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第37話 5月5日 対決(5)

「もう、お父さん! たつやさんにそんな失礼な——」

「どうかね、西峰君?」


 俺は、息を整え答えた。


「どこまでも何も、キスも、それ以上のことも何もしていません」


 まあ、一緒に風呂に入ったのがバレたら、海の底か土の中だな。とても言えない。


「ほぅ、では手を繋いだり抱き合ったりもしていないということか?」

「手は繋いだことはあります。抱き合ったりはありません」


 もっとも、優理から抱きつかれて抱き返したことはあるけど、そういうことを言っているわけではないだろう。と、俺は都合よく考えることにした。

 あとは、優理が話を合わせてくれれば完璧だ。


「ふむ。優理、西峰君の言っていることは正しいのか?」

「はい。たつやさんの言っていることは正しいです」

「そうか。まあ嘘は言っておらんようだな」


 よし。なんとか誤魔化せたようだ。このまま、お父さんにはここを出ていただくか、俺が帰ればこの危機を脱出できる。

 と、思ったのも束の間。


「だけど一緒におふ——」


 優理がお風呂に——と正直に言いかけたのを察した俺は、慌ててその声に上書きする。


「オフ、つまり休日も御一緒させて頂くことがあります」


 き、厳しいか……? 俺はもしかしたら海に沈むのか?

 優理ぃぃぃぃ。頼むっ! 俺は優理に視線で語った。


「そ、そうです。オフの日もこうして黒猫のクロちゃんのことで相談に乗って頂いているのです」


 よし。なんとかミスをカバーできた、か?

 このおっさん、もとい優理のお父さんは、もの凄く仕事ができそうな感じだ。

 だけど、優理のことになるとダメなになるようだ。たぶんIQが5になっている。きっと大丈夫だろう。


「フン、そうか。私はまだその猫を見ていないのだが、たかだか猫のことで手を煩わせることもない。もう、西峰君にはお帰りいただいていいだろう」


 たかだか、猫。俺はカチンときた。


「猫は繊細です。優理さんもそうです。過保護にしておいて、いきなり放りだして具合が悪くなったらどうするんです?」

「たかだか高校生が私に説教か」

「あなたのおかげで、優理は……とてもつらい目に遭——」


 俺は言葉を飲み込む。

 タイムリープ前の状況——最後に見た優理は今の艶やかな髪の毛や肌の輝きが失われ、憔悴しきった状態だった。

 俺の想像ではあるけど、須藤先輩と付き合い、処女を奪われ弄ばれ、捨てられた。彼女なりに、あの男を好きになろうと努力したのかもしれない。尽くそうとしたのかもしれない。人を疑わず、悪い奴につけ込まれた優理。

 ボロボロになった優理の姿を思い出し、俺はズキッと心が痛んだ。


 しかし、それを知っているのは俺だけだ。

 何年も一緒にいたヒナでさえ、身体を重ね心を通じさせてようやく俺の言葉を信じたのだ。

 優理のお父さんが、初対面の俺の言う突拍子なことを信じるはずがない。


 だったら。


「なんだ? 言いたいことがあるのなら言いたまえ」

「極端なんですよ。優理さんを散々束縛しておきながら、急にケアもせずに放任して——忙しいのは分かりますが、もし……俺が悪い奴だったらどうするのです? 今頃、身も心もボロボロになっていたかもしれませんよ?」

「ぐッ……」


 もしかしたら、自覚があったのだろうか。

 優理やお母さんに指摘されたのかもしれないな。意外と、話が通じるのかもしれない。


「人の親になったことがない高校生が何を偉そうに。じゃあ、聞くが……君はその『悪い奴』でもなく、私ができなかったケアとやらをできるというのか?」

「はい」


 あっ。自信満々に答えてしまった。でもそうするしかない。


「ふむ。確かに……君が()()()()奴だったらさっきの質問に対する答えは違っていただろうな」


 優理のお父さんが発する声が柔らかいものになった。

 よし。もしかしたら、これは……危機を抜けられたのか……?


 にゃーん。


 そう思っているところに、開けられたままだったドアからクロが入ってきた。

 その姿を見て、優理のお父さんの表情が変わる。


「こ、これがクロ——な、なんと可愛らしい姿よ」


 さっきまでの威厳のある姿はどこへやら。デレデレになって、だらしない顔をしている。

 な、なんだこれ?

 優理はその父の姿を見て、顔を左右に振り溜息をついた。


「お父さん、いつも遅いから。やっとだよ。クロ、こっちが私のお父さん」


 クロは優理からそう言われて、威厳を失った単なる猫好きのおっさんの方を見た。

 おっさんは緩くなった口元を隠さず、クロを手招きする。猫好きなのか、クロに魅入られたのか?


「クロちゃーん。この家の主ですよぉ。こっちにいらっしゃい」


 …………。

 俺がさっきまで話していた怖い人はいったいどこに行ったのだろう?

 デレデレになったおっさんは、両手を向けてクロの受け入れ態勢を取った。


 しかし、クロはぷいと横を向きスルー。とてとてと歩いてきて俺の膝に乗り、にゃあおんと気持ちよさそうに鳴いた。

 俺は嬉しくなり、クロを撫でてやる。


「なっ……。ど、どうして?」


 猫好きのおっさんは愕然とした表情を示し、しょぼんと肩を落とす。

 敵が弱ったのを見て、今だ、と俺は追い打ちをかける。

 ——敵を叩く時は、徹底的に最大の攻撃力で攻める事。そう誰かが言ってたっけ。


「そりゃあ、『たかだか猫』と言ったのを聞いていたんじゃないですか?」

「うっ」


 いいダメージが入ったので俺は畳みかける。


「クロを見つけた優理や俺の敵に見えるからじゃないですか? クロは、あなたを見下し、そして相手をしてもらう資格無しの烙印を押したのです」

「くっ……」


 敗北を感じたようで、おっさんは両手で頭を抱えた。

 俺を上目づかいに見上げる。


「に、西峰君……。今後も家に来ても良いから——」


 口ごもるお父さん。

 恐らく、そこからの言葉はプライドを捨てる必要があるのだろう。

 もっとも、単なる猫好きおっさんとなった人に、プライドなどないのだろうけど。


「優理のことはともかく、この家に来ることは、ゆ、許そう」


 それって必然的に優理と接する時間が長くなるわけだけど、既にIQが3になっているので矛盾に気付かないようだ。


「だから、その……可愛いクロちゃんを……抱かせてくれないか……仲良くする方法を教えてくれないか? 頼む、この通りだ」


 おっさんはプライドを捨てたらしい。



【作者からのお願い】


この小説を読んで


「おっさん……」


「続きが気になる!」


「このおっさんはどうなるの!?」


と少しでも思ったら、ブックマークや、↓の★★★★★を押して応援してもらえると嬉しいです!


まだ★評価されてない方も、評価で応援して頂けると嬉しいです。

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