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第03話 ルーカスの気持ち

「俺、実家が貧乏男爵家の四男なんで騎士になったんです」


 爵位が継げないことを理解し、騎士団に身を寄せる。何もしないでいれば成人とともに貴族から平民になってしまうので、騎士爵を得る。

 別段珍しいことでもないのでソフィアが頷く。

 あわよくば武官系の家に婿入りしたり、手柄を立てられれば叙爵されることもある。


「入団からしばらくして、身分を隠したエルも入団しました。俺は年齢も近かったんでエルの世話役になったんです。いつもすっげぇ不機嫌だし先輩だろうと上司だろうとビビらせるくらい怖い奴でしたけど、剣の才能は本物だったし、どんなに辛くても歯ァ食いしばって耐え抜くだけの根性もあって、俺はすぐ仲良くなりました」


 部下であるはずのルーカスがエルネストに気安い理由が分かったソフィアはこくりと頷く。本当ならば騎士団時代のエルネストについてもっと聞きたいところだが、さすがにルーカスの話を放り出して尋ねることもできないので口は開かない。


「そんで、しばらくしてエルの侍女として働いてたシトリーと出会いました。凛とした佇まいに、騎士ですら物怖じするようなエルのオーラにも動じない姿。……一目ぼれしました」


 思わぬ告白に、ソフィアは目を丸くした。


「当然、その場で告白しました」

「待って!? それって本当に当然なの!?」

「騎士団の団訓に『悪事を見かけたら、非番でも感じるままに動け、それが正義だ』ってのがあるんですよ」

「悪事って言ってるじゃない……」

「まぁ、感じるままに動いたわけです。フられたんですけど。……諦められなかったのでエルにシトリーを口説くコツを聞こうとして」

「コツって」

「アイツが恋愛経験ないのは知ってましたけども、シトリーの好きな花とか食べ物とか知ってたら、プレゼントするときにちょっとでもプラスになるかなって」

「それで?」

「シトリー本人にバレてしこたま怒られました。そんで『陛下の側近にならないと無理』って言われました。そのくらい偉くならないと付き合うなんて絶対できないと」


 その言葉にソフィアはドキリとした。何も知らない者が聞けば権力を条件に断っているように聞こえる発言だ。しかし、それならば上位貴族でも良いはずだ。

 何かのツテを辿って上位貴族の養子になれば権力的な意味では問題ないはずである。むしろそんなツテを持っているのであれば、王族に近くなくともかなりの権力や影響力を有することができるはずなのだ。


 にも関わらずシトリーは『陛下の側近』だけに限定した。


(『女王の切り札(トランプ)』のことよね、きっと)


 ユークレース王国の女王が抱える諜報機関。

 シトリーはそのメンバーなのだ。


「んで、騎士として生きてきた俺が側近になるには、騎士団長くらいしか道がないんですよ」

「それが無理をする理由……? 手柄を立てるためってことかしら?」

「エルからは次の騎士団長を俺にする予定だって内々に声を掛けてもらってるんですけど、団長の座を狙っている人間が他にもいまして。少しでもミスをしたり弱みを見せたらそこをつつかれます」


 ルーカスは目頭を軽く揉むと立ち上がった。


「いっつも怒らせちゃうし、無神経でがさつな人間なので嫌われてるかもしれませんけど、俺はシトリーをどうしても諦められないです。……身分や何かで断られるんじゃなくて、はっきりと俺自身を見て、その上でフられるまでは絶対に諦めません」


 はっきりと言い切り、上着に袖を通す。

 戦場へ向かおうとするルーカスの前をトトが横切った。ルーカスには見えないものの、そのままソフィアの傍に降り立つと、呆れた視線を向けた。


『ソフィア、手紙。ルーカスは頭働いてなさそうだし、このままだと手ぶらで出発しかねないわよ』

「? どうしました?」

「手紙! 手紙書き終わってないからちょっと待ってて! もう少し何か食べて、少しでも休んでて!」


 言い残して、ソフィアは脱兎の如く駆け出した。

 部屋に戻ると急いで便箋を取り出す。


『そんなに急ぐ必要ないわ。ゆっくり書いて、少しでも休ませてやりなさい』


 インク壺の蓋に着地してソフィアが書き始めるのを阻止したトトを見て、ソフィアは大きな溜息を漏らした。


「トト、あの二人のことどう思う?」

『どうって?』

「……ルーカスの気持ちは分かったし応援してあげたいけど、シトリーはどうなのかなって」

『決まってるじゃない。何も問題ないわ』

「えっ!? なんで?」


 どこをどうみたらそうなるのか、と訊ねれば、トトは跳ねるようにインク壺からソフィアの眼前に移動した。


『好きでもなんでもない男が無理しようとしてたら、アタシなら放置するもの』


 ソフィアの脳裏に浮かぶのは、無理をするルーカスを本気で叱るシトリーの姿だ。


(そっか。心配じゃなきゃ、そんなに怒ることないもんね)


 ソフィアが見たこともない剣幕で怒ったのは、それだけルーカスの身を案じているからだ。さらに言えば、シトリーが本気で感情を動かすのは、だいたいがルーカス絡みだ。


『どう考えてもお似合いね。心配することなんてないと思うわよ』

「んん……そうなのかなぁ」

『ルーカスもそれなりに真っ直ぐで綺麗な星幽(アストラル)してるし、シトリーに至っては文句なし。放っておけばうまくいくわよ』


 トトの断言になんとなく納得のいかないものを感じながらも、ソフィアは手紙の文面を考え始めるのだった。



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