第44話 5月6日 決戦の日(2)
俺はスマホを構え、【花咲ゆたか】を撮影しようとする。しかし、片手だとちょっとつらいな。
「優理、手を離すよ」
「えっ……そ、その……気持ちいい……のでもうちょっと……」
思わず俺は吹き出しそうになった。いくら気持ちいいからって、優理よ……ここにきた理由を後回しにしてはいけません。
っていうか優理、もしかしてそういう快感にはまっちゃうタイプなの?
それとも、もしかして俺がそういう風に育てているのだろうか? まさかね。
「手を離すのダメ?」
「あっ、いいえ。だ、大丈夫です」
俺が促したことで、優理も目的を思い出したようだ。
「優理も、念のため撮影して貰えると嬉しい。遠いからちょっと大変だと思うけど」
「はい、やってみますね」
遠いからとズームしようとするとぶれが激しい。動画としてもかなり見づらいものになってしまう。
編集時に補正はかけられるけどできるだけ綺麗に撮影したい。
俺はメッセージに返事をする。もちろん優理の監修入りだ。
『私は少し海側に来ています。もうちょっとこっちに向かって来て下さい。お待ちしていますね』
すると、【花咲ゆたか】は立ち止まり、周囲とこちらを見渡すような仕草をした。
『んー。そうか、こっちの姿が見えないと分からないし疑われることもあるな。優理、何かいい案ないかな』
優理は撮影しながら俺の質問に答える。なかなか器用だ。
『そうですね……。待ち合わせの相手が見えないのは……確かに不安になりますね』
『もう少し近づくと鮮明に映ると思うから、できればもう少しこっちに来て欲しいのだけど』
意外と盲点だった。少し【花咲ゆたか】を甘く見ていたようだ。
ここで急に慎重になるとは。今までは、声も聞かずにここまでノコノコ来たくせに。
『まだでしょうか? あっ、見えました! 来て下さったのですね。嬉しいです』
これでどうだ? 返信すると、ゆっくりとこっちに向かってくる。
警戒心が上がっているようだけど……。
『まだ真白ちゃんが見えないよ……本当に来ているの?』
うーむ。疑いを隠さなくなったな。
俺がどうしようかと考えていると、優理が口を開く。
「私が、見えるところに行くのはどうでしょう?」
「優理が? それは危険すぎないか? 顔がばれたら反撃があるかもしれない」
「でもこのままでは……疑われているのなら晴らした方がいいと思います」
なるほど一理あるが、顔バレは避けたいところだ。
俺はおもむろに上着を脱ぎ始めた。びっくりしたのか、優理は顔を両手で覆い見ないような仕草をする。
「きゃっ……たつやさん、どうされたんですか?」
パーカーの下はタンクトップ一枚で裸というわけではない。なのに視線を感じる。
見ると、顔を覆った指の隙間から俺の姿をガン見している。前もこんなことあったな……優理。
「このパーカーを上から羽織って、フードで髪と顔を隠そう。とりあえず目と鼻を隠せば行けるんじゃないか?」
「そうですね、たつやさん。やってみます」
んしょ、んしょと俺のパーカーを服の上から羽織る優理。細いだけに普通にパーカーを着れた。
華奢だし、なんといっても女の子の身体のラインが分かる。
俺には真似が出来ないことだ。来てもらって良かったのではあるが——。
「たつやさんの香りがします……」
「臭かったらごめん。でも、白いパーカーで目立つしいいかも」
俺は優理の正面に回り、フード部分を調整する。うん、いい感じだ。パーカーは男物だが優理が着ると身体のラインでどう見ても女の子だ。スカートを履いていれば完璧だったが、まあしょうがない。
口元は見える。でも、これくらいなら大丈夫だろう。
「ま、前が見づらいです」
「う……難しいか? この橋桁の陰から出て、手を振るくらいでいいと思う」
「分かりました。頑張ります」
そういって、ぎゅっと拳を握り気合いを入れる優理。
メッセージでも連絡する。
『じゃあ、ちょっと前に出てみますね。手を振りますので、それが私です』
優理が相手から見えるところに移動し、そして手を振った。
方向もドンピシャだ。優理、勘がいい。
『ああ、真白ちゃん……実物の方がスタイルがいいね! すっごく楽しみになってきた。急いでそっちに行くよ』
よし。
俺は優理に戻って良いよと伝える。すると優理はこっちに向か追うとして……転んだ。
河川敷の草があるところだったので、怪我はないようだ。びっくりしたのか一瞬動きが止まったものの、すぐに立ち上がり帰ってくる優理。
「はあっ……はあっ、うまくできましたか?」
「うん。完璧だ。ほら、こっちに向かって走ってきている」
俺は指さした方向にスマホのカメラを向けながら優理に説明する。
優理も撮影を始めた。
距離が近づいたため、顔がはっきりと写っている。
撮影は十分だろう。
「さて、そろそろ逃げるか」
「はい!」
俺たちはもともと予定していた逃走経路から逃げる。
手を繋ぎ、優理を引っ張るようにして俺は走る。
「あっ楽しい……!」
優理が笑っている。
俺も、思わず口元が緩んだ。色々あったが、作戦自体はうまくいき目的を達成できたのだ。
優理が手を振った場所まで【花咲ゆたか】が来たときには、俺たちは無事河川敷から住宅街へと逃げおおせたのだった。
そして、俺のスマホに対する通知が止まらなくなった。
当然のように、真白アカウントには【花咲ゆたか】アカウントから大量の鬼のようなDMが送りつけられたのだ。
すぐに諦められない辺り、一瞬見た優理の姿が諦められず、こんな形で逃げられたことを悔しく感じたのだろう。
『真白ちゃん……さっきここにいたはずなのにどこに行ったの?』
『ねえ。返事してくれないかな? じゃないと有名vtuberとか紹介できなくなるよ』
『今日、色々教えてあげるって約束したのに。どこにいるの? 返事して!』
『30分待ったよ……いったいどこにいるの? 返事は?』
『どうして? こういうことすると訴えられるよ?』
『1時間待ったよ。怒らないから。出ておいで?』
『2時間待った。全部嘘だったの?』
『3時間待った。風邪引きそう』
『バーカ。ぶーす。市ね』
俺と優理の取った動画を確認する。
若干荒いところもあるけど、十分に顔が確認出来る。
あとは例のキモいメッセージと共に動画編集をして、公開。
次に、こういう炎上動画を扱っているアカウントに送りつけて、火が付くのを待てばいい。
須藤先輩との関係はまだつかめないが、いろいろと情報が出てくるだろう。
「たつやさん、これから動画編集ですか?」
「うん。早速作って、拡散しようと思う」
ここまで言うと、未だにパーカーを返してくれない優理が、提案してきた。
「じゃあ、あの……私の家で作業しませんか? お昼ご飯まだですし」
「いいのかな? 昨日も作って貰ったし、悪いよ」
「遠慮だったら不要です! 私も協力したいので……それに……」
「それに?」
「その……色々教えて欲しいです」
何をだろう? 動画のことかな?
うつむいてもじもじするようなことなのだろうか?
「うん。俺の教えられることなら何でも教えてあげるよ。じゃあ、優理の家に行こうかな」
「はい!」
あと残るは、仕上げだけ。
【花咲ゆたか】震えて眠れ……!
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