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脱出

 部屋を出るその日、朝から神殿長が私に祝福を授けにきてくれた。

「フィーネ……あなたの魂が幸せに導かれますように」

 実情を知ると『なるほど、もう死ぬから魂が導かれるように、か』と思ってしまう。神殿長は私が星見の塔に療養に向かうと信じていると思っているだろう。

 優し気な笑顔にもう素直に微笑みを返すことはできなかった。


「大聖女様、薬湯をどうぞ」

 ララから薬湯を受け取って飲む。世話係の三人と今日でお別れになるのは辛かった。

 最後に三人が私を星見の塔の下まで送ってくれることになっていた。

「では、私たちがご案内いたします」

「ええ。しっかりと支えてやってください。塔に着いたら衛兵がフィーネを背負って運んでくれるよう手配してありますから」

「はい」

 てきぱきと神殿長の話を聞いて私の荷物をララたちが用意してくれていた。

「神殿長様、大聖女様に最後にお庭を見せてあげながら移動してもいいですか? ちょうど綺麗に花が咲いていますので」

「ええ、ええ。そうしてあげて。よかったわね、フィーネ。では、また塔で落ち着いたら訪ねるわね」

「ありがとうございます」

 神殿長はそう言って部屋を出て行った。私はルルに手伝ってもらって服を着替えた。

「あれ? こんなドレスは初めてね。塔に行くからかしら」

 いつもと違う衣装に聞いてみるとルルが涙を浮かべていた。

「どうか、幸せになってください」

 あれ……モモが私の服を着ている……。

 な……に?

 急激な眠気に私は意識を手放した。


 ***


「ん……」

 チャプ……チャプ……。

 目が覚めた時、耳には水の音が届いていた。

 見上げれば空に丸い月がある。


「ここは?」

 体を起こすとギシリ、と音が鳴る。どうやら私は小舟にのせられて布をたくさんかけられているようだった。

 ゆっくりと体を起こすと遠くの方に神殿と王宮が見えた。

「ど、どういうことなの……」

 自分の身に何が起こったのかわからなくて混乱する。すると私の手には手紙が握らされていた。


 大聖女様……いいえ、フィーネ様。

 勝手に王宮から脱出させるようなことをして申し訳ありません。

 ですが私たちはフィーネ様がこのまま無実の罪を背負い、斬首されるなど耐えられ

 そうにありませんでした。

 あなたは私たちの憧れであり、大切な家族です。

 あなたが私たちを愛してくれたように、私たちもあなたを愛しているのです。

 どうか、気持ち穏やかにお過ごしください。

 みんなで集めた金品と安全だと思われる住処の地図を用意しました。

 上手く行けば小舟の着く先から遠くないはずです。

 ララ、ルル、モモ、ライラ、エル、ミン……


「こんなことして、どうするつもりなの……」

 ぽたりぽたりと涙が落ちて手紙の文字がにじんでしまう。手紙の最後に書かれた名前はジェシカを除いた聖女全員の名前。

 私のことを救おうと聖女たちがきっと考えてこうしたのだろうとわかった。


 私の大切な家族。

 大切な姉妹たち。


 足元に用意された鞄の中には薬湯の元がどっさりと、手作りのクッキー、そして硬貨と聖女が唯一身に着けている宝石であるピアスがたくさん入っていた。

 きっとみんなでお金になるものを集めたのだろう。

「バカなことをして」

 神殿長や王家に私を逃がしたことがバレたら、ただではすまないだろう。けれど、みんなの気持ちが今は心に沁みた。

 いつの間にか小舟は岸にたどり着いて動かなくなっていた。

「少しだけ、自由を楽しませてもらうわね」

 ゆっくりと私は体を持ち上げて、岸へと這い上がった。

 私に遠くに見える王宮に戻れるだけの体力なんてない。

「まったく、よく考えてあるものだわ」

 悪戯が成功した彼女たちの顔が目に浮かぶようだった。

 絶妙な重さの鞄を持ちながら、私は地図に書かれた小道を歩き出した。

 ホーホーと鳥の声が聞こえる。

 体力のない私が休み休み歩いても進む距離はしれている。

 ハアハア、と息を切らしていると小道の先に明かりが一つ見えた。

 ああ……。

 申し訳ないけれどもう見つかってしまったわよ。

 心の中で姉妹たちに謝りながら私は観念した。逃げる体力も気力もないのだから。

 諦めて立っていると明かりは大きくなって、それがランタンであることが分かった。

「フィーネ様ですか? もうこんなところまでいらしていたのですね。湖まで迎えにいきましたのに」

「え?」

「覚えておられますか? 大聖女様に息子の命を救ってもらった者です」

 フードを外したその男は以前私が治癒した子供の父親だった。


「ここは私の亡くなった祖父の教会で今は誰も住んでいません。気兼ねなくお使いください」

 そう言って出会ってからすぐ私をおぶった男は私を清潔なベッドの上に下ろしてくれた。

 まさか、ここまで手配されていたとは驚きだった。

「あの……ありがとうございます」

「私の名はダイズといいます。どうぞ、気が済むまでここで療養してください。どんなものでも私で手に入れられるものならなんでも手に入れます」

「ええと……」

「あの日、フィーネ様に治癒して貰わなければ息子は死んでいました。私は全財産、いえ、この命すらあなたに渡しても足りないくらいの感謝をしています。妻もその心は同じです」

「偶然助けることができたのは神の思し召しでしょう。それはあなた方の日ごろの行いだと思います。匿っていただけて感謝いたしますが、あなた方家族の不利益が生じるならいつでも私を差し出してください」

「……」

 私のためになんでもしそうなダイズに焦ってそう言うと、彼は黙って私に頭を深く下げた。とりあえずはベッドで寝かせてもらえるのがありがたい。

「明日からは妻のサリーが顔を出します」

 そう言ってダイズは去っていった。どうやら本気で私をここで療養させてくれるようだ。

 初めて寝転ぶベッドなのに、木の匂いが心地よかった。

 私を歓迎するかのような枕からするお日様の匂い。

「今は素直に受け取ろう」

 私を逃した聖女たちは気がかりだったが、眠ることにした。


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