回避したいのは湿っぽさか?
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九月某日。
南高の部活棟一階にある女子バレー部の部室から賑やかな声が聞こえてくる。それもそのはず三年生を労う引退送別会が開催されているのだから。
「じゃあ、今日は無礼講で」
コーチ兼監督兼顧問を務めている青木奈々先生から放たれる無礼講の言葉を合図に引退送別会はスタートしていく。とは言え、勿論だがアルコールの類は一切置いてはいない。
ついでに言ってしまえば、少人数のチーム故か普段も練習以外の場面ではチームメイト同士では割と年の差による壁はなかったりする。そんな仲であるにも関わらず、敢えて『無礼講』というフレーズを青木コーチが用いる理由は新キャプテンに就任した二年生・青木里奈先輩とコーチに血縁関係があるが故……と、言えるかもしれない。
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ちなみに南高女子バレー部三年生の引退が決まったのは、八月上旬。交代メンバーさえいないギリギリの人数で戦い続けたにも関わらず、県大会出場まであと一歩のところまで健闘し続けたことは大快挙と言えるだろう。
ところで、八月に引退が決まったにも関わらず、引退送別会が九月にズレ込んでしまったことには理由がある。
実際、先輩たちの引退が決まり次第、即引退送別会を開催することも出来ただろう。確かに、部員たちのスケジュールも県大会への出場を逃して目下の試合予定が全て白紙となり、尚且つ夏休み期間だからこそ比較的時間も作りやすい。
とは言え、スピーティーに開催された送別会ほど、情緒がないものもないだろう。加えて、着替えとミーティングくらいしか使用することもない部室には、クーラー等あるはずもなく、夏休みに長時間使用することは環境的にも厳しい。更に少人数の部活であるにも関わらず、まるで文化祭並みの催し物を引退送別会に向けて準備することが慣わしとなっていることも大きな理由の一つになっていた。
元々、六人の部員にコーチを含む七人の少人数体制で切磋琢磨してきた間柄だ。先輩後輩としての礼節は忘れないとは言え、家族のように仲良くさせていただいていた。加えて、記録に残る大きな結果を残すことこそ出来なかったが、十分に成果を残した先輩たちを後輩たちが慕わないはずがなく……。後輩たちから愛されまくりの先輩たちが主役となる引退送別会は初っ端から大きな盛り上がりを見せていく。
いつも部室に常備している溶けかけのアルファベットチョコやビスケットと一緒に、青木先生が用意したサンドイッチやチキンなどの軽食やジュースを食べつつ、新キャプテン青木里奈先輩とクラスメイトでもあり下級生シスターズでもある紺野美咲とともに演し物を行う私たちの姿を見ていた三年生の先輩たちは熱い声援を送りつつ、笑い転げている。そんな先輩たちの様子を見て、楽しい気持ちと同じくらい私・緑山可奈はセンチメンタルな気持ちになり始めていた。
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「今日は私たちのために、本当にどうもありがとう」
引退送別会もクライマックス。
頼れる元キャプテン・赤井愛可先輩がともに引退する三年生の元エースアタッカー・桃井千尋先輩と元セッター・黒瀬ひかり先輩と一緒にホワイトボード前に立ち、挨拶を開始する。
「元キャプテンとして一言述べるべきところとは思うんだけど、こんなに笑い転げる楽しいパーティーを企画してもらって、湿っぽい話で終わるのもナンセンスすぎると思ったので……」
美人で快活、更には聡明な愛可先輩の艶っぽい語りにウルウルし掛けたところで、何やら怪しい雰囲気が漂い始めて困惑する。そして、妖艶な笑みを浮かべた愛可先輩がいつの間にか握っていたアルファベットチョコを長机の前にコロコロと優しく置き、一気にハイテンションモードに突入される。
実は、愛可先輩。美人で快活、更には聡明。尚且つ、相手のテンションに合わせることを得意とするノリの良さまで持ち合わせている。そんな愛可先輩がハイテンションモードに突入したとなると……誰一人止めることなんて出来ないだろう。
「私たち三年生からはアルファベットチョコを用いた謎解きにしてみました! ということで、里奈、美咲、可奈!」
一人一人目線を合わせ、表情を確認した愛可先輩は千尋先輩とひかり先輩に目配せをした後、声をハモらせ、高らかに宣言する。
「「「謎解きタイムスタート!!」」」