大聖女の最期の仕事2
「フィーネ……二人だけで話させて」
次の日神殿長は一人できて、また人払いをした。
私は目の前の神殿長をじっと見つめた。
小さなころから母だと慕って暮らしてきた。
それは他の聖女も同じだ。
同時に神の言葉が聞ける唯一の超越者として尊敬していた。
けれど今は心の奥にあった小さな疑問が少しずつ大きくなって、素直に目の前の人物に心を砕くことができない。
「塔で暮らすのがそんなに嫌なの?」
「いえ……そうではなくて、過去の神託を私が下ろしたことになっていると聞いたのです」
「ああ、そのこと……それは、少しでもあなたの名を残しておきたくて」
「え?」
神殿長は皺を深くしてぎゅっと目をつぶった。そうして決心したように私に語った。
「実はあなたの体はもう一年も持たないの。この間の呪いを解いたせいね。だから田舎にはやれないわ。移動に体力がもたないから」
その言葉にヒュッと思わず息を吸った。
自分の体がボロボロなのはわかっていたが、そんなに余命僅かだなんて。
「医者の見立てよ。本当に助けてあげれなくて申し訳なく思っています。けれど私たちはあなたのために毎日祈るわ。だから奇跡を信じて塔で過ごして欲しいの。きっと思いは神に届くから……」
「私が助かるために祈りが届くよう塔に?」
「そうよ。可愛い我が娘」
「……」
衝撃的なことを聞かされて、私はそれ以上考えることができなかった。
まさか、そんな。
でも真実味がある。現に咳をすれば血が混じり、食欲もない。
体調は良くならないし、腕も足も棒のように細くなってきた。
このまま、私は死を待つしかないのか。
そんなことで頭がいっぱいになり、不安になって私は神殿長の腕の中で泣いた。
「ああ、あああああっ」
神殿長は私の頭を優しく撫で、『心配しなくていいのよ、フィーネ』と繰り返していた。
話は済んだと神殿長が部屋を出ると心配したララが駆け寄ってきた。
「大聖女様、神殿長はなんと? 神託を大聖女様だと公表したのはどうしてだったのですか?」
「あ、ああ……それは神殿長が私の名を残したいと」
ポロリと涙が頬に伝わった。私の様子にララも困惑していた。
「大聖女様?」
「私の命は一年持たないんですって。だからもう大人しく塔で最期の時間を過ごします」
「え、そ、そんなっ」
そこへ転がり込むようにルルとモモが部屋に入ってきた。
「騒々しい! 埃がたつでしょ!」
「ララ、そんなことより、私たち大変なことを聞いてしまったの」
「そんなことって……」
「レリア国の条件の一つは大聖女様の首を引き渡すことなの!」
「え?」
「なに言っているの?」
「本当なんです。宰相様が言っているのをたまたま聞いてしまったんです。レリア国がロッド国との平和条約を結ぶ条件に出してきたのは『行方不明のエルフを無傷で返すことと、戦争の元凶となった大聖女の首を差し出すこと』だと言っていました」
「戦争の元凶? どうして……」
二人の話を聞いて、絶望感が押し寄せてくる。
「余命少ない私に戦争の罪を擦り付けて、その首を差し出すってことなの……」
私に名を残したいと納得させて塔に閉じ込めて……。
「余命ってなに? ララ、大聖女様はなにを言ってるの?」
「先ほどまで神殿長がいらっしゃっていて、その、大聖女様はあと一年の命だと……」
それが、ロッド国を守る一番の方法だというのだろうか。
「私、もう耐えられません。ロッド国と民のためにずっと尽くしてきた大聖女様がどうして下ろしてもいない神託で起きた戦争の罪を背負うのですか?」
「私も、今回のことは神殿長を信じることができません」
「大聖女様はいつも戦争に反対してらしたというのに」
三人が私のために涙を流すのを見て、私の心が急にすとんと落ち着いた。
このままでは国民の不満が神殿に向けられる。
『隣人を幸せにすることを愛と知り。人に尽くし、愛を与えよ』
神殿の聖女たちとこの国の民を守る為なら、もうすぐ絶えるこの命などレリア国にあげてしまえばいい。
「私の首でロッド国が平和になるのね」
ララの頭を撫でると激しく首を振られてしまう。
「ララ?」
「逃げましょう、大聖女様。例え残り僅かな命でも……いえ、だからこそ、最期は心穏やかに過ごされるべきです!」
「そうです! こないだ田舎で静かに過ごしたいとおっしゃっていたではありませんか!」
ルルとモモがそう私に訴えた。それでも私は首を横に振った。
「このままだとレリア国はロッド国に制裁を加えるでしょう。そうしたら神殿の聖女たちもただでは済まないかもしれません」
「私たちはずっと大聖女様に守られてきました。神殿長が無理を言うときも、王家から急な要請があるときも……いつも。辛い治癒行為を耐えてこれたのは大聖女様のおかげです」
「それは私が大聖女だったからよ」
それからも三人からは逃げるよう懇願されたが曖昧に笑った。
こうやって、私のことを思ってくれている人が居るだけで十分だ。
そう思って星見の塔に行くことを決意した。
首を切られるのは怖いが、私の命でこの子たちが救えるならといいと思ったのだ。
そうして私はアーノルドに婚約破棄され、戦争の発端となった神託を下ろした悪い大聖女として星見の塔に斬首されるまで幽閉されることになった。(神殿長は私には『療養』と言っていたけれど)
私の気持ちを汲んでくれたのかあれからララたちはなにも言わなかった。