Chapter 6
士郎は眠りから飛び起きた。快適だった寝姿勢が、緊張した座った姿勢に変わっていた。彼が着ていた服は、夢のせいで冷や汗でびっしょりと濡れていた。
聖杯戦争の夢。
「なぜあんな夢を見たんだ?」士郎は考え始めた。
昨夜見た夢は、彼が体験した聖杯戦争とほぼ同じように感じたが、どこか微妙に違っていた。
目をこすりながら、士郎は夢を思い出し始めた。最初は、彼が以前に経験したことと同じような内容だった。
校庭でのアーチャーとランサーの戦いを見た。
ランサーが士郎に気づき、目撃者を黙らせようと迫ってきた。
彼の胸がランサーの槍、[ゲイ・ボルク] に貫かれた。
凛が赤い宝石で彼を治癒し、その宝石の魔力で刺された胸と心臓を修復してくれた。
それから、夢の中で、以前と同じように士郎は家で再びランサーに襲われた。
ランサーの攻撃で追い詰められた士郎は、偶然にも自宅の物置でセイバーを召喚した。
セイバーはランサーの攻撃から彼を守り抜いたが、ランサーの槍で負傷してしまった。
凛と彼女のサーヴァントが士郎の状態を確認しにやってきたが、セイバーが凛とアーチャーに対峙した。士郎はセイバーを止めるのが間に合わず、その結果アーチャーが重傷を負った。
アーチャー…
士郎は眉をひそめた。凛のアーチャーが[カウンター・ガーディアン・エミヤ] ではなく、別の誰かだったことをうっすらと思い出した。
彼女は美しい緑色の髪に茶色のストリークが入り、ライオンのような耳を持った女性だった。緑の衣装に短いスカートを身にまとい、金色の装飾が施された黒い短弓を手にしていた。
夢の中で士郎は[投影]の魔術を使って、その弓の歴史と伝説を読み取ることができた。その黒い弓は、古代ギリシャの[英雄霊] アタランテの[宝具]だった。
それが昨夜の夢で覚えているすべてだった。
不思議だ…
『なぜ私の夢は体験したことと違っていたのか?』
『これが[カレイドスコープ]の副作用だろうか?』
士郎は頭を振った。理解できないことを考えるのは無駄だった。根拠のない仮定をする代わりに、今日のモンスター狩りに備えたほうがいい。
士郎はベッドから起き上がり、その日の準備を始めた。
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ノック、ノック、ノック…
朝早くに部屋に響くノックの音。宿の窓から太陽が顔を出したばかりで、大半の宿泊客はまだ眠りについていた。
しかし、一人の赤髪の青年が宿の部屋の前に立っていた。すでに服を着て、モンスター狩りの準備を整えていた。
その朝、士郎は早くに目覚め、準備を済ませていた。彼は荷物をまとめ、馬を準備し、狩りに備えて武器も装備した。
腰には、[干将]と[莫耶]と名付けられた短剣がそれぞれ鞘に納められ、戦闘のためにすぐに引き抜けるように準備されていた。士郎は[投影]を使わずに済むように、その剣を用意していた。
士郎は彼の[投影]の能力を隠すつもりだった。この世界で行われている魔法とは異なる[魔術]を使っているため、余計な注目を浴びないようにしたかったのだ。
士郎は、退屈している神々の注意を引いた場合に何が起こるかを想像すると、身震いした。
「不死の者たちの注意を引いた者には不幸が訪れる。」
古代ギリシャの英雄たちは、神々の「注意」がもたらす恐ろしい結果を身をもって体験してきた。
例えば、メディアはアフロディーテによってイアソンに恋をするように強いられ、その愛のために兄を殺すことに追い込まれた。
または、織りの才能が神々を超えたアラクネが、知恵、戦争、工芸の女神であるアテナを挑発し、蜘蛛に変えられる呪いを受けた。
これらの話から、士郎は自分の真の能力を隠すことが正しい選択だと確信した。
ノック、ノック、ノック。
再び、士郎はドアをノックした。
ギィ…
木製のドアがゆっくりと開かれた。ボサボサの髪をした金髪の少女がドアの向こうから顔を覗かせた。
「こんな朝早くに何の用ですか?」その少女は目をこすりながら、目の前に立つ人物が誰なのかをぼんやりと確認しようとした。
「士郎さん!?」
「ああ、おはよう、サリアさん。」士郎は、早朝に彼が部屋に来たことに驚いているサリアに挨拶をした。
「うう…少し待ってて、士郎さん!」サリアは急いで部屋のドアを閉めた。
「ちょっと話したいだけだったんだが―」士郎の言葉はドアが閉まる音でかき消された。
「待ってくれ…」
士郎は、コボルドの狩りに出かける前にもう少し待つ必要があるようだ。
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「急いで、急いで、急いで!」サリアは慌ただしく身だしなみを整えた。
『他の人の前でこんな乱れた姿を見せるなんてありえない!特に、私を助けてくれた英雄の前でだなんて!エルフはいつだって優雅で気品あるべき、こんなだらしない姿なんてありえないわ!』サリアは自分を叱りつけながら、寝間着を脱いだ。
彼女はシンプルな白いシャツと黒い長ズボンに着替えた。あまり多くの着替えを持っていない。結局のところ、彼女は家を無断で出てきたのだ―より正確には、「家出」をしてきたのだ。
サリアはアルフの森に住むエルフだった。しかし、ただのエルフではない。バルシス家はアルフの森で最も尊敬される名家の一つだった。彼女の家系は、強力な魔力を持つ[ハイエルフの血統で、サリアは比較的若い頃に神の加護なしに魔法を使いこなしていた。
故郷で魔法の教育を受け、エルフの魔法の将来有望な使い手となったが、その魔法は彼女の憧れであるリヴェリア・リョス・アルフが持つ神々の加護を受けた魔法と比べると見劣りしていた。
サリアは憧れのリヴェリアに倣い、故郷を離れて魔法都市アルテナへ行くために家を出た。両親が許してくれるわけがなかったので、彼女は学んだすべての魔法を極めたあと、家族には何も告げずに家出したのだ。
計画もなく、準備も不十分なまま家を飛び出し、最低限の荷物だけでアルテナ行きのキャラバンや馬車に乗って旅を続けた。
旅の途中、彼女はさまざまな種族の人々と出会った。エルフ以外の種族―ドワーフやホビット、獣人や人間などを初めて目にしたのだ。しかし、多くの人間は彼女にとって厄介で、しつこく絡んだり金をせびったりする者が多かった。おそらく、若いエルフの少女が一人旅をしているせいだろう。だから彼女はいつも自分の顔―というよりもエルフの耳を隠していた。
しかし、すべての人間がそうだったわけではない。ある人間は、コボルドの群れから彼女を救ってくれた。しかも見返りを求めずに助けてくれた。その姿は、幼い頃に読んだ英雄譚の主人公を思い出させた。
赤い髪のエミヤ・シロウという名のその人間は、強い背中と優しい微笑みで「大丈夫か?」と彼女に声をかけた。
サリアはその出来事を思い出し、微笑みを浮かべた。それはつい最近の出来事だった。彼と一緒にいると安心できた。彼の前ではもう尖ったエルフの耳を隠す必要はなかった。彼なら、彼女のすべての秘密を安全に守ってくれると感じた。
鏡の前で、サリアは自分の乱れた金髪をゆっくりととかした。『秘密を明かせても、こんな乱れた姿だけは見せられないわ!』
肩までの髪を整え終わると、サリアは持参していた故郷の香水を少しつけた―普段はほとんど使わないものである。
シューッ、シューッ、シューッ…
「よし!」サリアは右手をぐっと握りしめ、部屋のドアを開けた。
「どうぞお入りください、士郎さん~」
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「失礼します…朝早くからすみません…」士郎は静かに言いながら、ドアを閉めた。
部屋はシンプルな宿屋の一室だった。家具もほとんどなく、窓が壁にあり、隅にはベッドが一つ置かれている。部屋の中央には向かい合う形で小さな椅子が二脚並べられていた。
サリアはそのうちの一つに座り、両手を膝の上に乗せ、優しい微笑みを士郎に向けながら首を傾げた。窓から差し込む朝日の光が、少女の笑顔をさらに輝かせていた。
ゴクリ…
士郎は緊張して唾を飲み込んだ。
彼女のフードを外した姿をはっきりと見るのは初めてだった。金色の髪が肩に柔らかく落ち、青い瞳が唇と共に微笑んでいた。尖ったエルフの耳が彼女を一層魅力的に見せていた。シンプルな服装でも、その佇まいや仕草には優雅さが漂っていた。
もしサリアが士郎の高校時代の学校にいたら、間違いなく穂群原学園のアイドルになっていただろう。もちろん、士郎はただ遠くから憧れるだけで、彼女のような人に近づくチャンスはなかっただろう―遠坂と同じように。
『でも、たとえ短い間でも遠坂と付き合うことになるなんて、誰が予想しただろう…』
士郎は頭を振った。サリアを遠坂と比べても仕方がない。過去に囚われず、前を向いて進む必要があるのだ。
とはいえ、別の恋人に移るわけではない。サリアがたとえ遠坂よりも美しい『かもしれない』としても、士郎は彼女と付き合うつもりはなかった。
士郎は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、椅子を引いて腰を下ろした。
サリアは士郎の装いと腰に差した二振りの剣を興味深そうに観察し、からかうような口調で尋ねた。「で、士郎さん、こんな朝早くに女の子の部屋に訪ねてきて、何かご用ですか?」
「えっと…サリアさんに伝えたいことがあって。その、行き先についての決断を。」士郎は少し恥ずかしそうにサリアの目を見た。
彼女の青い瞳が大きく見開かれた。「で、士郎さんの決断は?アルテナに行くんですか?」
罪悪感が士郎の心を刺した。彼は困難を抱えながら答えた。「ごめん、サリアさん。アルテナには同行できないかもしれない。」
サリアの顔には明らかな失望が浮かんだ。彼女は眉をひそめ、再び尋ねた。「じゃあ、首都の学院に行くの?」
士郎は首を振った。「どうやらそうでもなさそうだ…実は、町の市長から[コボルド]の討伐依頼を受けていて、入学試験を受ける時間がないんだ。」
サリアはうなずいた。「ふむ、だからそんなに装備を整えているのね。じゃあ、学院でもアルテナでもないとなると、士郎さんはどうするつもり?」
士郎は椅子にもたれて目を閉じた。「これを続けていこうかと思ってる―人々を脅かすモンスターを狩り続けるってことだ。」
「プフッ、遥か[極東から来て、結局モンスターハンターになるのね?」
「うぅ…」士郎は黙り込んで、アルターさんやサリアの期待に応えられていないことを感じていた。
思いがけず、サリアは両手を差し出し、士郎の右手を握った。「でも、あなたには似合っていると思うわ。」
サリアは優しく微笑み、その表情から士郎を見送る覚悟ができたことが伝わってきた。「行って、狩って、冒険してきて、私の英雄。いつか[オラリオの迷宮都市であなたの名前を刻む日が来るでしょう。」