かぼちゃの竜
波が強い。
既に港街は、芸術的なまでに浸水して居た。
其の中、バシャバシャとぐるぐる足を回して、其の浸水を歩く一人の生き物が居た。
胆に、少しの警戒も微塵も感じさせぬ軽快な足取りで露出した岩場を登って行く桐生組会長桐生ココ。
オレンジの髪の毛にオレンジが似合う様なシャツとスカート、これもミニスカートに見える程の立派な胸を宿している尾と角が付いた女性である。
其の女性は何を思うと、来るべき巨大な波に向けて、強力な突き一閃。
音速を超えるであろう其れを受けて、一撃で飛散する大波は、凄まじく流麗である。
しかし、更にそれを遥かに超える巨大な波が港街を覆う。石造りで出来た街並みを呑み込んでいく其の姿は、まるで一つの妖怪を思わせる程だ。
大きく押しては引いて返す其の茫然自失とした結果に、其の営利の最中にあって、桐生ココの姿も、雑踏に溶け込むが如く消えて行く-。
彼女は何処に行くのだろうか。
それとも、もう既に逝ってしまったのだろうか。否。決して其れは有り得ない。何故ならば、この地には、一つの伝承と共に語られる勇者のみが斃せるとされる一つの竜の姿が-今まさに、この大地に、大海に、大空に生まれようとしていたからである。
大波程の体高のある竜が波から姿を現す。
翼をはためかせ、遠く、竜にだけ見える巨大な大竜巻、引いては其の中心部にいる一頭の生き物に向けて、咆哮を放つ。
其の咆哮が届くか届かないか、余りにも巨大な突風は、手当たり次第に、今まさに意味ある全てを薙ぎ倒し、其の根っこごと、大きくこの島の中で運んで行く。
あっという間に、地図を塗り替える程の大風の中で、マリンの船は人知れず出航した-。
行く末は誰にも読めない。ましてやこの天候には、然程の機嫌もあるかも知れない。しかし、マリンの船は船で、帰らずじまいの船長を追い掛けて、大きな山を越え、虹を越え、天災の異名を持つ其のマリーンの如く、好き勝手に帆を張っては、雲間から姿を見せつつ、飛んで行くのであった。
竜はそれを見届けると、ゆっくりと羽ばたいて、風に乗りながら王都へと進軍して行った-。
「GURA〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
波は、大風は、目に見えぬ其の力の主の声を聞き届けてくれた。
遥か頭上で消えいる太陽の光は、それがある限り掛かる虹をも全て呑み込む暗雲に閉ざされたこの街の事を誰も知らない。
ましてや、其の街が、石造りの中、全ての家々が繋がっている事など、知る由もないのである。
繋がっているのはここ、ぺこランドに程近いこの港街だけじゃ無い。
王都も又、一つ屋根の下、教会を中心に、地下迷宮が広がっており、石造りの道道で綺麗に舗装してある真下に、様々な洞窟や地盤に囲まれた大いなる道筋が、既に虹を様々掛ける美しい光景を生み出していた。
又、同じ様に端から端まで繋がっている構造の中で、一際異彩を放つのが、このルーナ姫が住まう城である。
巨大な円筒状の建屋に鋭くカーブを描いた屋根が特徴のこのお城。全ての回廊が中心にある大回廊に繋がっており、そこから、一様に階段で登り降りして行く。大回廊には、花咲く都、噴水の通り名の元に全ての水道が工事されており、城には絶えず、清く透き通った水が運ばれている。
この城は、巨大な浄水設備にもなっており、城下町に有り触れた水道は、全てこの城を通ってできたものになる。
また、水車を活かしたエレベーターも存在しており、大回廊から一直線に、城の最上部まで通り抜けてある。
城下町には、水路が張り巡らされており、それで全ての営利を淀みなく行っていた。
そう。今日この日まで。水路は空中から落ちて来た木々や軽く飛ばされた家々の残骸で塞がってある。
これら水道システムもまた異常な逆流を齎しており、大変な事態に繋がっていた。
届かない。
いつもならお菓子が届く筈の3時のお茶の時間に、一向にお菓子が詰まった荷車が届かないのである。
仕方が無いと、エレベーターの前まで来て、愕然とした。
「エレベーターが動かねぇのら。」
これじゃあ、いつもとは違って、最上階にある自分の私室から、お菓子が運ばれて来る大回廊まで階段で歩く羽目になりそうだ。ルーナ姫は途方に暮れた。
でも、お菓子の為ならと、ルーナ姫は仕様がなく、円筒状の階段をゆっくりと手を付きながら降りて行った。
苦節して、大回廊まだ辿り着いたのは良いものの、噴水が逆流して、水が大回廊に文字通り、溢れ返っている。個々の回廊が水路の様に水を運んでいるから良いが、これでは、お菓子など一向に運ばれて来る筈も無い。
ルーナは、暫し其の光景を目に留めて、そしてゆっくりと階段に腰掛けると、優雅に茶を飲む仕草だけで、空腹を拵えたのである。
そしてこう思う。あの海賊は無事なのかと。