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第05話 シトリーの想い

 ルーカスとの出会いは、14歳の頃だった。

 『女王の切り札(トランプ)』として働くのに必要な表の顔として貴族の侍女を選んだシトリーは、エルネストに仕えることになった。一般募集を受けただけだったので王族の侍女になるのは予想外だったが、権力中枢の近くにいられるのであれば情報も集まりやすい。

 文句はなかった。


「一目ぼれしました! 結婚してください!」

「お断りします。名前も知らない方と結婚する気はありません」

「ルーカスって言います! あの、あなたのお名前はーー」

「教えません。名前も知らずに結婚とか正気ですか?」


 エルネストの世話役に絡まれた、という認識だった。

 団員たちがからかうためにルーカスをけしかけたのか、そうでなければ冷やかしだと思ったのだ。

 怒ろうが嫌われようが興味はなかったので適当にあしらったが、何故かルーカスは諦めなかった。


「まずはお互いを知るためにお付き合いしませんか!?」


 結婚よりはハードルが下がったが、交際だって全く知らない相手とすることではない。貴族ならばそういうこともあるだろうが、少なくともシトリーは貴族ではないのだから。 


「これ、通りの花屋でーー」

「もし良かったら今度のお祭りに……」

「友達が劇団で働いてるんだ! 手に入りにくいチケットをーー」


 ルーカスは止まらなかった。

 どれほど邪険に扱おうと、ハッキリとした態度で拒絶しようと、まっすぐにシトリーを見つめるのだ。


(仔犬じゃないんですから……なんでそんな嬉しそうに私を見つめられるんですか)


 もしも立場が逆なら、顔も見たくないと思われても仕方ない言動を取っていたのに、それでも折れないルーカス。


「あの」

「おおおお声掛けてもらった! ついに名前を教えてくれるつもりに!?」

「なってません。……というかエルネスト様に訊ねれば私の名前くらいは確かめられるでしょう。馬鹿なんですか?」


 思わず悪態を添えてしまったが、ルーカスは気にする風でもない。


「俺は君に聞いた。君は断った。ってことは俺に名前を呼ばれたくないってことだろ? 誰かに聞いたとしても、君が名前を許してくれるまでは呼ぶつもりはない」

「一生かかるかも知れませんよ?」

「なら一生聞き続ける」


 あまりにも真剣な表情に、ルーカスの本気が伝わる。


「……シトリーです」

「は? え? もしかして、君の名前!?」

「訊ねてきたのはあなたでしょう。それ以外にあると思いますか?」


 憎まれ口を返すが、ルーカスは飛び跳ねて喜ぶばかりだ。子供のような仕草にどう接するか迷っていると、喜色満面の彼が手を差し伸べた。


「それでは改めてシトリー嬢。俺と交際をーー」

「お断りします」

「何で!?」

「名前を教えたことと交際をするかどうかは別の問題です。……そもそも、私は誰かと交際なんてできません」


 『女王の切り札(トランプ)』とはそういうものだ。

 国のために生き、国のために死ぬ。

 その中には婚姻や出産すらも含まれている。


(普通の生まれだったら……なんて、無意味ですね)


 主である慈愛の女王(クイーンオブハート)は冷血な人間ではない。しかし、他国の王城にまでするりと入れる諜報能力の持ち主を放っておくわけにもいかない。


(私から情報が洩れれば、『女王の切り札(トランプ)』どころか陛下の活動にも支障が出る)


 今まで知り得た情報。

 女王の性格。

 他の『女王の切り札(トランプ)』の情報。

 それらを放置しておけるほど世界は平和ではない。


「じゃあ、どうすれば付き合ってくれる?」

「どうもこうも。無理です」

「無理ってことはないだろ? エルの命令ならどうだ? 山のような金貨があったら? 俺が国を建てたら?」

「何を馬鹿なことを、」

「俺は本気だ」


 言葉に詰まる程まっすぐな視線を向けられる。


「君のためなら、どんなことでもやって見せる」

「……最低限、王族に仕えて宮廷で地位を持っている人じゃないと無理です。できれば陛下の側近ですね」


 『女王の切り札(トランプ)』の存在を知れるだけの権力、と考えればシトリーの提案はギリギリのラインだった。

 それでも下級貴族の四男妨が目指すには高すぎる目標だ。

 幼いころから特殊な教育を受けてきたならばともかく、ルーカスは騎士でしかないのだ。

 できるわけない、と思う一方で、太陽みたいに明るく、そして前向きなルーカスが眩しくもあった。


(もしも私が彼と関係を持ったら、きっと彼を傷つけてしまう)


 闇の中にどっぷりと浸かった自分に、ルーカスと付き合う資格があるとは思えなかった。


「……いまんとこ考えられるのは騎士団長くらいだな。必ず迎えに行く。待っていてくれ」

「嫌です」

「くぅ……! じゃ、じゃあせめて忘れないでいて、」

「無理ですね」

「分かった! 分かったよチクショウ! シトリーが忘れてたらもう一度名前を聞くところから始めるからな! 教えてくれるまで永遠に付きまとうからな!?」

「……騎士団長目指す人間がつきまとい(ストーカー)で騎士団のお世話になるのはどうかと思いますよ」

「おっ、心配してくれてる?」

「一般論です!」


 そんなやりとりの翌週に、ルーカスがエルネストに雇われた。


「いえーい、覚えてる? なんかエルに雇ってもらえることになった!」


 浮かれてはしゃぐルーカスを見て、思わずシトリーの眉間にしわが刻まれたのは言うまでもない。



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