第48話 5月6日 決戦の日(4)
微笑み、俺を見つめる優理。俺が深く考えすぎなのかな。
でもなあ……ヒナのこともあるし。ラブホに行ったとか今朝ヒナの家に泊まってたとか知ったらドン引きじゃないのか?
これは避けられない問題だな。
「でもさ、俺は——」
俺は「やっぱり、会うのはできるだけ控えようかと思う」と口に出そうとした瞬間……。
ニャア!
突然怒るようなクロの鳴き声が聞こえた。同時に、世界が歪むような気配を一瞬感じる。
ふと、頭の中に——何者かに襲われ泣き叫ぶ優理の映像が浮かび、俺は戦慄した。
……もしかして、ここでそう言うべきで無いのか? この感じは覚えがある。ヒナの誘いを断り、時間がまき戻った時と似ている。
「どうかしましたか? 顔色が悪いです」
「い、いや、大丈夫」
俺は、さっき言おうとしたを飲み込む。
「そっか……じゃあ、これからもよろしくってことでいいかな?」
「はい! よろしくお願いします!」
確かに、まだ須藤先輩の姿がちらつく今、優理と距離を取るのは得策ではないのだろう。
俺はもう優理の不幸を見て見ぬ振りをすることはできない。
彼女の内面に触れ、応援したいと思うくらいには親しみを感じている。
優理と、ヒナ、そして千照……みんなが不幸にならないのであれば、俺の気持ちは後回しで良い気がしてきた。
誰か一人を選べと言われたら……俺は——。
もともと、俺はそんなに人間が出来ていない。嫌な目に遭ったからといって、復讐を考えた上、実行に移すようなそんな人間なのだ。
だったら、もう開き直って悪者になっても良いのだろう。
複数の女の子と親しくしても、彼女らが不幸にならなければ。
もし間違った選択をしそうなときは、時間がまき戻のだろう。
やっぱり、クロ、お前が何かしているの?
そう思いクロに視線を向けたが、知らんふりをして去っていった。
「そういえば、優理って何か教えて欲しいって言ってたけど、具体的に何のこと?」
話題を変えるため、気になっていたことを聞くことにした。
「……えっとですね。その……」
急に歯切れが悪くなる優理。どうしたんだろう? しばらくもじもじした後、意を決したように俺に言う。
「あの、手を握って……いただいて……その……」
消え入りそうな声でつぶやく優理だが、後半はほとんど聞こえなかった。
手をつないで欲しいと聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか?
教えて欲しいって……何をって感じだけど、そんなに気に入ったのかな? 変な声出していたような……。
「うん。いいよ」
俺は手を差し出す。すると隣に座り、そっと触れてくきた。優理の手のひらの感触を感じる。
人前だと恥ずかしくてハードルが高いけど二人きりなら気にならない。
「やっぱり、たつやさんの手って温かいです。その、さっきみたいにしていいですか?」
「うん」
優理はおずおずと細い指を俺の指と指の間に滑らせる。恋人繋ぎだ。
女の子の手ってこんなに柔らかいんだなあとぼんやり思う。
「ありがとうございます……」
戸惑いながらも、その手の感覚に浸る優理の顔はとても可愛くてドキッとする。
俺は意地悪をするように、指を動かし、マッサージするように優理の指を弄ぶ。
「んっ……」
さっきと違い、声を漏らすことに我慢をしないようだ。
うっとりとした表情で、俺に身を任せる優理。
もの凄い背徳感があるけど、俺はそれを楽しむことにした。
「優理、声が出てるよ?」
「……はい……どうしてでしょう?」
「気持ちいいからかな」
「そうですね……あっ……んっ」
手を繋いで、触れているだけでこんなに反応する優理。敏感なのかもしれないな。よく見ると、足をもじもじとしているし、恐らく——。
俺は手を動かすのを止めた。
「ふーっ……ふーっ」
優理は少しだけ、優理の呼吸が速くなり汗をかいている。甘い女の子の香りがした。
「どう? 気持ちよかった?」
「はい……。何て言ったら良いか分からないけど……ドキドキして……あっ……その……ちょっとお待ちください」
そう言って、何かに気付いたような様子で優理は部屋を出て行った。多分、下着を替えに行ったのだろう。
彼女にとって、手を握るだけでも刺激が強すぎたかもしれない。大切にしないといけないな。
部屋に取り残された俺とクロ。
撫でていると、クロは俺の膝から離れ部屋から出て行く。
「本当の黒幕は……お前なのか? クロ」
もちろん、クロは俺の疑問に答えることもなく、ただ単にニャンと鳴いただけだった。
それから少しして戻って来た優理と話す。
明日はどうするかという話になった。優理は、明日は朝から同じクラスの友達、雪野さんと遊ぶらしい。
あの、ポニーテールの陽キャ女子だな。
彼女も優理のことを心配している一人だ。
午後は空いていると言うことなので、その後は今日作った動画がどうなるか見届けると共に、今後、【花咲ゆたか】に対してどうするか、二人で決めようとなった。
優理が積極的に絡んでこようとするウチは、妙な距離を取るのをやめて、積極的に関わって貰おうと俺は考え方を改めることにしたのだった。
「今日、楽しかったよ。優理」
「はい。私も、とても楽しかったです。明日でゴールデンウイークも終わりですね」
「うん。あっという間だなぁ」
「あっという間でしたね」
そんな他愛もない話をして、俺たちは解散したのだった。
そうしている間にも、順調に今日投稿した動画が拡散され……そして大手アカウントに取り上げられていた。
たまたま帰り際開いた時、【花咲ゆたか】の暴露動画の再生数がリロードする度に増えていくという状態になっており、俺は少しだけ興奮してきたのだった。
さっそく、優理に連絡する。
念のため、関連動画を彼女にもチェックしてもらうことにした。
優理自身にも積極的に関わって貰おう。チェックする目は多いほど良い。
何かあれば、すぐに俺に連絡するように強く念を押した。
須藤先輩がいる限り、まだ油断は出来ないが、まずは一勝と考えてもいいんじゃないか?
もっとも、燃え広がっているのが分かるだけで、【花咲ゆたか】がどうなっているのかは分からないのだが。
でもまあ、これだけ燃えていれば、それなりの制裁はうけることになりそうだ。
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