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最終話 アンダンテな恋をして

「どうしてそこでアドリブを入れるんですかッ!?」

「その方が面白いだろ? ほら、さっさと合わせて」

「もう! どこまでも勝手なんですからッ!」


 教会に怒声と旋律が響き渡る。

 シトリーとルーカスは隣に並び、オルガンを連弾(れんだん)していた。楽しそうに鍵盤を叩くルーカスと、それを睨みながらも何とか演奏を合わせるシトリー。

 一曲目を弾き終えたところで、シトリーの冷たい視線が突き刺さる。


「ずいぶんと自分勝手ですね」

「いや、合わせてくれるのが嬉しくてさ」

「合わせてあげてるんじゃなくて、無理矢理やらされてるだけです」

「でもやってくれるだろ?」


 まっすぐな視線を向けられ、シトリーは思わずたじろぐ。

 屈託のない笑みから視線を背ける。


(まったく……これじゃ怒れないじゃないですか)


「シトリー? 怒った?」

「怒ってません」

「怒ってるだろ?」

「怒ってません!」


 言いながらシトリーは鍵盤に指を乗せた。

 弾き始めるのは誰でも知っている有名な小夜曲(セレナーデ)。しかし、曲調にアレンジを加えている。

 スローテンポで始まりながらもところどころに跳ねるような動きを加え、楽しげな雰囲気を滲ませる。

 挑発するような視線を向ければルーカスも応じるように曲へと参加する。


「生意気ですね」

「この程度どうってことねーな」


 意地悪のつもりでどんどん曲調を変化させるも、難なくルーカスは対応する。


(む、むかつきます……!)


 曲のバランスが崩れるほどに強引なアレンジを加えるが、ルーカスがそれをフォローして曲の形にしていく。

 教会の中が騒がしくも楽しげな音楽に満たされる。


「シトリー」

「何です?」

「好きだ」

「知ってます」

「知ってるよりさらに好きだ」

「それも知ってます」


 オルガンに集中しながらそっけなく返答するが、見るまでもなくルーカスの表情には見当がついていた。


「何で笑ってるんですか」

「シトリーが可愛いから」


 返答に困ってさらに曲を変化させていく。

 楽しげに合わせ、自身ですら想像していなかった方向へと曲を変えていくルーカスに、何となく安心感を覚える自分がいた。


「あなたは」

「ん?」

「何でもありません」

「何だよ」

「何でもないですって。最後は盛り上げますよ」

「よし、激しく(アジタート)だな」

「それは盛り上げすぎです!」

「そのくらいの方が楽しいって」


 ルーカスに引きずられる形で大きく膨らんだメロディが空気を震わせ、教会の外にまで音楽が響き渡る。


(歩くような速度でしか変われない私を、待っていてくれるでしょうか)


 今はまだきちんと伝える勇気はないけれど。

 いつか、きっと。

 あなたの気持ちに追いついてみせます。

 だから。


「待っていてくださいね」


 囁くようにシトリーが口にした言葉は、音楽とともに溶け消えた。



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