ヒーロータイム一家 鈴木誠也の場合
さすがに令和の今だと、そもそも御用聞きに回ってくる酒屋とかで物を買ってる若い団地妻自体が、ファンタジー扱いされるレベルの絶滅危惧種だと思うのですがどうでしょう?
西暦20XX年。何の前触れもなく、地球の物理法則は大きく変容した。
それまで何事もなく秩序正しく動いていた世の中が唐突に────
ヤンキーたちが夕日をバックにタイマンを張り、パンチ一発でお互いに何メートルも吹っ飛ばしあいながら最後にマブダチになり……
幼稚園の送迎バスを怪人や戦闘員がジャックしては変身ヒーローや戦隊ヒーローに成敗され……
マスコットキャラに唆された年端も行かない少女が魔法少女や変身ヒロインとなって、異世界からの侵略者と熱くリリカルな感じのバトルを繰り広げ……
町工場兼研究所を営むマッドな博士が孫を巻き込んで、巨大ロボットで地下勢力や宇宙からの侵略者を迎撃し……
ろくでもない理由で地球に降りてきた宇宙怪獣と巨大ヒーローとの戦いでちょくちょく町が破壊され……
それまで普通に店舗やインフラとして機能していた建物が突然ダンジョンとなってモンスターを吐き出し、ダンジョンエクスプローラーなる存在によって攻略され……
名探偵と怪盗が様々な施設に甚大な被害を出しながら謎の組織相手に大立ち回りを繰り広げ……
刑事と犯人が八時四十五分ごろに崖の上に立ち……
団地妻が酒屋のサブちゃんと禁断の愛を育む……
そんな世界にシームレスに変容したのだ。
そんな世界だけに、モブっぽい感じでこそこそと普通の生活を送っていた少年が、ある日突然ヒーローに覚醒させられる、なんてことも普通に起こりうるわけで。
「……そういうのがあるってのは知ってたけど、我が身に降りかかるのだけはやめてほしかった……」
某県某市に住む普通の中学一年生・鈴木誠也は、目の前に倒れ伏して徐々に消えていく戦闘員と、自身の右手に宿ったとても切れそうにないデザインの片手剣を見ながら、そんな風にぼやいていた。
世界が変容してから十数年。誠也が生まれる前のことなのでその現象自体には普通になじんでいたが、それは言ってしまえば他人事だったからというのが大きい。
いくら世界に変身ヒーローが誕生しようと、いくら世界にダンジョンが現れダンジョンエクスプローラーが職業として定着しようと、大多数の人間は学生や農家、工場の工員など昔から変わらぬ仕事で生活するものである。
少なくともモブ顔で陰キャの誠也は、異世界転移ものかダンジョンエクスプローラー以外で主役ポジになるような立ち位置に居なかったはずだ。
なお、中一男子という年齢を考えれば、普通は特別な何者かになれるというのは大喜びしそうなものだが、その手の願望をポロリと漏らした際に兼業ダンジョンエクスプローラーの姉とヤンキーやってる二番目の兄、そして双子の妹に散々からかわれこき下ろされたために、この年にして中二病的なあれこれからは卒業している。
唯一の救いは上の兄がそのことについて何も言わなかったことだけだが、ぶっちゃけなんの救いにもなっていない。
ちなみに鈴木家は五人兄弟なので、誠也と双子の妹が一番下となる。
「いや、まだだ。俺はまだ変身してない。変身してないから、まだヒーローになるとは決まってない!」
戦闘員が消滅したところで、現実逃避するように無駄なあがきをする誠也。
残念ながら、右手の剣は投げ捨てようとしても手から離れることはなく、かといって現時点では収納されて姿が消えるとかその手の兆候もない。
つまり、誠也本人にとっては大変遺憾なことながら、彼は何らかの物語の主役、もしくは限りなくそれに近いポジションに収まってしまったようだ。
そもそも、普段立ち入らないような路地裏に無意識のうちに足を踏み入れる、というエピソードの時点で、彼が非日常に誘われているのは間違いない。
それを証明するように、現実逃避を続ける誠也の前に新たな人影が。
「ほう。我らを絶滅手前まで追い詰めた仇敵の後継者が、こんなさえない小僧だとはな」
「いや、そういうの間に合ってますので、他の人とやってください」
ヒーローもののお約束の一つである、第一話にて起る主人公を非日常へと引きずり込む強敵との邂逅。
そのテンプレに沿って現れたいかつい男に対し、完全に腰が引けた感じでそう言い切る誠也。
残念ながら、誠也はありとあらゆるものが中の下。体格からして背の順で並べば前から数えたほうが早い程度には小柄だ。
同級生と一対一で殴り合って手も足も出ないほど弱くはないが、決着がつくまで殴り合ったなら十人中六人には負ける程度の戦闘能力しかない。
右手の剣にどれほどすごい力があろうと、こんな強敵オーラ全開の大男、それも武器も防具もフル装備の相手に勝てるとは到底思えない。
そもそも、戦闘員も誠也が倒したわけではなく、いきなり襲い掛かってきたと思ったらいきなり空から降ってきた剣にバッサリ斬り捨てられただけである。
が、相手からすれば、相手がどれほどショボかろうと、脅威となりうる武器に選ばれた時点で抹殺対象だ。
見た目通りショボければ儲けもの、違ったところで早いか遅いかだけでいずれぶつかりあう相手である。
つまり、戦いを挑まない理由がない。
「間に合っていようがいまいが関係ない。貴様がその剣に選ばれた時点で、我らにとって捨て置くという選択肢はない」
そう言って、問答無用とばかりに襲い掛かってくる、やたらとげとげのフルプレートをまとった大男。
持っている武器が巨大な禍々しいシルエットの斧であるのがまた、やたらそれっぽい。
「ぎゃああ~~~~~~~!!」
情けない悲鳴を上げながら、必死になって逃げまわる誠也。
いくら路地裏だといえど全く無人ということはあり得ないのに、何故か今は人の気配が全くない。
おかげで逃げ回るのにためらわずに済むとはいえ、逆に言えば助けは一切入らないということである。
そんな理不尽な状況に内心でぶつくさ文句を言いつつ、命からがら逃げ続ける誠也。
必死ではあっても所詮はスポーツと縁がない帰宅部の陰キャ。どたばたとどんくさい動きで運よく当たらずに逃げられているという状態である。
そんな偶然が続くこと自体が本来ありえないのだから、恐らく主人公補正的な何か、もしくは右手に握りっぱなしの剣による補助があるのは間違いない。
「クッソ~……」
逃げ回っているうちにつんのめって転びそうになり、思わず悪態をつく誠也。
今度こそ終わりかと思ったところで、どういう訳か勢い余った大男がビルの壁に突っ込んでめり込む。
「この露骨な隙……、俺に覚悟決めろって事かよ……。しかも、ご丁寧にいつの間にか変身ベルトまでありやがる……」
気づかぬ間に己の腰に巻かれていた変身ベルトを見て、思わず舌打ちする誠也。
切れそうにないデザインの片手剣と変身ベルトの組み合わせと言えば、「マスクセイバー」というシリーズ名称でくくられている変身ヒーロー以外ありえない。
そうなってくると、あの大男は変身後に必殺キックか必殺剣を叩き込まないと仕留めることができないことが確定する。
変容した後の世界では、劇場版などの特別な事情がない限り、マスクセイバーの敵はマスクセイバーでしか、戦隊ヒーローの敵は戦隊ヒーローでしか倒せないというルールが存在するのだ。
余談ながら、ダンジョンからあふれてきたモンスターは例外的に誰でも倒せるものの、こいつらにはマスクセイバーなどの超常的なパワーは効果を発揮しない。
それ自体はもう、そういうものだと割り切るしかないのでいいのだが、問題は誠也の身体能力がどこまでもショボいということであろう。
「俺の運動神経で、空中一回転からの必殺キックなんて当たるわけねえだろう……」
そううめきつつも、では他に打開策があるかというと、そんなものがあればとっくにこの状況から脱している。
「期待外れだったからって、後でクレームつけられてもどうにもならないからな!」
なので、腹をくくって変身ポーズをとる。
「変! 身!」
身体が覚えていたのかそれとも剣が補助してくれたからか、幼稚園の頃ごっこ遊びでさんざんやった変身ポーズが、ものすごくスムーズにかつ見事に決まる。
変身ポーズが決まると同時に、誠也を足元から光が包み込み、順序良くヒーロースーツが装着されていく。
変身バンク全体で言うなら十秒少々、実際の時間経過としては一秒未満。
マントを羽織っているという少々珍しい特徴こそあるものの、これぞ昭和から続く仮面系の変身ヒーロー、という感じの非常に格好良くスタイリッシュなヒーローの姿に変身が完了する。
「セイバー・ベルウッド!」
変身完了に合わせて、決めポーズとともに高らかにそう宣言する誠也。
鈴木だからベルウッドという安直かつ雑でセンスのないヒーロー名だが、これはマスクセイバーシリーズの伝統のようなもので、誠也が進んでそんな名前を付けた訳ではない。
というよりそもそも、変身ポーズ以降の動きやセリフには、誠也の意志は何一つ反映されていない。
「変身を許したか!」
ベルウッドに変身した誠也を見て、大男が舌打ちする。
言うまでもないことだが、大男がどれだけ強かろうが誠也がどれぐらいどんくさかろうが、変身を妨害できないのはお約束である。
「だが、逃げているところを見る限り、変身したところで大した実力は無いはず! ここで貴様を殺して、後顧の憂いを断つ!」
「うるさい! 大した実力がないなんて、俺が一番よく知ってるんだよ!」
大男の言葉にそう言い返しながら、仰々しいポーズで見栄を切って剣を構え、普通に考えたら絶対に当たらないだろうというレベルの大振りの一撃を叩き込む。
「ベルウッドスラッシュ!」
自分の名前、それも雑な命名規則に寄りつけられたセンスのかけらもないヒーロー名を冠した技だが、一応これでも必殺技である。
なお、今までの流れから察せられるかと思うが、技名も技のモーションも全て全自動で、現時点では誠也の意志はひとかけらも反映されていない。
「がは!?」
普通に考えれば簡単に避けられそうな大振りの斬撃を、不自然な動きでもろに食らう大男。
突っ込みどころしかない状況だが、所詮顔見せにすぎない第一話に出てくるボスなので、回避だの華麗なアクションだのは無理なのだろう。
そもそも、フルプレートの大男という時点で、防御力と生命力はともかく、とっさの回避とかそういった小回りは利きそうにない。
「今だ!」
袈裟懸けに斬り捨てられて片膝をつく大男を前に、誠也の意志とは関係なくそう言うベルウッド。
内心では誠也が今だもくそもないだろう、と毒づいている。
変身ポーズを決めて以降、誠也が自身の意志で何かしたのは、「うるさい! 大した実力がないなんて、俺が一番よく知ってるんだよ!」というセリフを吐き捨てた時だけである。
誠也の運動神経ではここまでの動作全てをうまくこなせる気がしないので助かるが、台詞までほとんど全てを全自動でやられるのはたまらないものがある。
そんな誠也の心境を無視して、ベルウッドスラッシュの時のように決めポーズを取ってから高く飛び上がる。
そのまま空中で二回転し、二秒ほど静止してタメを作ってから飛び蹴りのモーションに移る。
「セイバー! キィッッッッック!」
気合の声とともに、マスクセイバーシリーズ共通の必殺技、セイバーキックを放つベルウッド。
おかしな挙動を経てすさまじいスピードで急降下したキックが、見事に大男の胸板をとらえる。
蹴りを直撃させた反動で向きを変え、大男に背を向けて華麗に着地を決めてポーズをとるベルウッド。
ベルウッドがポーズを決めると同時に、背後で大男が爆発四散する。
「……第一話を完遂しちまったか……」
爆発が収まり、変身が解けた瞬間に思わずその場でがっくり膝をついてしまう誠也。
ふと空を見上げると、巨大化した怪人が戦隊メカのフィニッシュ技を受けているのが目に入る。
ビルがいくつか倒壊しているのが見えるが、よほど先のエピソードに関係するものでもなければ、明日にでもしれっと復元しているので気にしてはいけない。
戦闘に巻き込まれて発生した死人に関しても、死んでいないと困る人物以外のいわゆるモブとかエキストラの類は、建物と同じく早ければ明日にでも生き返る。
それこそ名探偵のエピソードで被害者になって殺された人間ですら、場合によっては生き返ることがあるのである。
変容した世界では、死ぬことが物語的に重要なケース以外では、自然死の類でしか本当の意味での死人が出なくなっているのだ。
「とりあえず、向こうのほうは安全だな……」
怪人の爆発を待たずにそうつぶやき、気を取り直して立ち上がる誠也。
こうして、どこにでもいる陰キャのモブキャラだったはずの鈴木誠也は、史上最年少かつ中身が最弱の主演マスクセイバーとして、激動の一年を過ごすことが確定してしまったのであった。
この話は、双子の妹が魔法少女にされる話を書きかけたところで、うまく形にならなくて挫折しました。
ついでに言うと、よくよく考えたらこの話の場合ぶっちゃけ出オチみたいなものなので、一家の第一話を書き終わったら終わりじゃね? と思ってしまったのも手が止まった理由だったり。
お盆休みなので供養もかねて投稿します。
なお、予定としては
二女:誠也の双子の妹。僕と契約して魔法少女になる。
ちなみにこいのぼり体形とか言われちゃうタイプ。
誠也同様、シナリオ的にはあんまりひねったところはない感じ。
次男:誠也の下の兄。高校一年生。美形のヤンキー。
いわゆる天才肌のライバルタイプで伝説のバイクの後継者みたいなタイプ。
ダンバイン的な流れで異世界に飛ばされて、ボスを秒でしめて帰ってくる。
長男:戦隊ヒーローのレッドとウルトラマン的な巨大化ヒーローを兼任させられることになる、どう考えても貧乏くじ役。
戦隊ヒーローのピンクと巨大化ヒーロー側のヒロインとで修羅場が確定している。
今回の話のラストで戦隊ロボに乗ってるのも、この長男。
長女:かつて魔法少女と美少女戦士を兼任し、現在は若手最強と呼び声が高いダンジョンエクスプローラー。
ちょくちょく先輩魔法少女として駆り出されるが、グラビアアイドルばりの巨乳エロボディに育ってしまったために、当時の衣装が痴女手前レベルで痛いのが最大の悩み。
当然妹のピンチにも駆り出される。
両親:戦隊ヒーローの長官と悪の女幹部を筆頭に、いろんな組織の中枢を担ってる。お互い相手の事情はすべて知り尽くしているので、やってることは完全にマッチポンプ。
なお、母親は魔法少女側の女王様とかもやってて、世界がこうなった原因にもある程度関わっていたりする。
ただし、母親はこうなることを防ごうとした側。マッチポンプやってるのも、世界の崩壊を防ぐため。
という感じの設定で書くつもりでした。次男以外はニチアサっぽい感じなので、ヒーロータイム一家というタイトルです。
どっちかというとシェアードワールド向けの設定のような気がするので、また魔が差したらこの世界観で何か書くかもしれません。