表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

Chapter 3

朝目を覚ますと、衛宮士郎は冷や汗でびっしょりと濡れていた。震える手で水を取ろうとしたが、彼の部屋は宿の上階にあるため、水を飲むには下に降りる必要があった。


宿の1階は複数の部屋で構成されており、階段の横には高いが誰もいない受付デスクがあった。左右には閉まったドアが並んでいる。廊下を進んでいくと、朝早くから開いているバーを見つけた。


「すみません、水を一杯いただけますか?」


「朝食も追加しますか?」


ディスプレイにあるメニューを一瞥した士郎は、節約を決意した。


「乾いたパンとスープを一つお願いします。」


「すぐにお持ちしますね。」


士郎は空いているテーブルの一つに座った。まだ朝早く、彼が最初の客だった。それにもかかわらず、テーブルと椅子は整然と並べられ、床も清潔だった。士郎は、朝早くからバーが清掃されていたのだと確信した。


夢の余韻に浸りながら、士郎は[カウンターガーディアン]がその任務を遂行する姿を思い出した。民間人や子供、大人、男や女、[魔術師]や普通の人間を問わず、人類を脅かす可能性のあるものはすべて跡形もなく消されていった。


士郎が最後にこのような鮮明な夢を見たのは、セイバーの[マスター]だった頃だ。その時は、セイバーが[カリバーン]を引き抜いた瞬間からモードレッドに倒されるまでの記憶を夢に見た。


『アーチャーの記憶…どうして俺が彼の夢を見ているんだ?』


アーチャーは士郎の[サーヴァント]ではない。それなのに、なぜ彼の夢を見ているのだろうか?


[サンプルが[英霊エミヤ]に接続されました]...


『[聖杯]のせいであの男と繋がっているからか?』


士郎は昨晩見た悪夢を思い返した。虐殺、殺戮、そして破壊が夢の主題だった。しかし、その夢の主役である人物の目には、絶望ではなく決意が宿っていた。地獄の中でも、彼の目は燃え続けていた。


彼は人類の悪を浄化するために召喚された。悪に関与したすべての人間、動物、そしてその周囲のものを問わず、根絶していった。犠牲者であろうが加害者であろうが、巻き込まれただけの人であろうが関係なかった。[カウンターガーディアン]は、人類を危険にさらす可能性のあるものをすべて消し去った。


黒い鎧を纏ったアーチャーは、その地獄を何度も通り抜けた。彼の長年の後悔の念は今、再び燃え上がっていた。無意識のうちに、士郎は彼の心の奥底でアーチャーに対して敬意を抱いていた。彼は誰も救えなかったかもしれないが、それでも挑み続けた。


後悔はない、これが唯一の道だ。


『それが英雄の真の意味なのかもしれない。』


「お待たせしました、坊や。」女性の声が士郎の思考を遮り、彼のテーブルに注文した食事を置いた。


「ありがとうございます。」


士郎はパンをスープに浸しながら食べ始めた。味は自分の世界のパンとあまり変わらず、スープの鶏肉の風味もなじみ深いものだった。士郎にとって、これは良い知らせだった。知っている食材で料理ができるからだ。


「もう一つ追加してください。」


士郎は最後に料理をした時のことを思い出していた。それは大河やセイバーのために料理をした時だっただろうか?数日前のことなのに、ずいぶん昔のことのように感じた。


『俺は帰ることができるだろうか?』


彼を家に帰すには、[聖杯]のような奇跡が必要だろう。だが、士郎はそんな夢に溺れたくはなかった。そのような夢は彼を弱らせ、集中力を失わせる。士郎は一つの明確な目標を決める必要があった。


『この世界で戦おう!』


食事を終え、支払いを済ませた士郎は、前日に購入した物資を持って宿を出て、共に旅をするグループを探しに行った。士郎はすぐに、西の門付近で荷物を積み込んでいる人々のグループを見つけた。彼らは馬車に品物を積み込んでいた。


士郎は急いでそのグループに近づいたが、槍を持った衛兵に止められた。


「ここで何の用だ?」衛兵が尋ねた。


士郎は[ギルド]から渡されたカードを差し出し、「このグループの乗客です」と答えた。


衛兵はカードを確認し、謝罪した。「ああ、すまない。まだ早すぎる。10時半頃に戻ってこい。」


士郎は、この中世風の世界でそんなに正確に時間を測れるとは思っていなかったため、驚いた。


衛兵は表情を和らげ、「せっかくだから、街を少し見て回ったらどうだ?こんな遠方からの学生が来ることは滅多にないからな」と勧めた。


「分かりました、ありがとうございます。」士郎は従った。


街を散策していると、労働者たちが家を出て家族に別れを告げ、主婦たちは市場に向かい、商人たちは品物を並べ始めていた。


士郎の注意を引いたのは、機械工の店だった。店がちょうど開いたところで、士郎はディスプレイにあった時計に[構造解析]を使用した。黒い時計には、自分の知っている仕組みや素材が使われていた。しかし、電池の代わりに小さな[魔石]が電源として使われていた。


「すみません、この時計はいくらですか?」


「300ヴァリスだよ、坊や。」


アーサーさんが士郎に渡したお金は2000ヴァリスだった。支出を差し引くと、1500ヴァリスが残っていた。士郎はためらうことなく時計を購入した。残りの所持金は1200ヴァリスになった。


「商売をありがとう、坊や。」


店を出た士郎は、購入したばかりの時計を確認した。長針は6を指し、短針は9と10の間にあった。すでに9時半だったので、士郎はグループに戻ることにした。


目的地に近づくと、再び士郎の注意を引くものがあった。店のウィンドウに並んだ本だ。時間がまだあることを確認した士郎は、その店に入ることにした。


『情報は最強の武器の一つだ。この世界を理解すれば、攻略が楽になる。』士郎はかつて聞いた言葉を思い出した。


数ある本の中から、士郎は[アレスとラキア]と[異種族の理解]という二冊の薄い本と、地図を選んだ。


「これ全部でいくらですか?」士郎は店員に尋ねた。


「700ヴァリスです。」


士郎はポケットからコインを取り出し、支払いを済ませた。


「ありがとうございました。またお越しください。」店員は丁寧に微笑んだ。


士郎は10時半ぴったりに集合場所に到着した。[オルコ]グループは出発の準備をしているようだった。先ほどの衛兵はすぐに士郎を中に入れてくれた。士郎はカードに記された番号に従って、自分の席を探した。


正しい馬車を見つけた士郎は、馬車に乗り込んだ。すでに中には若い女性が座っており、彼女は長いマントをまとい、フードを深くかぶっていた。彼女の膝には短い魔術杖が置かれており、彼女は熱心に本を読んでいた。


「すみません、ここに座りますね。」士郎が言った。


女性は何も言わず、反応もしなかった。士郎の位置からは、彼女の輝く金髪と緑色の目が見えた。彼女が読んでいる本は黒い表紙に包まれており、タイトルは分からなかった。


「この馬車には二人だけか?ずいぶん少ないな。」運転手が自分の席から馬車の中を覗き込みながら言った。


「そろそろ出発するぞ。準備はいいか?」


「はい。」士郎が答え、女性はただうなずいただけだった。


「よし、出発だ。」


馬車は他の馬車とともに動き始め、士郎の馬車は列の一番後ろに位置していたため、[アムネス]の街が徐々に視界から消えていく様子がよく見えた。


道はよく整備されていたため、旅は順調に進んだ。道の両側には草原やいくつかの木々が並んでいた。


士郎は購入した本を読みながら旅を過ごし、前に座っている女性は相変わらず彼を無視し続けていた。食事の休憩中、士郎は彼女に自分の食べ物を差し出したが、彼女はただ顔を背けるだけだった。彼女は顔を上げず、常にうつむいていた。


休憩が終わり、士郎は読書を続けた。最初に読んだ本は、神アレスとラキア王国の成立についてのものだった。当初、士郎はこの本がオリンポス山に住む神アレスについて書かれているのだと思っていた。


しかし驚いたことに、アレスは実際にこの世界に人間の姿で降臨し、自身の神力である[アルカナム]を封印していたのだ。アレスや他の神々は[天界]から[下界]に降り、他の神々と同様、退屈したため[下界]に遊びに来た。神々は[ファミリア]を結成し、アレスの[ファミリア]は数千人のメンバーを擁する最大の[ファミリア]であり、ラキア王国となった。


アレスはラキア王国を設立し、自ら王やその後継者を選んだ。王国は何もないところから拡大し、周辺地域を次々に征服して領土を広げた。ラキアの軍の先頭を飾ったのは、クロッゾという男とその子孫によって作られた[魔剣]だった。


[魔剣]は、元素の[魔術]を発動できるように作られた武器だった。しかし、数回使用すると[魔剣]は粉々に砕けてしまう。


『この世界の[魔力]の不安定さが原因なのだろうか?』士郎はそう推測した。


クロッゾによって鍛えられた[魔剣]のおかげで、ラキアの領土は急速に拡大した。しかし、ある時点で、ラキアの兵士たちがいくつかの[エルフ]の森を焼き払い、[精霊]たちがクロッゾの子孫に呪いをかけた。この呪いにより、ラキアの勝利は止まり、現在では多くの戦争が敗北に終わるようになった。本はこの要約で締めくくられていた。


士郎は学んだ情報を整理し、いくつかの重要な点を見出した。まず、この世界では[神代]は終わっておらず、神々が[アルカナム]としてその力を封印しながらこの世界に降り立っている。そして彼らは[ファルナ]を与えることで信者を祝福することができる。


次に、人間と共に[エルフ]や[精霊]などの知性を持つ異種族が存在していること。


さらに、この世界の普通の人間は[魔剣]を作り出すことができるが、これは士郎が自分の世界で知っている[魔術礼装]に似ていることを思い出させた。しかし、[魔術礼装]は剣に限らず、もっと多様で耐久性も高いものが多い。


最初の本を読み終えた士郎は、さらに理解を深めるために次の本に取りかかった。[アレスとラキア]の本を脇に置いたとき、士郎は前に座っている女性と目が合った。


士郎の黄金の目は、彼女の緑の目と交差した。士郎は微笑みかけた。無視されるだろうと思っていた士郎は、彼女が微笑みを返そうと努力したのを見て驚いた。ぎこちない笑みではあったが。それからすぐに、彼女は目をそらした。


『ただ恥ずかしがり屋なだけかもしれない。』士郎はそう思った。


士郎は次の本である[異種族の理解]を読み続けた。この本は前の本よりもさらに薄かった。この本には、異種族について簡単な説明とイラストが描かれていた。


『間違えて子供向けの本を買ってしまったのか?』士郎は思った。


簡単な説明のおかげで、士郎は素早く内容を理解することができた。この世界の種族は大まかに[人間]、[亜人]、そして[精霊]に分けられていた。


[亜人]には、いくつかの種族が存在していた。例えば、[エルフ]は長い尖った耳を持ち、主に森に住んでいる。[エルフ]は出生率が低く、長寿であり、[魔法]の才能を持っている。次に、[ドワーフ]がいる。彼らは背が低く、がっしりしていて非常に強く、[ファルナ]なしでも怪物を倒せるほどの力を持っている。


[アマゾネス]は戦闘を愛することで知られる褐色の女性たちの種族だ。[アマゾネス]は女児しか産まないため、いずれ村を離れて男を探すようになる。


また、[パルム]という種族もいて、背は低いが[ドワーフ]ほどの力は持たない。その代わり、彼らは敏捷性に優れ、暗闇でも視覚を失わないという特性を持っている。


[亜人]の多くは[獣人]に分類される。[獣人]は[人間]に動物の特徴を持った種族であり、例えば、[ボアズ]は猪の耳を持ち、[猫人]は猫のような姿をしており、[犬人]は犬の耳と尾を持っている。他にも様々な[獣人]が存在する。


そして最後に[精霊]がいた。この名前は、士郎に[英霊]、つまり転生をやめ、[英霊の座]に収められた英雄たちを思い起こさせた。しかし、本によるとこの世界の[精霊]は[英霊]とは無関係だった。[精霊]は、神々が降臨する以前に[下界]に降り立ち、人々を助けていた種族であり、その[魔力]の潜在能力は[エルフ]をも上回るとされていた。


十分に理解できた士郎は、本を閉じて席の横に置いた。長時間座っていたため足が固くなっており、士郎は立ち上がって体を伸ばした。ちょうどその時、彼が乗っていた馬車が徐々に止まった。


「もうすぐ着くけど、遅くなってきたから少し休むぞ。」運転手が言った。


士郎の前に座っていた女性はすでに眠り込んでいた。彼女は座席に頭を預けて眠っており、フードがずれてその清潔で繊細な顔が見えていた。乱れた金髪に一部隠されていたが、その顔は眠っている間も決意に満ちた表情を浮かべていた。しかし士郎が最も驚いたのは、彼女の耳が本で見たような長く尖った形をしていたことだった。


『なるほど、彼女が隠していたのはこれか。彼女は[エルフ]だったのか。』


士郎は、なぜ彼女が人間の中で距離を置いていたのか理解できた。[エルフ]であることは目立ちやすく、彼女はそれを避けるために交流を避け、顔を隠していたのだ。


士郎は馬車を降りて周囲を見渡した。十数台の馬車が円を描くように配置されていた。何人かの乗客は馬車を降りて外で寝ており、彼らの中には[魔石]で灯されたランタンを持っている者もいた。馬車の円の中央には焚き火が燃えていた。


焚き火に近づいた士郎は、その暖かさを楽しみながら夜空を見上げた。三日月が明るく輝き、その周りには星が広がっていた。雲ひとつない空は、特に澄んでいた。その空は士郎の元いた世界の空とまったく同じように見えた。


この光景は彼の中に懐かしさを呼び起こした。士郎は元の家の縁側から空を眺めるのが好きで、しばしばお茶を飲みながらそれを楽しんでいた。その習慣は、切嗣が彼に夢を託した最期の瞬間から続けていた――叶わないと知っている美しい夢を。


「切嗣、この世界で英雄になれるだろうか?」士郎は独り言をつぶやいた。


しばらくの間、火の暖かさに包まれながら、士郎はまどろんでいた。しかし、突然、鋭く不快な匂いが彼の平穏を乱し、彼を目覚めさせた。その匂いは、長い間洗われていない湿った布のようなものだった。しかし、単なる湿った匂いではなく、士郎の敏感な鼻はその匂いが何か神秘的なものであることを感じ取った。


休んでいた体を起こし、士郎は軽くストレッチをして筋肉をほぐした。気を引き締めて、彼はその悪臭の源を探し始めた。


その匂いは馬車の円の周りの複数の方向から漂ってきた。士郎はその一つの匂いの跡を追い、静かにテントの周りを移動している影の方へ近づいた。月明かりの下で、士郎はその影の一つを目にした。そいつは、野犬のような頭に長く垂れ下がった舌を持っていた。その生物は猫背で、士郎の肩ほどの高さがあった。足から太もも、手から腕、そして頭から首まで、その体は暗赤色の毛で覆われていた。


その生物が脅威であることを示すのは、足や手の爪と、口から見える牙だった。


怪物の集団は、今やテントを包囲しようとしているようだった。士郎は、この攻撃で犠牲者を出すわけにはいかなかった。


「投影、開始。」士郎は呟き、[干将]と[莫耶]を手に呼び出し、攻撃の準備をした。


奇襲の優位を生かして、士郎は集団の端にいる怪物の一体に向かって突進し、右手を伸ばしてその背中に剣を突き立てた。


ズブッ!


[干将]は簡単にその怪物の背中を貫いた。ポフッ! その生物の体は黒い粉塵となって消え、小さな[魔石]だけが地面に残った。


ためらうことなく、士郎は次の標的に移り、今度はその頭に[莫耶]で斬りかかった。怪物の首から血が噴き出し、そいつもまた粉塵となって消えた。


士郎に仲間を次々と倒され、犬の頭を持つ怪物たちは「アオォォォ!」と遠吠えを始めた。十数匹の怪物が一斉に士郎を襲う準備をしながら集まった。


お互いに動きを見ながら、両者は構えを取った。士郎は右手に持った[干将]を前方に向け、左手には攻撃の準備が整った[莫耶]を持ち、姿勢を整えた。怪物たちは士郎の剣が危険だと理解しており、防御に隙がないかを探っていた。


背後から!


士郎は[魔力]を[プラーナ]に変換し、肘を強化した。半身を返し、強化した肘で背後から奇襲をかけてきた怪物の頭に叩き込んだ。


クラァッ


頭蓋骨が砕ける音が響き、その怪物は2メートルほど後ろに投げ飛ばされ、顔を下にして倒れた。


最初の怪物が倒れるや否や、さらに3匹の怪物が士郎に飛びかかった。彼らは士郎が気を取られていると思い攻撃を仕掛けたが、士郎は素早く体勢を整え、両方の剣で襲いかかる怪物たちを斬りつけた。


スラッ、スラッ!


[干将]と[莫耶]は、前方から襲ってきた3匹のうち2匹を容易に切り裂いた。しかし、3匹目の怪物は士郎の顔を右手の爪で引っ掻こうとした。士郎はわずかに身をかわし、爪は空を切った。


至近距離で、士郎は簡単にその怪物の背中に剣を突き立てた。ポフッ! 怪物は黒い粉塵となって消えた。


[干将]と[莫耶]の[対魔獣]の特性により、これらの剣での攻撃は特に効果的だった。バターを切るように、怪物を切り裂く際にはほとんど抵抗を感じなかった。軽い一撃で致命傷を与えることができた。


敵の強さを見極めた士郎は、攻撃的な姿勢に移行した。両方の剣を構え、攻撃を開始する準備を整えた。


しかし、怪物たちもまた士郎の力を理解していた。もはや自分たちが狩人ではなく、獲物であることに気づいた彼らは、野犬のように四つん這いになって逃げ出し、恐怖の鳴き声を上げた。


士郎は追いかけるべきか、それともまず潜在的な被害者を確認すべきかを考え、近くのテントを調べることに決めた。[干将]と[莫耶]を解除し、彼はテントの方に近づいた。


テントの前には、驚いた表情の若い男が立っていた。彼は士郎の戦いを目の当たりにして、茶色い目を大きく見開いていた。


「大丈夫か?」士郎が声をかけた。


若者は一瞬沈黙し、自分の頬を叩いて正気を取り戻した。「ああ、大丈夫だ。君が来たときにはまだ[コボルド]たちは攻撃を始めていなかった。」


「それは良かった。」士郎は少し安堵し、続けて指示を出した。「みんなに警告してくれ――怪物の襲撃だ。」


「了解しました!」若者は軍隊のように敬礼をし、答えた。


これで準備が整った士郎は、残りの怪物の匂いを追って駆け出した。[オルコ]の隊商の周辺の匂いはほとんど消えていたが、一際強い匂いが彼の馬車の方へと導いた。そこでは、ちょうど馬車の前で小競り合いが繰り広げられていた。


「下がれ!」フードを下ろした若い[エルフ]の女性が、3匹の[コボルド]に囲まれていた。彼女は短い魔法の杖をバットのように振り回し、怪物たちを追い払おうとしていた。


「投影、開始!」士郎はグループの端にいる[コボルド]に向かって突進し、[干将]で斬りつけた。スラッ! 左上から右下にかけての斜めの一撃が、怪物の体を簡単に引き裂いた。素早く動きながら、士郎は2匹目の[コボルド]をも倒した。3匹目の怪物は恐怖で逃げようとした。


士郎は右腕を引き、[干将]を逃げる[コボルド]に投げつけた。ブーメランのように、黒い剣が前方に飛び、怪物の眉間を貫いた。怪物が粉塵に戻ると同時に、[干将]は[プラーナ]へと消えていった。


「ふぅ…」士郎は、その一投が見事に標的の頭に命中したことに驚きながら息を吐いた。そして、半ば振り返って先ほど救った[エルフ]の女性を見た。


フードを下ろしたことで、士郎は彼女の美しい驚いた顔をはっきりと見ることができた。大きな緑色の瞳は驚きに見開かれ、長い金髪は月光を受けて優雅に肩に流れていた。


一瞬、士郎は言葉を失った。彼女は無傷に見え、顔も服も乱れはなかった。鋭い攻撃なら跡が残るはずだが、鈍い一撃なら痕が残らないかもしれない。


士郎は彼女が本当に無事か確認したかったが、その前に彼女が口を開いた。


「あなた、怪我してるわ。」彼女は優しく言いながら、士郎に近づき右頬に触れた。士郎が気づいていなかった傷が、今[エルフ]の柔らかな手に触れられていた。


『[コボルド]との戦いで負ったのか…』士郎は少し恥ずかしくなり、顔をそむけた。「大したことない、小さなかすり傷だ。」


「それでも、お礼をさせてください。」[エルフ]の女性は士郎の顔を再び自分の方に向け、指を傷に当てて柔らかな呪文を唱え始めた。数秒後、士郎は彼女の詠唱の終わりを聞いた。「レッサーヒール…」[エルフ]の指先に小さな魔法陣が現れた。


士郎の頬の傷がゆっくりと癒え、跡も残らなくなった。彼女が治療を終えると、[エルフ]は士郎の頬から手を離した。


「ありがとう。」士郎は微笑んで言った。


以前、彼女は笑顔を返さなかったが、今では頬を少し赤らめ、美しい小さな笑顔を返してくれた。それを見た士郎は、彼女の笑顔に魅了された。「どういたしまして…」彼女は恥ずかしそうにうつむいて答えた。


「おい! お前たち、そこで何をしている! 早く馬車に戻れ!」運転手の叫びが二人の雰囲気を壊し、その場の空気を途絶えさせた。


二人は急いで馬車に戻り、向かい合って座ったが、少しぎこちない空気が流れた。


「ヒーッ!」隊商の馬たちが嘶き、運転手が彼らを急かした。


乗客の承認を待つことなく、馬車は以前よりもはるかに速いペースで走り出した。旅は急に速くなり、そのため馬車は少し揺れた。


それにもかかわらず、士郎は向かいに座る女性に話しかけた。手を差し出しながら自己紹介をした。「俺は衛宮士郎、[極東]出身だ。」この世界で彼の故郷に最もふさわしい名前を思い出しながら言った。


「サリア・バルシス、アルフの森から来ました。」彼女は少し震える手で士郎の手を握りながら答えた。


「よろしく。」二人は微笑みを交わしながら挨拶を交わした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ