第50話 5月6日 決戦の日(6)
雪野さんの家はやや大きいマンションの一室だった。
「お邪魔します」
「いらっしゃい、たつや」
「あれ? 誰もいないの?」
「うん。妹がいるんだけど、両親と一緒に親戚のところに行ったんだ。私は部活があるから行かなかったけど」
俺はそのまま雪野さんの部屋に案内された。部屋は綺麗に整頓されていて、いかにも女子らしい部屋だ。ぬいぐるみとかもあるし……壁に貼ってあるポスターはバスケの選手だろうか。
雪野さんとは優理と一緒に少し話をしたくらい。それだけの関係なのに部屋まで来てしまった。ちょっと落ち着かないな。
とはいえ、雪野さんがコミュニケーションお化けなのでグイグイ距離を詰めてくる。しかも、それに嫌味がないためすぐ仲良くなれそうだ。
雪野さんはポニーテールという髪型に、家ではタンクトップ一枚とジャージというかなりラフなカッコだ。
胸のボリュームもそこそこあるように見える。そんな雪野さんは正面に座ると思いきや、俺の隣に座った。
ふわっとヒナとも優理とも違う雪野さんの香りが漂ってきて鼻をくすぐる。でも、俺はそれどころではない。
「それで、詳しく聞かせて欲しいんだけど」
「あ、う、うんそうだったね。どこから話そうか……」
ざっくりと話を聞く。
——ゴールデンウイークの直前に、女子バスケ部の部室で不審な鞄がロッカーの上に発見されたらしい。
鞄にはカメラが仕掛けられていた。チャックの隙間からレンズが出ていたようおだ。
カメラは録画状態でセットされており、発見した時は既にメディアの容量不足で止まっていたようだ。
内容を確認すると、着替えをしている所が映っているものの、角度が悪く顔は映っていなかったとのこと。
ただ、下着姿の生徒が映り込んでいたため、盗撮目的であると推測できる。
「そんなの、警察に届けるべきじゃない?」
「うーん、そうなんだけどね」
顧問に相談したところ、ゴールデンウイーク開けに教師間でどうするか検討するらしい。
「なんか色々あるんだって」
「なるほどね。結局、犯人は不明なんだ」
「うん。私も誰が盗撮したのか気になってて。それでね、ゴールデンウイークに入ってから私の下着姿が出回っている、回収を手伝うって【花咲ゆたか】から連絡が来たの」
ところが、今現在はそのDMが確認出来ないという。
アカウントが消滅したためだ。
「怪しいと思って返事をしていなかったんだ。でも不安で……相談する人もいないし」
そう言って雪野さんは俺に寄りかかるようにして体を近づけてきた。伝わってくる体温を熱く感じた。雪野さんは上目遣いになって俺を見つめる。
妙に顔が近いし、それにタンクトップの隙間から見えてはいけないものが見えたような。
俺は頭を切り替える。そうだ、雪野さんは盗撮に心を痛めている。
自分が盗撮されていたら怖いよな。ましてや、それが異性だったら尚更のこと。
「そうなんだ。とりあえず今は、盗撮やそういう怪しいDMに用心するしかないかも。もし本当に【花咲ゆたか】からのDMなら、炎上してるから一旦大丈夫かもしれないけど……ヤケになって自爆しに来る可能性もあるかもしれない」
「うん、そうだね。……ね、ねえ、たつや……」
そう言って、雪野さんは俺の首元に顔を寄せた。唇が肌に触れ、ぞわっとした感覚が身体に伝う。
「その、今日、うちに泊まっていってくれないかな? それで、抱き締めて欲しい」
「えっ?」
「ダメ……? たつやがよければ、私は……いいよ。私を……私だけを守って欲しい」
そういって下腹部をさすってくる雪野さん。陽キャってこういうノリ? いや、関係ないか。
潤んだ瞳で見つめてくる雪野さんに、俺は断固として答える。
「——ごめん」
「え……?」
俺は下腹部にあった雪野さんの手を握って、彼女の膝に戻した。
「俺は、みんなを守るつもりでいる。雪野さんだけじゃなくて」
「みんな?」
「優理に、ヒナに、妹の千照、それにもちろん雪野さんも」
「……!」
雪野さんは目をまん丸に広げて俺を見る。
「えーー。そ、そっかぁ。そうなんだ。私だけのために動いたりしないってこと?」
「うん、そうだよ?」
がっかりされただろうか? でもしょうがないよね。
須藤先輩や花咲ゆたかは俺の敵だ。雪野さんにどう思われようと俺はアイツらの思い通りにはさせないつもりでいる。
そして、みんなを守るんだ。
「そっか、すごいね。予想を超えることを言う男の子だったんだなーって思った。ごめんね? ちょっと試したんだ」
「うん?」
「本当のところはね、さっき私を受け入れるような人だったら、優理に合わないと思ってたんだ。もしそうだったら、そのまま離れて貰おうと思ってて。でも、きっぱりと断ってくれた。それだけ優理のこと大切にしてくれてるのが分かったし、全員守るっていうのカッコいいね」
優理のことは大切にしたいと思っているけど、雪野さんが感じている思いと同じなのだろうか?
でもまあ、認められるのは嬉しいな。
「ま、まあね。俺は欲張りなのかも」
俺がちょっと照れて言うと、雪野さんは少しだけ笑う。
「カッコいいけど、でも体は反応してたよね?」
「うっ。でも、それはしょうがなくない? 雪野さんに迫られたら誰だってそうなるでしょ?」
「そうかな? えへへ。でもそう言ってもらえると嬉しいかなぁ……あーあ。もっと早く話して、たつやと仲良くなっていたら、私にもチャンスあったのかなぁ?」
そう言って雪野さんは大げさに溜息をつく。ポニーテールが大きく揺れていた。
これは演技ではなさそうだけど……?
「えっとどういうこと?」
「そのままの意味だよ。そっか。それだけ強い気持ちがあるのならしょうがないね。落ち着いたらさ、優理のことよろしくね。もしも泣かせたら……その時はぶん殴るけど」
「あ、えーと。精進します」
「ふふっ精進て。ホント面白いね、たつやって」
それから少しだけ、雪野さんと他愛ない話をした。
盗撮のことは一旦、顧問の先生に任せることと、しばらくは周囲に気をつけること、そして何か変わったことがあれば連絡して貰うことにした。
「たつや、優理には盗撮のことは、はっきりしてから言おうと思う。だから、話を合わせておいてね」
「分かった。じゃあ、そろそろ帰るね」
「…………うん……ねえ、本当に何もせずに帰るの?」
雪野さんの瞳が揺れていた。雪野さんが放った言葉の真意が分からない。
俺のこと、からかっているってことはないと思う。とはいえ、色んな人に言っているとも思えないけど。
まさか、まだ俺を誘っている?
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