Chapter 4
[オルコ]のキャラバンが、休憩のために小さな町[グスナンセル]へ向かって進む頃、東の空には日が昇っていた。通常は朝に行われるこの旅だったが、モンスターの襲撃により夜通しで続けざるを得なかった。そうした襲撃は稀ではあるものの、第二波はしばしば最初の襲撃よりも強力である。したがって、最初の[コボルド]の攻撃を退けたとしても、同じ場所で安全が保証されるわけではなかった。最悪の場合、[コボルド]たちはさらに大きく、強力な集団を引き連れて戻ってくるかもしれなかった。
グルドゥク、グルドゥク、グルドゥク…
御者たちは馬を鞭打ち、スピードを上げた。[オルコ]のキャラバンは、今や視界に入っている目的地に向けて急いだ。乗客の大半はまだ先ほどの襲撃で緊張しており、負傷した者は治療を受けていた。重苦しい沈黙が漂い、乗客全員の不安を反映していた。
しかし、キャラバンの最後の馬車の中で、女性の大声がその静寂を破った。
「なに!? あなたが[シルバーリーフ学園]に入学するの?」[エルフ]のサリアが驚いて叫んだ。
最初はぎこちなく始まった士郎とサリアの会話も、徐々に打ち解けてきた。サリアは以前よりも顔を見せるようになり、今や金髪が肩に流れ、彼女を[エルフ]と特徴づける尖った耳もはっきりと見えていた。彼女の緑色の目は驚きで大きく見開かれ、士郎を見つめていた。
自己紹介の後、話はお互いの旅の予定について移った。サリアは[アルテナ]という魔法使いが集う都市で魔法を学ぶつもりだった。[アルテナ]は士郎にとって、ロンドンの魔術師たちの本部[時計塔]を思い起こさせた。士郎が[シルバーリーフ学園]への入学を計画していることを話すと、サリアは強く反対した。
「どうしてそんなところで勉強したいの?あの学園は哲学と軍事学しか教えていないわよ。あなた、哲学者になるつもり?それとも軍の指揮官?あなたの魔法の才能を無駄にするだけよ」と彼女は講義するように言った。
[シルバーリーフ学園]は[ラキア王国]の首都にあり、主に哲学と軍事学を教えていた。これは、王国の創設者であるアレスの影響が大きかった。士郎は特にこのどちらにも興味がなかった。
「実は、その学園に出願するように勧められたんだ」士郎はアーサーさんの顔を思い出しながら言った。「[シルバーリーフ学園]は奨学金を提供しているらしい」士郎は、アーサーさんをがっかりさせるのではないかという罪悪感を抱いていた。彼は士郎を助け、意識がなかったときに看病し、学校に通う決断をサポートしてくれたのだ。
「[アルテナ]に来た方がいいわ。あそこなら、あなたの魔法の才能を評価してくれるはず。こんな魔法、私は今まで見たことがないもの」とサリアは士郎の好奇心を引きつけながら言った。
「どういう意味?普段どんな魔法を見ているんだ?」士郎は尋ねた。
サリアは自分を指差しながら言った。「私たち[エルフ]は、生まれつき魔法を使う能力があるの。私が知っているのは、[エルフ]が使う魔法よ」そして、サリアは目を細めて士郎を疑うように見つめた。「でも、神の祝福なしで魔法を使える[人間]なんて聞いたことがないわ。士郎さん、[ファミリア]に入ったことがあるの?」
その問いを受け、士郎は苦笑いを浮かべた。「いや、神様には一度も会ったことがないんだ」
「じゃあ、どうやって魔法を使えるの?」サリアは不思議そうに声を上げた。
士郎は、[魔術]の存在を秘密にするべきかどうか少し迷った。この世界では魔法が一般的のようだが、彼が使っている[魔術]は異なり、余計な注目を集めかねない。
簡単な道を選んで、士郎は答えた。「たぶん、俺も君たち[エルフ]と同じように、自然と魔法に適性があるんだろう」それは部分的な真実だった。士郎は、生まれながらにして[魔術回路]という魔法の才能を持っていた。しかし、彼が行う魔法はサリアの考えているものとは異なっていた。
サリアは感嘆の表情を浮かべながら言った。「世界は本当に広いわね。まさか、あなたみたいな[人間]が剣を召喚するなんて、想像もしなかったわ」
士郎は微笑んだ。「君は本当に魔法が好きなんだね、サリアさん。どうして故郷を離れてまで学ぼうと思ったんだ?」
サリアは背もたれにもたれかかり、過去を思い出すように微笑んだ。「子供の頃、[アルフの森]に戻ってきた時にリヴェリア・リヨス・アルフが使った[ナインヘルズ]の魔法を見たの」
「[ナインヘルズ]?」
『この世界の伝説の魔法使いなのか?私の世界のマーリンやソロモンのように?』士郎は考えた。
「知らないの?彼女は[オラリオ]、冒険者の街で最強の魔法使いよ。たとえあなたが[極東]出身でも、彼女のことは聞いたことがあるはず」サリアは頭を振りながら言った。彼女の髪の端が頬に優しく触れて揺れた。
「子供の頃、私は彼女が広場で使った最も強力な呪文の一つを見たの」サリアは話を続けた。
士郎は、自分の世界の魔術師たちとは違い、この世界の魔法使いは自分の魔法を普通の人々や他の魔法使いに隠すことがないようだと気づいた。士郎は、自分の技術を隠しておくことが、敵に対する不意打ちの効果を保ち、対策を講じられるのを防ぐために有効だと同意していた。
サリアは憧れの人を真似て、真剣な表情で呪文を唱えた。「終焉の兆し。白き雪よ。黄昏の前に吹き荒れよ。閉ざされし光、凍結する大地。吹雪よ、三重の厳冬—我が名はアルフ!」
「ウィン・フィンブルヴェトル!」サリアは、呪文が成功したかのように叫んだ。真剣な様子で右手に魔法の杖を掲げたが、その姿は熟練した魔法使いというよりも、むしろ可愛らしい仕草のように見えた。
サリアは劇的な調子で話を続けた。「水晶の氷が視界の限り広がっていたわ。まるで彼女の魔法で時間そのものが止まりそうだった。私は最前列にいて、その魔法の冷気を感じたの」
その壮大な光景を思い出し、サリアは微笑んだ。「あんなすごい魔法を見て、私も魔導士になりたいと思ったの。」
くすっ。
シロウは思わず小さく笑った。
からかわれたように感じたサリアは、シロウを睨んだ。「何がおかしいの?」
「いや、君が今、もっと心を開いてくれてるのが嬉しいだけだよ。」最初は無視されたことを思い出しながら、シロウは続けた。「前はすごく静かだったのに、今は魔法のことをそんなに楽しそうに話してるから、魔法が本当に好きなんだなって思った。」
短い沈黙の後、サリアは説明した。「実は、人間と話すのはこれが初めてなの。私は故郷の森で育って、外の世界を知らなかった。でも、夢のために両親に別れを告げて、世界に旅立ったの。最初は人間は欲深くて、不誠実で、欺瞞的なものだと思ってた。」
そして、サリアは感謝の気持ちを込めて微笑んだ。「でも、間違ってた。シロウさんみたいな、良い人もいるんだって。」
褒められることに慣れていないシロウは、頬が熱くなるのを感じた。「いや、そんなことないよ。そんなにいい人じゃない。」
シロウは、自分がやったことに対してそんなに称賛される資格があるとは感じなかった。彼は自分の意思でサリアを助けたのだ。シロウは頭を下げた。
一瞬、また気まずい空気が漂った。シロウは沈黙を破り、新しい話題を始めたかった。
シロウが話そうとしたちょうどその時、御者が声をかけた。「[グスナンセル]の町に到着しました! 明日の朝、ここで再集合して旅を続けます!」
サリアはフードをかぶり直し、荷物をまとめて、最初に荷車を降りた。「さあ、シロウさん」と外から声をかけた。
シロウも荷物をまとめ、サリアの後に続いて荷車を降り、彼女の隣を歩き始めた。「どこに行くの?」
歩きながら、サリアは[グスナンセル]の町の建物を見回した。この町は前の町よりも小さく見えた。[グスナンセル]のこの一帯には、街頭の露店が並んでいた。商人たちはすでに店を構えていて、主婦たちが買い物に群がっていた。
サリアの目は交差点にある小さな食堂に留まった。「朝食を食べようか?」
「うん、地元の料理を試してみたいな」とシロウは答えた。
「じゃあ、何を待ってるの? 行こう!」サリアは嬉しそうにシロウの前を急ぎ、食堂に入った。
シロウも急いで木の扉をくぐってサリアの後に続いた。店内ではスタッフが忙しく客に対応し、朝食を楽しむ人々で賑わっていた。ほとんどのテーブルはすでに埋まっていたが、サリアは奥の隅にある小さなテーブルを確保していた。
「ここに座って、シロウさん」とサリアは小さなテーブルの向かい側にシロウを座らせた。
彼女の誘いに従い、シロウはテーブルを挟んでサリアの正面に座った。サリアはメニューを渡し、「シロウさんは何を頼む?」と聞いた。
メニューをざっと見て、シロウは注文を決めた。「伝統的なパスタ一つと水を一杯。」
それを聞いたサリアはウェイトレスを呼び、「伝統的なパスタを二つと水を二杯お願いします」と注文した。
シロウは眉を上げた。「同じ注文?」
サリアはいたずらっぽく微笑んだ。「私も地元の料理を試してみたいの。」
新しい話題を始めて、サリアは聞いた。「それで、シロウさん、[シルバリーフ・アカデミー]に行く気持ちは変わった?」
「正直、君の話を聞いて、その学校が本当に正しい選択なのか迷いがあるんだ」とシロウは答えた。
「ほらね? だったら、私と一緒に[アルテナ]に来ない? シロウさんと一緒に魔法を勉強しようよ」とサリアはすでに想像しているかのように言った。
『一緒に魔法学校で魔法を学ぶ…それはトオサカが私に[魔術師の弟子]として[時計塔]で一緒に勉強を続けないかと言った時のことを思い出すな。』シロウは[聖杯戦争]の最終段階で、トオサカが彼を誘った時のことを思い出していた。シロウはまだ、夕日に照らされた机の上で膝を抱えて座っているトオサカを思い浮かべることができた。
『彼女はどうしているだろう…無事でいてくれたらいいけど』とシロウは思った。何が起こったかを考えると、シロウの気持ちはさらに沈んだ。彼らから遠く離れている今、シロウは助けることができない無力感に襲われた。
「…さん、シロウさん」と、サリアの声がようやくシロウの耳に届いた。
「えっ、どうしたの?」
「朝食ができたよ。何を考えてたの?」サリアは心配そうにシロウの目を覗き込みながら前に身を乗り出した。その位置から、シロウはフードの下に隠れている[エルフ]の美しい顔と尖った耳をはっきりと見ることができた。
シロウは口ごもりながら答えた。「えへへ…何でもないよ。ただ、家のことを考えてただけ。」
「[極東]、だよね? 君の故郷」とサリアは以前の会話を思い出した。
サリアは続けた。「私も時々、故郷の友達が懐かしくなるよ。私たちは一緒に魔法を学んで育ったんだ。でも今は目標を決めて、みんなを置いてきたけど、選んだ道を後悔はしてない!」サリアは左手を握りしめて宣言した。
「後悔しないか…」シロウは苦笑いするしかなかった。サリアの言葉はシロウの心に響いていた。凛やセイバーと離れていても、衛宮士郎としては後悔なく戦い続けるべきだった。
「だからね、シロウさん」とサリアは指を振りながら言った。「旅を続ける前に、ちゃんと目標を定めておくべきだよ。ここまで遠くに来たんだから、間違った学校に入学して無駄にしちゃだめだよ。」サリアはまだ彼を説得しようとしていた。
「わかった、考えておくよ」とシロウは言ったが、まだ自分の選択に確信はなかった。
「でも、あんまり悩みすぎないでね…もし[シルバリーフ・アカデミー]に入学するつもりなら、[オルコ]のキャラバンと一緒に旅を続けることになるわ」とサリアは説明した。
「でも…もし気が変わって私と一緒に勉強したいなら」とサリアは胸に手を当てて言った。「[アルテナ]に向かう別のキャラバンを探せばいいよ。この町は国境にあるから、旅のキャラバンがよく通るし、見つけるのはそんなに難しくないはず」とサリアは朝食を取り始めながら説明した。
サリアに続いて、シロウもパスタを楽しみ始め、その食堂が人気の理由を理解した。
『この[エルフ]の女の子と一緒に魔法を学ぶのも悪くないかも』とシロウは考えた。
[アルテナ]は、道徳を無視する[時計塔]ほどひどくはないのかもしれない。この世界の魔導士は[魔術師]とは全く違っていた。そう考えると、シロウはサリアと一緒に[アルテナ]に行く方に気持ちが傾き始めた。アーサーさんの希望通りに[シルバリーフ・アカデミー]で奨学金を取るよりも。
朝食の後、サリアは二人分の食事代を払った。食堂を出た後、シロウはお金を返そうと抗議したが、サリアは歩きながらこう答えた。「せめてお礼をさせてよ、シロウさん。」
「君を助けたのは俺の意思だから、恩に感じる必要はないよ、サリアさん」とシロウは強く言った。
するとサリアはその状況を利用して反論した。「じゃあ、私が奢ったのも私の意思だから、シロウさんが返す必要はないわ。」
「……」シロウは言葉を失い、返すことができなかった。
シロウとサリアは道の脇を歩き続けた。馬車が通り過ぎたり、道端で乗客を待っていたりしていた。ヨーロッパ中世風の石造りの建物が、シロウに古風な印象を与えた。隣では、フードをかぶっていてもサリアの明るい雰囲気が伝わってきた。
「ふふふ、シロウさん、人の親切を受け入れることに慣れないとダメだよ」とサリアはフードの中でくすくす笑った。
サリアの言葉は、意図せずシロウの心に響いた。シロウは自分には他人の親切が無駄に思えることがあった。気まずさを感じたシロウは話題を変えた。「サリアさん、次はどこに行くの?」
サリアは歩くのを止め、顎に指を当てた。「うーん、実はもう少し街を探索したいんだけど、まずは宿を取った方がいいかな。今夜寝る場所がなくなると困るし。」
「じゃあ、宿を探そう」とシロウは周囲の建物を見渡し始めた。
二人は、食事をした場所の周辺から宿を探し始めた。そのエリアは街の外れで、露店が立ち並んでいた。宿が見つからなかったため、シロウとサリアは町の中心部に向かってさらに探し続けた。
中心部に近づくにつれて、メインストリートはますます馬車で混み合ってきた。歩道では、シロウがサリアの右側に立ち、すぐ隣がメインストリートだった。左側には広々とした中庭を持つ豪華な建物が高い柵で囲まれていた。
「シロウさん、見て! あそこに宿があるよ!」とサリアは通りの向かい側にある建物を指さした。
通りの向かいから、その宿が二階建てであることが見えた。壁はダークブルーに塗られており、黒い模様が施されていた。宿の前には「トレシャ宿」と書かれた看板が立っており、スタイリッシュでカラフルな文字が目を引いた。
宿の建物を見てから、シロウは言った。「ちょっと見てみようか。良さそうだし。」
二人は左右を確認し、馬車が近づいていないかを注意深く見た。渡る準備をしていたその時、後ろから若い男性の声が聞こえた。「すみません、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
シロウが振り返ると、「はい、何でしょう?」と答えた。隣にいたサリアは顔を隠すように頭を下げた。
「自己紹介させてください。私はタイラー・ヘンリーと申します。」茶髪の若者は右手を差し出した。彼は白いシャツの上に黒いコートを重ねたフォーマルな装いをしていた。
「衛宮士郎です。」シロウはその若者と握手した。どこかで見たことがあるような気がした。
握手が終わると、タイラーは言った。「まず最初に、[オルコ]のキャラバンと乗客たちを助けていただいたことにお礼を申し上げます。」若者は深く頭を下げて感謝の意を示した。
「お役に立てて良かったです。」シロウは微笑んだ。モンスターの襲撃で犠牲者が出なかったことに安堵していた。それもタイラーさんの素早い指示のおかげだ。もし彼が遅れていたら、乗客たちは[コボルド]に圧倒されていただろう。
「それで、[グスナンセル]の市庁舎の秘書として、ぜひ市庁舎にお招きしたいと思います。」タイラーはすぐ隣の建物を指し示した。「あなたの活躍を耳にした[グスナンセル]市長も、ぜひお会いしたいと望んでいます。」
どうやら道端の豪華な建物は市庁舎だったらしい。シロウはその建物の美しい建築に感心した。大理石の壮麗な柱が堂々と前に立ち、バラの花と蔓をあしらった美しい彫刻が施されていた。前庭は広く、芝生はきれいに手入れされていた。
シロウはサリアを一瞥し、彼女が[エルフ]であることを気にかけていた。彼の目は『どう思う、サリアさん?』と言わんばかりだった。
サリアはシロウの腕を軽く引っ張り、耳元でささやいた。「私は通りの向かいの宿で待ってるからね。シロウさんの分の部屋も取っておくわ。市長の前では、ちゃんと礼儀正しくね?」サリアはシロウをからかうように微笑んだ。
「ありがとう、サリアさん。」シロウは優しく微笑みながら応えた。
サリアは手を振り、シロウもそれに応えた。そして彼女は通りを渡って宿に入った。シロウの目は、サリアが宿の中に入るまでその動きを追っていた。
「実は、エミヤさん、彼女も一緒に市長に会いに来ても良かったんですよ。」タイラーが沈黙を破って言った。
『彼女』という言葉に、シロウは少し恥ずかしさを覚えた。「いえ、彼女はただの友達です。それに、会議に参加することには興味がないみたいです。」
シロウの照れた表情を見て、タイラーは微笑んだ。「ああ、勝手に勘違いしてすみません、エミヤさん。でも、お二人はお似合いですよ。」
若い男性と女性が同じ馬車に乗り、朝食を共にし、街を探索し、宿を探し、一方がもう一方のために部屋を予約する――確かに、それはカップルのように見えるだろう。
『そう考えると、確かに私たちはカップルみたいだな。』シロウは気づいた。これが誤解を生んでサリアを不快にさせるのは避けたかった。それでも、彼はサリアの唯一の旅の仲間だった。
タイラーは話を続けながら歩き出した。「ではエミヤさん、市庁舎の中までご案内します。」シロウはおとなしくタイラーに従い、市庁舎の門をくぐった。
この[グスナンセル]市長との出会いが、衛宮士郎に第三の道を開くことになるとは、運命のみが知っていた。