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夜の訪問者

「おはようございます、妻のサリーです。ご要望があればなんでもおっしゃってください」

 次の朝訪れたのは、やはりあの時の母親だった。

「息子さんは元気ですか?」

 気になったので聞いてみると『それは、もう、腕白なくらいで!』と弾む声で答えてくれた。

 彼らはとても朗らかで、私の身の回りの世話をよくしてくれた。

 神殿の質素な私の部屋とは違って、窓の外に緑を見ることができる素敵な環境に私は心身ともに癒されていた。

 知らず知らず神殿では大聖女という責務に心の負担がかかっていたのかもしれない。

 なんにせよ、戦争のことやアーノルドのことなど悩みの種から解放された気分だった。

 そうして穏やかに過ごしていたのだが、しばらくしてから変な夢を見るようになった。


 種よ芽を出せ

 居場所を示せ


 私が眠るとそんな声が聞こえてきて朝起きると嫌な気分になっているのだ。

「フィーネ様、眠れなかったのですか?」

 そんな私を心配してサリーが声を掛けてくれる。

「なんだか変な声が聞こえる夢をみてしまうのです」

「……それでしたら枕にポプリを入れてみましょうか。安眠を誘う効果がある香りでお薦めのものがあるんです」

「まあ、いいですね」

 そう返事しながら私は胸に出てきた小さな黒い印を服の上から押さえた。

 昨日から違和感があって見ると、心臓の上に小さな印ができていたのだ。これが種なら誰かが私の居場所を探している。

「どうしたものかしら」

 これが何なのかは見当がついていた。アーノルドの胸にあった呪いの欠片だ。

 治癒した時に私に移っていたのだろう。なんとも巧妙な呪いだ。

 そうなれば私の居場所を探しているのはアーノルドが瀕死にしたと言っていたエルフなのだろうか。思念を送れるならエルフはどこかで無事でいるということになる。

 その事だけは少しだけホッとした。アーノルドの欲のために命の火を消されるなんてどう考えても気の毒すぎるからだ。


 そうして種から棘のある芽がでてきた夜……。

 私はベッドの上でエルフの男に体を押さえつけられていた。


「むぐ……」

「声を出すな」

 その夜、私は体を押さえつけられて身動きが取れなかった。

 雲の切れ間から月が顔を出すと、その犯人の顔を仰ぎ見ることができた。

 さらりと零れる白に近い銀の髪に金色の瞳。

 アーノルドも整った顔だと思っていたが、比べようもないくらいに美しい顔がそこにある。冷たい表情をしていた彼は、まるで作り物のようにも思えた。

 アーノルドの話と文献でしか見たことはないが、縁に装飾品が着けられた耳が尖っているのでエルフなのだと予想した。

 彼はじっと私を観察し、そして次の瞬間、私の服を引き裂いた。

「ひっ」

 私の素肌を確認するように指を這わせると、それは心臓の上の黒い芽のところで止まった。

 これは十中八九、アーノルドを呪ったエルフで間違いない。

 彼はじっと私の体を観察すると私の上から体を離した。どうやら私の痩せた体を見て、危害は加えられないと判断したのだろう。

「お前が王子の呪いを解いた大聖女なのか?」

 尋ねるエルフに私はコクリと頷いた。

 そうして彼は、もう用はないと貧相な私の体をシーツをかけて隠した。

「指輪をどこへやったか知っているか?」

 続いてエルフが質問してくるが私にはちんぷんかんぷんだった。

「指輪?」

「私からあの王子……アーノルドだったな、が奪った指輪だ」

 私はアーノルドを治癒した時のことを思い出した。けれどそれらしき指輪は見ていない。

「私が治癒した時には見かけませんでした」

「庇い立てしてもいいことはないぞ」

「……庇う気などありません」

「憐れなものだな、あの男を助けるためにそんな姿になって」

 ポツリ、とエルフが私にそう言った。けれどその言葉には同意できなかった。

「今までアーノルドを治癒したことは間違っていました。治癒しなければ彼は戦場へと出向かなかったでしょうから」

「戦争を起こしたくはなかったかのように聞こえる」

「止めることができなかったのは後悔しかありません」

「……アーノルドに婚約破棄されて捨てられたそうだな? レリア国に攻め入るように神託を下ろした罪でレリア国にその首を渡すはずではなかったのか? 怖くなって逃げたにしては強気な発言だ」

 本当のことを話していいのだろうか、と思う。とにかく私を逃してくれた聖女やダイズたちに迷惑をかけることだけは避けたい。

 けれどエルフが生きているなら聖女は戦争を反対していたと知っていて欲しかった。

「信じてもらえるかはわかりませんが、私は神託を下ろしていません。聖女たちを救うなら首は惜しくありませんが、事情があってこうしています」

「……戦争をけしかけてはいないと?」

「そうです」

「頭のいい奴は嫌いじゃない。私が何者か知っていて言っているのだな?」

「アーノルドはエルフを瀕死の状態で逃したと言っていました。ご無事でなによりでした」

「はっ、私がどんな思いでここにきたかまでは、わからないだろうな」

 そう言うとエルフが自分の袖をめくって肘を見せてきた。

「これは……」

 そこには特別に細工された釘が打たれていた。

「これが何か知っているか?」

「いいえ」

「……魔法や身体の動きを封じるために打つ釘だ。陰湿な呪詛が描かれている。ロッド国の魔法の技術は大したものだな」

「まさか……アーノルドが?」

「お前の言うように私は瀕死の状態からやっと回復したのだ。レリア国は私の無事を条件にしてくれているが、あの男の目的はエルフの捕獲だ。見つかればレリア国に帰されることはないだろう」

 思うように肘を動かすこともままならないのだろう。私を押さえつけた時も片手だったのはこのせいだったのだ。

 アーノルドはエルフに強い憧れがあった。どうにかエルフを捕獲して自分の思い通りにしたかったのだ。エルフは身体能力も、魔力も桁違いだと聞いていた。こうでもしないと捕獲できないと用意したのだろう。

 ふと、もう一つ思い当たる。どうしてエルフがこんなまどろっこしい形で私に会いにきたのか。

「まさか、魔法も使えなくされているのですか?」

 私の言葉にエルフが自分の服をはだけさせた。

 その胸の心臓の位置する両側に魔法封じの釘が一本ずつ刺さっていた。

 なんと残酷な方法を考えるのだろうか。釘は普通の太さじゃない。きっと打たれた時は悶え苦しむほどの痛みが伴っただろう。

 想像するとポロポロと涙がこぼれた。私が泣いている場合ではないのに。

 エルフは不思議そうに私を眺めてから服を直した。

「なぜ泣くのだ」

「……すみません。その釘を私に抜かせていただけませんか?」

「それがどういうことかわかって言っているのか?」

「ロッド国の一員として償わせてください」

「……わかってないようだな。まあいい。そこまで言うなら肘のくぎを抜いてみろ」

「では、そこに腰掛けて右腕をだしてください」

 やってみろと言う割には疑いの目を向けたエルフは、まるで傷つけられた野生動物のようだった。

 しかし、私の言う通りに彼は大人しく椅子に座った。

 はあ。と私は静かに息を吐いた。

 エルフは諦めたように私の好きなようにさせた。

 釘に触れると、ピクリとエルフの体が動いた。

「ごめんなさい。私の体調が整わないので、きっと地獄のような痛みが伴います」

 アーノルドはいつも痛みが無いように私に注文したが、それには余計な聖なる力を使わなければならない。私の体がこんな今、釘を抜くことだけで精一杯だ。

 エルフの無言を了承ととって釘に指を触れると、指先に集中しながら聖なる力を流した。

「ぐ、ぐうあああああああっ」

 部屋に低い声が響いた。

   けれど心配してあげられるほど私にも余裕がなかった。

 たった釘一本のことで心臓が熱く、頭がくらくらした。

 まずは釘の先端に流した聖なる力で傷ついた皮膚を再生する。すると釘は押し出されて上に上がってくる。とっかかりができるとそれを引き抜いていけばいい。

 しかしそれも慎重にしないとエルフの体を必要以上に傷つけてしまう。

 ようやく釘を指で掴めるくらいに浮き上がらせた時、喉に異変を感じで咳き込んだ。

 ゲホゲホ……。

 こんなこと、以前なら他愛もないことだったのに。

 しかし、ここでやめるわけにもいかず、そのまま聖なる力を注ぎながら釘を引いた。

「ぐうう……」

 ゲホッ……ゲホッ……。

 ああ、やっぱり、頭がグワングワンする。

 カラン……。

 そうして釘をやっと抜いたと同時に私は意識を手放した。



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