏切らない限り、きっと、ずっと、貴方様を愛し続けられますわ。