第3話 5月1日 高橋優理(ゆり)と猫とお風呂(2)
「西峰君! 大丈夫?」
まったく大丈夫じゃないけど、なんとか川の浅瀬に立ち上がることができた。
全身が水で濡れている。にもかかわらず高橋さんが駆け寄ってきて、岸の上から白い華奢な手を俺に差し出す。その動作に一切の躊躇がなかった。
とても綺麗な手で、ずぶ濡れた俺が触れるのに気が引ける。
「俺、濡れて汚れてるよ?」
「とにかく、つかまってください!」
手を取れ、という強い圧を感じた。俺は申し訳なく思いながら、高橋さんの手を握り岸に上がる。
高橋さんの手が濡れる。でも、それを気にしない様子で俺の顔を高そうなハンカチで拭い始めた。
「わ! そんなのいいって」
「だって……私のせいで、西峰君びしょ濡れになって……怪我をしてたかもしれないのに」
高橋さんは瞳に涙を浮かべていた。
俺のことを気遣ってくれてるのか。優しいんだな。
抱きつくようにして俺の顔を拭っているため、顔が近い。その端整な顔立ちと、柔らかな身体の体温にドキドキした。
近すぎるため、ブラウスが濡れて水色のブラが薄く透けて見えるのに気づき、慌てて視線を外す。で、でも……結構大きいんだな……着痩せするのだろうか。
さて、記憶の中では、確かに高橋さんは川に落下し怪我を負ったという噂だった。幸い、俺はどこも怪我をしていない。
「俺が勝手に勘違いしちゃっただけかも」
「勘違いですか?」
高橋さんは黒猫を追いかけた結果川に落ちたのだ。
彼氏のことで悩んでいたワケでは無かった。それは俺の勘違いだったわけだ。
そうと分かればもっとやりようはあったろう。川に落ちたのは俺の自業自得で、少なくとも高橋さんのせいじゃない。
「い、いや、なんでもない……ハッ、はっっくしゅ!」
悪寒が身体に走りくしゃみが出る。初夏とはいえ川の水は冷たかった。ずぶ濡れの服も重い。これは風邪を引くかもしれないなと思った。
俺は濡れた鞄を手に取り肩にかける。こりゃ中の教科書はずぶ濡れだろうな……。
「じゃあね、高橋さん、また学校でね。橋の欄干にはもう上らないでね」
そう言って帰ろうとすると、ぶんぶんと顔を横に振って高橋さんが言った。
「西峰君。私の家ここから近いから、お風呂入っていってください、お願いです。服も乾かさないと風邪引いちゃいます」
え? つきあってもいない同級生の女の子の家に行くとかハードル高いんですけど!?
とも思ったけど、
「ハックション! や、やっぱり……お願いします」
俺は寒さに耐えきれず、高橋さんの家にお邪魔することにする。
そうだ、この子は須藤先輩の彼女になる。復讐をするのならハードルとか言ってられない。
俺の隣にいる高橋さんも少し濡れていて寒そうに見える。
そんな俺たちを見て、黒猫がにゃあと満足げに鳴いていた。
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