第42話 5月5日 対決(9)〜決戦前夜
俺は布団の敷かれたヒナの部屋に寝ることになった。なんでだよ……。
嫌では決してない。子供の頃、同じ部屋で寝たことはあったし。
でも俺たちはもう子供じゃないんだよ。
さすがにヒナはベッドで、俺は床に敷かれた布団だけれども。
いやそれでも十分おかしいだろ。なんで同じ部屋で一緒に寝ること前提なんだ。
「タツヤ、明日は用事があるの?」
電気を消したヒナがベッドに寝そべりながら聞いてくる。
「うん。朝から色々とね」
「そっか。忙しそうだね」
「まあね。だから、早く起きて朝のうちに家に戻りたい。ヒナは何してるの?」
「私は千照ちゃんと遊ぶよ」
「仲よいなあ」
ヒナはヒナの友達と遊ぶことも多いようだけど、そうじゃないときはウチの妹、千照としょっちゅう遊んでいる。
「だって、千照ちゃんめっちゃ可愛いんだよ。ああ、私にも千照ちゃんみたいな妹いないかなあ」
「お父さんとお母さんにお願いしたら?」
「それは……なんかイヤ」
そういうものなのか? とはいえ、分からないこともない。
「俺よりヒナの方が千照と仲が良いような気がするんだよな」
「そうかなあ? 千照ちゃんもタツヤと仲が良いって言うか、タツヤのこと好きだと思うよ?」
「いやいやいや。千照のやつ、俺を道具か何かとしか思ってないんじゃないのか?」
俺は以前、俺の身体を使って気持ちよくなっていた千照の姿を思い出す。
「そんなことないよ。いつもタツヤの話してるし。大好きなんだと思う」
もしかしてヒナの弱みではなく、千照の弱みでヒナは須藤先輩にいいようにされたのか?
確かに俺の行動によって、千照は例のyoutuberから被害を受けていない。
「ヒナ、千照の様子も気にかけて貰えると嬉しい。どうも、千照の方からは何かあっても、相談されないような気がする。距離があるというか」
「好きな人だからこそ、言えないことってあると思うよ?」
「そういうものなのかな……どうすればいいと思う?」
「うーん」
ヒナはベッドを出て俺の布団に侵入してきた。
「私がタツヤに何でも言えるのは、多分最後までしたからだと思う。だから、千照ちゃんとも——」
「おい! ダメだろ! 兄妹だぞ? それにヒナは俺が他の人としたらイヤだろ」
「うーん?」
ヒナはそう言って俺の身体に足を絡めた。柔らかな感触と甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
そして更に距離を詰めて、顔を俺の顔に近づけて言う。
「千照ちゃんいい子だし、よく知ってるし。してもタツヤを取られる感じがしないし、タツヤを束縛したいって思わないからそんなにピンとこないかな。どっちかっていうと兄妹でするっていう方が気になるかも」
そんなものなのか?
どさくさに紛れて、すごく近いところまでやってきたヒナ。俺が襲われそうだ。
「ねえ、タツヤ——我慢してる?」
俺からは指一本触れないようにしている様子に気付いたのか、ヒナが聞いてくる。
「うん。そりゃ、ヒナとしたくないわけじゃないけど——付き合ってもないのにって考えるといけないような気がする」
「タツヤは優しいね。それ私のことを気遣ってるんだよね。でもね、それは優しさとはちょっと違うと思う」
ヒナがドキッとするようなことを言った。
確かに俺は、してしまうことでヒナが傷つくとか、そういうことも気にしている。
一方で、俺自身が罪悪感を抱いたり、後悔することも気にしている。
俺はヒナの身体に手を回して引き剥がそうと考えた。
その瞬間、ぞわっと背筋に悪寒が走る。この感覚は時間がまき戻る感覚? なのか?
今、ヒナを——拒否したらダメ、なのか?
「……ど、どうだろう?」
「あのね、女の子の方からしてっていうの、勇気がいるんだよ?」
そういって顔を近づけてくるヒナ。吐息がかかるほど近くなる。キスしてしまえるほどに距離が縮まった。
そして、彼女は言ったのだ。
「だからね、我慢しなくていいよ……何も考えないで。男の子がしたいことだけをして……今日は私を好きにしていいよ」
甘い誘惑。ごちゃごちゃ考えてしまう俺の思考を全て停止させるような、優しい声と温かい感触。
巻き戻りの予感に、俺に抵抗する気力はもうなかった。
頭を空っぽになった俺に、ヒナはゆっくりと唇と身体を重ねてきたのだった——。
★★★★★
5月6日(土曜日)
「ああ……」
翌朝目覚めると、ヒナは裸で俺に抱きついて眠っていた。俺も裸だ。
結局、頭が真っ白になって、何度も溜まっていたものをヒナの中に放ってしまい、そのまま眠ってしまったようだ。
流されてしまった感がある。
ヒナから迫ってこなければしなかった自信はある。
あんなのは反則だ。ああいう状況で、突き放せる男なんかいるか?
ヒナの幸せそうな寝顔を眺める。
すると、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、と目覚ましが鳴った。
午前7時。休みにこんな時間にセットしたのは、俺が用事があると言ったからだろうか。
などと考えていると、ヒナが目を覚ました。目をこすりながら寝ぼけ眼でこっちを見てくる。
「おはよう」
「おはよ、タツヤ……ありがとね」
そう言って無邪気に微笑むヒナ。昨日の行為については何も言わず、ただ感謝の言葉だけを述べた。
ヒナがこんな調子なのだ。俺がぐだぐだ言うのは無しにしよう。
「タツヤ、用事があるって言ってたよね。朝ご飯食べても間に合う?」
11時待ち合わせだ。あと4時間もある。朝食を食べて家に帰って着替えて出かけても十分だろう。
「うん。間に合うから頂こうかな」
「そっか、よかった。じゃあ準備しちゃうね」
そういうと布団から出て着替え始めるヒナ。俺も着替え始める……けど……。
互いの裸を見るよりもっと恥ずかしいことをしたはずなのに、お互い顔を真っ赤にし、背を向けて着替えたのだった。
そして朝食を食べ、俺はヒナの家を出る。
「ヒナ。そろそろ帰るよ」
「そうだね。タツヤ朝帰りだね」
ニヤニヤして笑うヒナ。
朝帰りと言っても、当然親には電話していて許可を貰っている。しかも馴染みのヒナの家。
まあ、俺は男だ。女の子より心配はされにくいのだろう。
「うん、そうだな。なんか色々懐かしかった。今日はヒナは千照と遊ぶんだよな。何か気になったら教えて欲しい」
「分かった。私は大丈夫だよ、タツヤ。頑張ってね」
「え?」
頑張って。俺は、今日何をするかまではヒナに話してはいない。
なのに『頑張って』?
「ふふっ。もう私ね、タツヤのこと考えてる事が分かるんだ。今日、大切なことがあるんでしょ? だからね、夜のことは……私からの応援の意味もあったの」
「応援?」
「あんまり考えすぎないようにねって。タツヤね、すごくガチガチだったよ? 気付いてた?」
え? そうだったのか?
「いや全然」
「緊張してたのかな? 今はね、タツヤはすごく落ち着いて、スッキリとした顔をしてる。いい顔……カッコいいよ」
「そ、そうか?」
もし昨日の夜、ヒナを拒否していたら俺は……今日失敗していたのか?
だから、時間がまき戻る気配を感じた?
「うん! だからね……勝ってね、必ず! ううん、勝てるよ!」
そう言って、ヒナはその大きな胸の前で拳を握った。
夜のことはガチガチに固まった俺をリラックスさせる目的だった、ということだろうか。
だったら、今日のことは絶対勝たないとな。ヒナがしてくれたこと、無駄にしないように。
「じゃあね、タツヤ、ばいばい」
「ばいばい」
そう言って俺たちは別れる。
どんな関係になっても変わらない、いつもの俺たちだ。
★★★★★
家に戻り着替え、そして優理との待ち合わせ場所に向かう。
今日は【花咲ゆたか】を撃破する。
千照を狙う不届き者だ。ひょっとしたら須藤先輩との繋がりもあるかもしれない。
一網打尽に出来れば最高だ。
「たつやさん! おはようございます」
「おはよう、優理」
午前11時。先に待ち合わせ場所に来ていた優理と合流する。
今日が、決戦の日だ。
++++++作者からのお願い++++++
いろいろな経緯があり、そしていよいよ決戦です。
目が離せませんね。
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