第8話 5月1日 妹の千照(ちあき)とyoutuber(1)
制服の乾燥が終わり、俺は着替えて高橋邸から帰ることにした。
午後六時過ぎ。日が長くなっているとはいえ、もう薄暗い。
「じゃあね高橋さん。また明日、学校で」
「う、うん……あ、あの……」
「ん? あ、そういえばクロのことお父さんに言わないとね」
「ううううう。そうでした……。でも、頑張ります」
高橋さんは、「むん」と言いながら両手拳を握りしめて気合いを入れる。
「そうそう。その調子。じゃあ、高橋さん、バイバイ」
「あっ……う、うん……ばい……ばい」
高橋さん、なんかしょんぼりしてる? まあ、これから父親との対決だ。気が重くなるのも当然か。
俺は濡れて重くなった鞄を持ち、家に向かって歩き始めた。
☆☆☆☆☆☆
「ただいまー」
「あーお兄ちゃん遅いぃ!」
妹の千照が、リビングのドアから顔だけ出して俺を非難する。彼女はキャミソールにパーカーを羽織っている。おそらく、いつも通り下はパンツ一枚だろう。
「ごめんごめん、ちょっと友達の家に寄ってたら遅くなった」
「ふうーん? 朝も遅かったし何か怪しくない?」
「ないない」
俺はとぼけて千照の横を通り過ぎる。そしてリビングを抜けて自分の部屋に向かおうとした。
「お兄ちゃん? ちょっと待って」
「ん?」
呼び止められたから振り向くと、千照が胸元にかぶりつくように寄ってくる。ピタッとくっついて俺の首元に鼻を寄せた。
「ちょっ、何さ?」
「くんくん」
そして匂いを嗅ぐ仕草をする。くすぐったいので止めて欲しいのだが、なぜか妹は離してくれない。
こんなに近いのに、中学生らしい(?)胸の膨らみが俺の腹に触れているのに、高橋さんと違ってまーったくドキドキしない。
もちろん、俺の身体も反応しない。ラフに羽織ったパーカーから胸元が見えるのにガン見しようとも思わない。
生足で寝転がったらパンツも見えるのだろうけど、見ても何も感じない。
一方、これが高橋さんだったらと……想像するだけでやばいのに、凄い差だ。
とはいえ、妹が嫌いだとか可愛くないかというと、そうでもない。普通に可愛いとは思うし。
学校では何度も男子から告白を受けるらしい。
千照は男子が皆子供っぽいと言って断っている。俺から見れば、千照も普通の中学生なのだが。
舐めるようにしてしっかりと俺の匂い嗅いだ千照。彼女は気付いたことを問い詰めるように言った。
「んー、やっぱりうちのと違うボディーソープの匂いがする。シャンプーも! お兄ちゃん、どこかお風呂入ったでしょ?」
「あーえーっと……うん」
言い訳を思いつかず、俺はついそう答えてしまった。それを聞いた途端、千照の目がキラリと光る。
「ほう……もしかしてヒナちゃんと一緒に入ったの?」
千照は幼馴染みのヒナと顔見知りで、よく一緒に遊んでいた。最近は俺とヒナとの関係を気にして遠慮していたが、二人はよく連絡を取り合っているようだ。
「もしかして……ヤッた? したの……?」
「千照、お前さぁ、どこでそんなこと覚えてくるんだ?」
ううーん。中二の千照の方が、高橋さんよりよっぽど知識がありそうだな。
「いいじゃん。ね? それでヒナちゃんとやったの?」
「やってねー!! ヒナじゃないし! ……あっ」
「エー浮気じゃん! ダメじゃん!」
「浮気って、ヒナとは付き合ってないし」
この先、ヒナと付き合っても二股かけられて須藤先輩に寝取られるだけなんだよな。そう思うと、告白をどうするかが問題だ。
告白しない方が……いいのか?
「まだ告白してないの? 早く告白すればいいのに。絶対OKなのになぁ……お兄ちゃん、ざぁーこ♡」
……また変なこと覚えてきやがったな。
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