第04話 再会
エルネスト率いる騎士団が王都に戻ってきたのは、それから二週間後のことだった。騎士団が成果を挙げたことを示すためにパレードが開かれ、大通りは民衆で賑わっていた。
「……見えないわね……」
「この時期は祭日もありませんし、民からすればお祭り騒ぎをする良い口実ですから」
ソフィアはシトリーにお願いしてパレードが見える宿屋を取ってもらっていた。一室だけこっそりのつもりがシトリーの手配で宿そのものが貸し切り状態になっていた。
警備や安全確保の問題からしょうがないとはいえ、テラスにも出ないで窓からこっそり眺めるように、なんて言われてしまったソフィアは不満を漏らす。
外は民衆でごった返し、そこかしこに屋台が出ていた。
国旗があちこちに掲げられ、人々は歓声とともに騎士団を迎え入れる。女王陛下の肝入りで補助金が出されてる屋台からは、美味しそうな匂いや湯気、そして酒の香りがしている。
「ご存じですか? 王都の劇場では『戦場の狼』に続いて新しい演目が流行り始めました」
エルネストをモデルとした歌劇『戦場の狼』はソフィアもデートで観に行ったことがある。とはいえ、別の演目に関しては知らなかったので首を横に振る。
「タイトルは『狼と精霊の姫』。王族に見染められた可憐な姫がーー」
「す、ストップ! 分かった! 何となくわかったから大丈夫!」
「お望みならチケットを入手しますよ? 若様とデートされてはいかがでしょう?」
「じ、自分がモデルの歌劇を観に行くのはちょっとキツいわ……!」
かつて自分がエルネストに強請ったことなどすっかり忘れ、ソフィアが呟く。シトリーがまっすぐ微笑むのが何となく居心地悪く、そっぽを向く。
「そんなわけで、民衆は精霊の姫を射止めた勇敢なる狼を一目でも見たいわけです」
「私も見たかったな」
「ご心配なされずとも、エルネスト様ならすぐに来ますよ。王城で陛下との謁見が終わり次第、……と」
「?」
「来ました」
「えっ!?」
どうやって察知したのか、シトリーが出入口に視線を向けるとほぼ同時、エルネストが飛び込んできた。
「ソフィアっ!」
「エルネスト様!?」
「会いたかった! ――ただいま」
抱きしめるとともにソフィアを持ち上げてくるりと回る。そのまま額や髪に優しい口付けを落とされ、思わず体の力が抜けそうになる。
久しぶりに感じる力強くも包み込むような温もりに意識まで融かされそうになるが、すんでのところで思いとどまる。
「エルネスト様、おかえりなさい! パレードを率いてるんじゃないんですか?」
「ああ。面倒だったから任せてきた」
あっけらかんと言い放った内容が信じられずに絶句する。
仮にも自らの成果を誇示するための場だ。それを面倒だから、というのはあんまりだった。
「替え玉を用意したから大丈夫だ。ソフィアに会う方が大切だ」
よくよく見れば、エルネストの頭上ではスズメの精霊が踊りを踊っていたし、両足にはそれぞれイタチの精霊とタヌキの精霊がしがみ付いている。
エルネストに抱きしめられ、身動きしにくい中で何とかそれらを退かしてやると、エルネストは黒曜石の瞳でソフィアを見つめた。
「ソフィアに会っただけで今までの陰鬱な気分も疲れも吹っ飛んだ」
「いや、精霊をーー」
「ありがとう」
もう一度額に口付けられ、反論できなくなる。
「ソフィアは俺に会いたくなかった?」
「そんなことないです」
「行動で示してほしい」
言われて、頬に口付けを返そうとしたところで再び出入口が開かれた。今度は蹴破らんばかりの勢いだ。
「エル、てめぇッ! パレードはともかく逢引より謁見が先だって言ってんだろーが!」
転がり込んできたルーカスに、冷たい視線が二つ刺さった。
一つはエルネストのもので、もう一つは控えていたシトリーだ。
「折角ソフィアから口付けして貰えそうだったんだが」
「ソフィア様が勇気を出して良い雰囲気になっていたのに!」
シトリーの剣幕とエルネストの威圧感に押されたルーカスはそのまま尻もちをつきながらも反論した。
「俺だって邪魔したくねぇよ! でも女王陛下に『エルはソフィアと逢引に行きました』なんて報告できないだろ!?」
「義母上ならそれでも大丈夫な気がするが……まぁルーカスの立場ならそうか。すまん」
エルネストは名残惜しそうにソフィアを放すと、座り込んだルーカスに手を差し伸べた。ルーカスは手を取って立ち上がると、そのままエルネストを引きずろうとする。
「行くぞ、もう時間がねぇ! このままだと陛下を待たせちまう!」
「ああ。ーーソフィア、また後で」
ひらひらと手を振ったエルネストを見送って一息ついたソフィアは、屋敷に戻ることにした。エルネストの無事を確かめるための行動だ。実際に会えたとなればもう用はなかった。
別室に控えていた御者に指示を出せば、帰り支度はあっという間だ。パレードの邪魔にならないよう、通りを選びながら屋敷に向かう。
『……ルーカス、怪我してたわね』
「えっ」
『シトリーに聞いて見なさい。おそらく気付いてたから』
言われたまま訊ねてみれば、シトリーが意外そうな顔をする。
「気付いておられたのですか」
「トトに言われたのよ」
合点がいったのか、小さく頷いたシトリーは視線を逸らした。
「倒れた時も若様に起こされたときも、不自然に庇っている部分がありました。血止めの匂いもしていましたし、おそらく背中を切られたのでしょう」
「……心配?」
シトリーの顔を覗き込めば、そこには不安に揺れる瞳があった。
「……私とルーカスのことはご存じですか?」
「さっき聞いたわ」
「馬鹿なんです、あいつ」
シトリーはぽつりと呟いた。




