第52話 5月6日 決戦の日(8)
注意:後書きに雪野さんのイメージイラストがあります
せっかく時間がまき戻ったのだし、もちろん雪野さんの誘いを受ける手もある。その上で、明日起きることを心がければ良いんだけど。
もう一度、その、なんか……雪野さんの初めてを奪うって……。すごい罪悪感を抱きそうな気がする。
もちろん彼女のことは嫌いじゃないけど、ヒナや優理ほどしたしいわけじゃないし、棚ぼたみたいな感じでしちゃうって——。
もしするのであれば、全部が終わった後考えるべきだろう。
もっとも、その頃には雪野さんの気持ちは変わっているかもしれないけど、それは仕方ないことだ。
それにしちゃったら、流石に節操なさ過ぎだろ俺の下半身。
「うん、帰るよ。雪野さんは魅力的だよ。今こういう状況じゃなかったら……流されていたと思う」
「……そ、そっか」
一瞬間が空き、雪野さんは急に顔を真っ赤に染めた。見ると、耳の先まで赤い。
「どうしたの?」
「う……ううん。今、頭に、たつやと私がそういうことしてる想像しちゃって……」
「えっ?」
「あっ、違うの、違わないけど……朝まで……何回も——いや、もう!」
そう言って雪野さんは俺に背を向けて、両手で顔を覆った。
「あー、恥ずかしい……私、変になっちゃったのかな」
もしかして、俺が見た未来を雪野さんも見たのか?
恥ずかしがる雪野さんが初々しくてかわいい。
雪野さん初めてだったわけだし、軽い気持ちでそういう関係にならない方がいいだろう。っていうか昨日の俺もどうかしていたのだと思う。
「ふう」
俺は一息つき、気分を落ち着かせる。
優理のあの切羽詰まった声が頭から離れない。声から想像すると、クロが危険な目に遭うようだ。
俺と一緒に過ごしたせいで、雪野さんが約束をすっぽしたことが原因だろう。
そういえば、猫をいじめる奴がいると優理が言っていたし、何か事件に巻き込まれたのかもしれない。
「じゃあ、俺は帰るね。明日優理と遊ぶんだよね? すっぽかさないようにね。じゃあ、お邪魔しました」
「う、うん。ば、ばいばい——また、来てね」
そういって足をもじもじさせている雪野さんを置いて俺は部屋を出たのだった。
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明日の朝、念のため雪野さんと優理に連絡をして、二人でクロも一緒に遊ぶように伝えておこう。
理由を聞かれるかもしれないけど、なりふり構っていられない。
などと思いつつ自宅に戻る。
「ただいまぁ」
「おかえり、お兄ちゃん。どこ行ってたの?」
家に帰ると妹の千照が出迎えてくれた。気のせいか、少し元気がないように見える。
「ああ、ちょっとな。千照、なんか疲れているのか? 大丈夫か?」
「そう? 普通だよ——くんくん」
千照は抱きつき身体の臭いを嗅いできた。
その細い身体が俺にまとわりつく。細いながらも柔らかい。
ふと、雪野さんを思い出す。彼女もスポーツをしていて、身体が細くしまっているのに、柔らかかったな。
もっとも、千照の場合はスポーツと言うより、まだ中学生らしい体つきと言った方がいいのだろうけど。
ダメだ。どうしても、さっきの余韻から煩悩が抑えきれない。
「お、おい」
「んー? 普通?」
顔を俺の胸にくっつけたまま話すので、こそばゆい。
もし雪野さんとしてたら、別の匂いがしただろう。危ない危ない。
「あっ……お兄ちゃん?」
「ん?」
「その……なんか固いのが私のお腹にあたってるよ?」
やばい! 雪野さんのことを思い出したのが悪かったのか、無意識に反応してしまったらしい。
妹になにやってんだ。最悪だ。急いで離れよう。
しかし、遅かったようで、顔を上げた千照は顔を赤くしていた。
「今まで全然こんなことなかったのに」
「すまん千照。今のは忘れてくれ」
「えっ……別に気にしなくていいよっ」
そうは言うものの……千照は心なしか口元を緩め嬉しそうにしていた。
元気が戻ったみたいだけど、いいのかそれで?
俺は煩悩を振り払うように頭を振った。
★★★★★
5月7日(日)
朝、起きるとすぐに俺は優理と雪野さんにメッセージを送る。
『おはよ! たつや』
『おはようございます。たつやさん』
二人は元気に即レスを付けてくれた。無事に二人で優理の家で遊ぶようだ。
クロと優理のこと気をつけてとメッセージを送る。
これで一旦大丈夫だろう。
手を打っておけば、きっと対処ができる。
しかし、あの不吉な映像が頭から離れない。
俺は、念のため優理の家に向かうことにした。
「行ってきます」
きっと、雪野さんと一緒にいるのだろうが、用心に越したことはない。
もっとも——雪野さんとどういう顔をして会ったらいいのかわからないが、そんなことは言ってられないだろう。




