表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/52

第44話 5月6日 決戦の日(2)

 俺はスマホを構え、【花咲ゆたか】を撮影しようとする。しかし、片手だとちょっとつらいな。


「優理、手を離すよ」

「えっ……そ、その……気持ちいい……のでもうちょっと……」


 思わず俺は吹き出しそうになった。いくら気持ちいいからって、優理よ……ここにきた理由を後回しにしてはいけません。

 っていうか優理、もしかしてそういう快感にはまっちゃうタイプなの?

 それとも、もしかして俺がそういう風に育てているのだろうか? まさかね。


「手を離すのダメ?」

「あっ、いいえ。だ、大丈夫です」


 俺が促したことで、優理も目的を思い出したようだ。


「優理も、念のため撮影して貰えると嬉しい。遠いからちょっと大変だと思うけど」

「はい、やってみますね」


 遠いからとズームしようとするとぶれが激しい。動画としてもかなり見づらいものになってしまう。

 編集時に補正はかけられるけどできるだけ綺麗に撮影したい。


 俺はメッセージに返事をする。もちろん優理の監修入りだ。


『私は少し海側に来ています。もうちょっとこっちに向かって来て下さい。お待ちしていますね』


 すると、【花咲ゆたか】は立ち止まり、周囲とこちらを見渡すような仕草をした。


『んー。そうか、こっちの姿が見えないと分からないし疑われることもあるな。優理、何かいい案ないかな』


 優理は撮影しながら俺の質問に答える。なかなか器用だ。


『そうですね……。待ち合わせの相手が見えないのは……確かに不安になりますね』

『もう少し近づくと鮮明に映ると思うから、できればもう少しこっちに来て欲しいのだけど』


 意外と盲点だった。少し【花咲ゆたか】を甘く見ていたようだ。

 ここで急に慎重になるとは。今までは、声も聞かずにここまでノコノコ来たくせに。


『まだでしょうか? あっ、見えました! 来て下さったのですね。嬉しいです』


 これでどうだ? 返信すると、ゆっくりとこっちに向かってくる。

 警戒心が上がっているようだけど……。


『まだ真白ちゃんが見えないよ……本当に来ているの?』


 うーむ。疑いを隠さなくなったな。

 俺がどうしようかと考えていると、優理が口を開く。


「私が、見えるところに行くのはどうでしょう?」

「優理が? それは危険すぎないか? 顔がばれたら反撃があるかもしれない」

「でもこのままでは……疑われているのなら晴らした方がいいと思います」


 なるほど一理あるが、顔バレは避けたいところだ。

 俺はおもむろに上着を脱ぎ始めた。びっくりしたのか、優理は顔を両手で覆い見ないような仕草をする。


「きゃっ……たつやさん、どうされたんですか?」


 パーカーの下はタンクトップ一枚で裸というわけではない。なのに視線を感じる。

 見ると、顔を覆った指の隙間から俺の姿をガン見している。前もこんなことあったな……優理。


「このパーカーを上から羽織って、フードで髪と顔を隠そう。とりあえず目と鼻を隠せば行けるんじゃないか?」

「そうですね、たつやさん。やってみます」


 んしょ、んしょと俺のパーカーを服の上から羽織る優理。細いだけに普通にパーカーを着れた。

 華奢だし、なんといっても女の子の身体のラインが分かる。

 俺には真似が出来ないことだ。来てもらって良かったのではあるが——。


「たつやさんの香りがします……」

「臭かったらごめん。でも、白いパーカーで目立つしいいかも」


 俺は優理の正面に回り、フード部分を調整する。うん、いい感じだ。パーカーは男物だが優理が着ると身体のラインでどう見ても女の子だ。スカートを履いていれば完璧だったが、まあしょうがない。

 口元は見える。でも、これくらいなら大丈夫だろう。


「ま、前が見づらいです」

「う……難しいか? この橋桁の陰から出て、手を振るくらいでいいと思う」

「分かりました。頑張ります」


 そういって、ぎゅっと拳を握り気合いを入れる優理。

 メッセージでも連絡する。


『じゃあ、ちょっと前に出てみますね。手を振りますので、それが私です』


 優理が相手から見えるところに移動し、そして手を振った。

 方向もドンピシャだ。優理、勘がいい。


『ああ、真白ちゃん……実物の方がスタイルがいいね! すっごく楽しみになってきた。急いでそっちに行くよ』


 よし。

 俺は優理に戻って良いよと伝える。すると優理はこっちに向か追うとして……転んだ。

 河川敷の草があるところだったので、怪我はないようだ。びっくりしたのか一瞬動きが止まったものの、すぐに立ち上がり帰ってくる優理。


「はあっ……はあっ、うまくできましたか?」

「うん。完璧だ。ほら、こっちに向かって走ってきている」


 俺は指さした方向にスマホのカメラを向けながら優理に説明する。

 優理も撮影を始めた。


 距離が近づいたため、顔がはっきりと写っている。

 撮影は十分だろう。


「さて、そろそろ逃げるか」

「はい!」


 俺たちはもともと予定していた逃走経路から逃げる。

 手を繋ぎ、優理を引っ張るようにして俺は走る。


「あっ楽しい……!」


 優理が笑っている。

 俺も、思わず口元が緩んだ。色々あったが、作戦自体はうまくいき目的を達成できたのだ。


 優理が手を振った場所まで【花咲ゆたか】が来たときには、俺たちは無事河川敷から住宅街へと逃げおおせたのだった。


 そして、俺のスマホに対する通知が止まらなくなった。

 当然のように、真白アカウントには【花咲ゆたか】アカウントから大量の鬼のようなDMが送りつけられたのだ。

 すぐに諦められない辺り、一瞬見た優理の姿が諦められず、こんな形で逃げられたことを悔しく感じたのだろう。


『真白ちゃん……さっきここにいたはずなのにどこに行ったの?』

『ねえ。返事してくれないかな? じゃないと有名vtuberとか紹介できなくなるよ』

『今日、色々教えてあげるって約束したのに。どこにいるの? 返事して!』

『30分待ったよ……いったいどこにいるの? 返事は?』

『どうして? こういうことすると訴えられるよ?』

『1時間待ったよ。怒らないから。出ておいで?』

『2時間待った。全部嘘だったの?』

『3時間待った。風邪引きそう』

『バーカ。ぶーす。市ね』


 俺と優理の取った動画を確認する。

 若干荒いところもあるけど、十分に顔が確認出来る。

 あとは例のキモいメッセージと共に動画編集をして、公開。

 次に、こういう炎上動画を扱っているアカウントに送りつけて、火が付くのを待てばいい。


 須藤先輩との関係はまだつかめないが、いろいろと情報が出てくるだろう。


「たつやさん、これから動画編集ですか?」

「うん。早速作って、拡散しようと思う」


 ここまで言うと、未だにパーカーを返してくれない優理が、提案してきた。


「じゃあ、あの……私の家で作業しませんか? お昼ご飯まだですし」

「いいのかな? 昨日も作って貰ったし、悪いよ」

「遠慮だったら不要です! 私も協力したいので……それに……」

「それに?」

「その……色々教えて欲しいです」


 何をだろう? 動画のことかな?

 うつむいてもじもじするようなことなのだろうか?


「うん。俺の教えられることなら何でも教えてあげるよ。じゃあ、優理の家に行こうかな」

「はい!」


 あと残るは、仕上げだけ。

 【花咲ゆたか】震えて眠れ……!



お読みいただき、本当にありがとうございます!


【作者からのお願い】


「面白かった!」「続きが気になる!」など思いましたら、


★★★★★評価やいいね、ブックマークで応援をいただけると、とても嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ