第15話 5月3日 デートと敵の存在(2)
「お前のミスじゃないか?」
「いや、お前だろ!」
いい争いが始まり、男はスマホを地面に叩きつけた。
ガシャン! とガラスが割れたような音がする。
騒然とする店内。しかし、俺は涼しい顔で優理の可愛い寝顔を見つめていた。
ってか、騒音でも起きないんだな。
「おい、スマホ……」
「ああっ……クソっ! せっかく見つけた上玉だったのに、邪魔しやがって!」
「モノに当たるなって」
「はあ? お前なあ? ここまでどれだけ苦労してるって思ってるんだ!?」
あーあ。相当キレてるなあ。
ざまーみろとしか思わない。昨日千照と話ができてよかった。
もし、それをせずにあのまま送っていたら? タイムリープ前は、あそこが映った自撮り写真で脅されていたんじゃないのか?
呼び出されて一晩中乱暴され、トラウマになって引きこもりになったのだとしたら?
妹の引きこもりの原因をもしかして潰せたのかもしれない。
まだ油断はできないから監視はするとしても、ちょっといい気分だ。
そろそろ、優理を起こしてこの店を出ようか。俺は優理の肩に手をかけ、揺らした。
「優理、優理?」
「ふにゃ……たつやさん……クロちゃ…んっ…そんなとこ舐めない……で」
どんな夢を見ているんだ?
「優理?」
「あ……んんっ……たつやさん……あっ……」
吐息が漏れている。うーん、これって。
すると、ふわあとあくびを飲み込んで、優理が目を開けた。
「優理、おはよう」
「………………。お、おはようございま、す」
ぱっと目を開き、周囲を見渡す優理。
くるくると表情が変わって、どこを切り取っても可愛いし見ていて飽きない。
「優理、そろそろお店を出ようか?」
「あっ、私、眠って……? は、はい」
目を覚ました優理と歩き出す。
「あれ? たつやさん、とても嬉しそうです。何か良いことありましたか?」
「心配事の一つが片付いたかもしれない、かな」
「……えーっと……? ……そうなんですね! よかった」
優理とそんなことを話しながら店を出た。
後ろでは、さっきの男二人が言い争いを続けている。
俺は心の中で「大切な妹を思い通りにさせないぞ」と改めて心に誓うのだった。
★★★★★
「じゃあ、ここは私が支払います」
「ありがとう。ごちそうさまでした」
俺は遠慮無く甘えることにした。ここで意地を張っても仕方ない。
会計を済ませて外に出る。まだ昼過ぎで、モールに差し込む太陽の光はまだ高い位置から降り注ぐ。
「これから優理の家に行く?」
「そうですねっ。クロちゃんも喜ぶと思います」
「クロはお留守番できるの?」
「出来るみたいです。でも、いつの間にか家から出ているみたいで……どうやって出入りしているのか分からないのですが」
クロ、なんか不思議なんだよな。優理を助けて川に落ちたとき、意味ありげに鳴いていたし。
そんな話をしながらモールから出ようとしたところ、
「あっ」
思わず俺は声を上げる。見覚えのある姿が前からこっちに歩いてくる。
妹の千照だ。そして隣にいるのは——。
「あっ! お兄ちゃん!」
隠れる間もなく見つかってしまった。千照もここに来ていたのか。
まあ、田舎だと遊ぶ場所があまりないからこういうことがある。
「この人が高橋優理さんだね。めちゃくちゃ可愛い……お兄ちゃんやるなぁ」
「あの、えと、こちらはたつやさんの妹さん?」
「うん、妹の千照。それと——」
流れとはいえ、後から千照に追いついてきたヒナを優理に紹介する。
「こっちは俺の幼馴染みのヒナ——園田陽菜美。で、こっちは高橋優理さん」
すると、千照の猛攻が始まった。
「いつもお兄ちゃんがお世話になっています」
「い、いえ、お世話なんて……私の方がいつもご迷惑をおかけしていて、お世話になりっぱなしです」
「そうなの? いつもお兄ちゃん家ではぼーっとしているので意外」
「たつやさん、色々考えているから……とても頼りがいがあって、私は尊敬しています」
「お兄ちゃんを? そうなんだ。見る目あるね」
千照と優理の間で俺の話に花が咲く。二人とも楽しそうだけど、恥ずかしいのでやめて欲しい。
取り残された俺に、ヒナが話しかけてくる。
「タツヤさぁ、ここに来てたんだね。……へえ、確かにめっちゃ可愛いね。高橋さんって、タツヤの友達なの?」
ヒナ。タイムリープ前のあの日、俺に唐突に別れを告げ須藤先輩に寝取られた元彼女。
いや。この時点ではつきあってないから未来の彼女ってことになるのか?
いや、俺は……彼女と付き合うべきなのか……?